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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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早かった、かなぁ~?

読んで頂けると嬉しいです。

 彩香は休みの日に久しぶりに海に来た。


部屋と仕事場の往復ですら、やっとだったが、海が見たいと思った。


心が何かを想ったのかもしれない、心が海を欲していた。




龍志朗に二度助けてもらってから、夜に来るのはもちろん控えていたのだが、(昼間なら大丈夫だから)と誰ともなく言い訳をし、龍志朗からもらったお守りを身に忍ばせ、椿にもらった桃花色のワンピースに絹の鞄を下げて、牡丹からもらった靴を履き、てくてくと砂浜を、海を見ながら歩いていた。




「やっと海が見れた」


傷ついた心も海は穏やかに迎えてくれた。


まだ、夏と呼ぶには早く、お天気が良い日は爽やかな風が海を渡る。


砂浜の端に来て、奇妙な岩が目の前にそびえ、それを超えると内陸側に続き、その先に緑の小道が見えて、崖の上には洋館が見えた。




「何だろう?」


奇妙な岩は、彩香が楽に潜れる大きさの穴があり、ひょいと潜ってみた。


砂浜に突然現れた岩場なのだが、そのまま潜ると岩場が続いているので、慎重に歩いて進んだ。


(何だか、門みたいだった)


何の気なしに潜ってきたが、砂と岩との違いから、何か、境界線のようにも感じられたのであった。


岩場を少し内陸に上って行くと、やがて土の小道に入ってきた。


「綺麗なお花」


歩いている小道は、左側は森のような木々がたくさん茂っているのだが、右側は色とりどりの花が行儀良く並んでいた。


(誰かが手入れしているのかしら?とっても綺麗、見た事ないお花もある)


彩香は沢山の花に見とれながら、傾斜を上っていった。


「素敵」


上り切ったように見えた先に広がっていたのは、白い薔薇に飾られた門とその向こうに対照的に配置された石膏の入れ物に飾られた桃色の薔薇に囲まれた、手入れの行き届いた芝生であった。


あまりの見事さに彩香は、門を潜り、芝生の上に座ってみた。






「誰だ!」


座っている彩香の背後から低く、鋭い声が響いた。


「えっ?」


彩香は、慌てて飛び跳ねて声の方を振り返った。


「ええぇ」


「あ・・・」


見つめあって驚いた。




「龍志朗様どうして」


「いや・・・それは私が聞きたい」


振り返った先に居たのは、くつろいだ着物姿の龍志朗だった。


見慣れない服であり、まさか彩香が自宅の庭に現れるとは思っていないので、不審者だと思いながら、咎めた龍志朗だった。




「ここは私の家だ、どうやって結界を潜り抜けた・・・」


彩香がいる事に驚きはすれど問題はないのだが、仮にも自らが結界を張っている所に、許可無く侵入を許した事には問題があった。


「え、えっと、浜辺から、い、岩を潜って、小道を、小道を上ってきたら、素敵な芝生があって、あの・・・どの辺が結界だったのでしょうか?」


彩香は問われてから説明をしながら思い返していたのだが、結界を破った自覚が全く無いので、視線を彷徨わせて、そのままを伝えた。




「岩を潜った?何もせずにか?」


龍志朗は眼を疑った。


彩香はおそらく自分に嘘はつかないだろう、そうすると、岩を潜る時に結界が反応して、彩香は侵入出来ないはずだ、しかし、何事も無く、結界に気が付きもせず、ここまで来ている、という事は結界に問題が起きているという事になる。




彩香は唯でさえ、この前の事があるので、不安になっていたところに、また、龍志朗の気分を損ねるような事をしたと思って、見る見る顔が白くなって、体が強張ってきて、縮こまってしまっていった。


手を固く胸の前で握りしめながら俯き、碧い瞳を潤ませて、龍志朗の言葉を待った。


「ほんとに何処も怪我をしていないのか?」


こくりと頷く。




龍志朗が側に歩み寄っていた事すら気がつかなかった。


黒曜石のような美しい瞳に怒りの色を見る事は無かった。


彩香は龍志朗の温かい声音に、ふっ、と小さく息を吐く。


ただ、思った以上に顔を上げたら、龍志朗が目の前にいて、それはそれで、また身が縮こまり、頬が赤くなっていく彩香である。




「ま、取り敢えず、家に入れ、結界は封式を飛ばしておくから後でも良い」


(相変わらず白くなったり赤くなったり、忙しい娘だ)


龍志朗は自分が考え込んでいるうちに彩香がまた不安になっていたようだったので、慌てて声を掛けたが、その顔色の変化に苦笑していた。




「あ、でも・・・」


彩香はこの前見知らぬ女に言われた事を思い出した。


「なんだ」


龍志朗が振り返る。


「・・・」


言えない。


私の龍志朗に近づくなと、泥棒猫と言われた等と、そんな事を言えば本当に細い繋がりが切れそうで、彩香には言えない。


「ほら、早く来い」


龍志朗は、彩香が何も言わないので、その手を掴んで引き入れた。


引かれるまま、魅かれるまま、彩香は家に入った。


「私から近づいた訳ではない」などと、擦れた考えは、浮かばない彩香であった。




「雪乃、大丈夫だ、兎が迷い込んだだけだ」


龍志朗は家に入りながら、奥に居る乳母の雪乃に声を掛けた。


「兎?私?」


彩香は首を傾げながら、龍志朗についていった。




「あら、可愛らしい兎さんです事」


雪乃が彩香を見た第一声である。


「初めまして、乳母の雪乃と申します。坊ちゃまがいつもお世話になっております」


雪乃は改めて彩香に挨拶した。


「坊ちゃんって言うな」


龍志朗が声をくぐもらせながら雪乃を窘めている。




「は、初めまして、海波彩香と申します、お世話だなんてとんでもありません、私がいつも助けて頂いてばかりで、ご迷惑をお掛けして申し訳なくて、ご面倒な事ばかり・・・」


彩香は“お世話だなんて”と身が更に縮こまってしまい、あたふたと言い訳が続いてしまった。


「そんな事はどうでも良いから、こっちに来い」


少し先を歩いていた龍志朗に呼ばれて彩香は慌てて向かった。




「海が見えます」


龍志朗に呼ばれて行ったのは2階まで吹き抜けになっているサンルームで目の前に海が広がっていた。


下の方に目を向けると、彩香が先程歩いていた砂浜が目に入った。


「ここから見えるだろう、だからすぐに行けたんだよ」


龍志朗は彩香を初めて助けた時の事を話した。


「ありがとうございます、ご迷惑ばかりお掛けしてしまって・・・」


彩香はあらためてお礼を言ったが、あの時から、助けてもらってばかりだと思い返して、また、申し訳なさで一杯になった。


「気にするな」


龍志朗も不思議な縁だと思っていた。




「お口に合えばよいのですが、どうぞ」


雪乃が可愛らしいお菓子とお茶を持って来てくれた。


「いえ、突然お伺いしてしまって、申し訳ありません」


彩香が立ち上がり、首を横に振ってから、雪乃に頭を下げた。


「あ、兎だ」


龍志朗に言われて彩香も銘々皿の上を見ると、菜の花に見立てた錦糸玉子と薄焼きに刻印された兎が居た。


「可愛らしい」


彩香も思わず声が弾んだ。


「ちょと兎さんをご用意してみました、ごゆっくりと、どうそ、坊ちゃま、台所に控えておりますので、御用がございましたらお呼びたてください」


「わかった」


雪乃はそう告げると去っていった。



大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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