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海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
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色々出てきます色。

何と無く、イメージ出来れば良いのですが。。。

彩香は休みにまた、椿から「一緒に料理をしないか」と誘われた。


今回はクロケットなる物を作るらしいが、龍志朗は休みが合わないらしく、来れないのがわかっていた。


椿からは、この前着たワンピースでいらっしゃいと言われていたので、龍志朗様もいないなら、と、同じ服装で行く事を決めていた。


服の心配は無いが、不思議な寂しさはあった。




 前回同様、優しい椿が笑顔で迎えてくれる。


今回も食べた事のない新しい物の料理であるが、街の流行りの洋食屋で食べられているらしい。


これが中々、前回同様、形が難しかった。




「むむっ」


「んんっ」


「んーーーーーーーーーん」


笑う椿の横で、彩香は粉まみれになりながら、悪戦苦闘していた。


「大丈夫よ、彩香ちゃん、形はそんなに拘らなくもても、だいたいで」


コロコロと明るい声で笑っている椿に、(そんなに笑わなくても・・・)と心の中で呟く彩香であるが、目の前のクロケットの形を見ると、仕方が無いかとも、思えてきてしまう。


「初めてにしてはお上手ですよ」


側でパンやスープを用意してくれている、料理長にも慰められていた。


少々、丸かったり、細長くなったりしているだけで、確かに、食べられるのはきっと間違いない事である、と、思われる。




悪戦苦闘の末、出来上がったクロケットを椿と師の奥方である牡丹ぼたんと彩香の3人で食べていた。


「彩香ちゃんもやっぱり作りにくかった?」


牡丹が、クロケットを一口食べ、美味しいと言ってくれた後に聞かれた。


「はい、何だか、掌に乗らないのと柔らかくて扱いが難し方です」


彩香はこの3人しかいないので、正直な気持ちを伝えていたので、眉尻は下がり、声が小さくなる。


「そうなのよね、自分の都合の良い大きさが決まるまで、何だか色んな形になってしまうのよね、ほんと、難しいわよね」


牡丹が遠い日の記憶を辿るように語る。


経験者らしい。


「え!牡丹さんでも難しいのですか?」


彩香は、可憐な印象を持っていて、小さな手でありながら、既に母となっている牡丹にそんな時があったとは思いもしなかった。


「ええ、最初なんて酷かったわよ、彩香さん形になっているだけすごいわよ!」


牡丹に、瞳を見開いてから微笑まれた。


「あ、ありがとうございます、そうか、そうですよね、大きさ、そうか、大きさ・・・」


彩香は言われた言葉を咀嚼するように繰り返した。




無理をして大きい物を作ろうとするから、手からはみ出して形が不揃いになるのだ。


まるで、背伸びはしなくて良いと教えてもらっているような気がした。


無意識に龍志朗の事を考えると背伸びをしようとしていたかもしれない。


背伸びした程度で、どうこうなるものでもない事も、よく、解っていた。


よく、判っていた。




食事が終わって、珈琲を頂くために応接間に移動していた。


「彩香ちゃん、お洋服いる?」


唐突に椿が尋ねた。


「え?」


彩香は椿の問いかけに驚いた。


(やっぱり、私、このお洋服頂いたのはいけなかったのかしら、困っていて、もっと欲しがっているように見えてしまったのかしら・・・)


和やかに珈琲を飲んでいたので、急な問いかけに彩香は根拠のない不安に襲われた。




「彩香ちゃん、お人形さん見たいで可愛いでしょう、だから、今度は桃花色ももはないろのワンピースなんて、着たらどうかな?って思ったの?」


「え?」


唐突な問いかけの理由がまったくの予想外で、更に驚いた。


「場所を替えましょう」


事の流れを全く考慮せずに、椿は、珈琲を飲み干すと、カップをテーブルに置き、彩香達を促す。


「え?」


「あら?」


彩香も牡丹も残り僅かな珈琲を飲み干し、カップを置いて、疑問を持ったまま、椿の後に続く。


奥の部屋の扉が開かれた。


(え!ここでお洋服売っているわけではないわよね?)


もう少しで、声が漏れ出る所だった。




牡丹は当然、驚きもしない。


「彩香ちゃんに似合いそうなのは、小さ目が良いわよね、彩香ちゃん華奢だから」


その量の多さに目を丸くして驚いている彩香をよそに、椿は早速、探し始めた。


「これこれ、可愛らしいから似合うと思うけど」


椿が持ってきたのは、早速、先程言っていた、“桃花色のワンピース”である。


丸い襟がレースで縁取られていて、身頃は張りのある生地で仕立てられており、スカートは裾に向かって広がり、レースがもう一枚スカートの上にもかかっていて、丈は長めであった。




「お人形さんの服みたいです」


彩香の素直な感想であった、高価な人形が纏っているような豪華な洋装に見えた。


「確かに、お義母様、彩香ちゃんには似合いますね」


牡丹も“これは”と思えた一着だったようだ。


「でしょう、やっぱり、思っていたとおりだわ」


持って来たワンピースを彩香の前に当てて、優しい頬笑みを浮かべたまま椿が答える。


「え、いえ、とても、私なんか・・・」


彩香はこんな豪華な洋装は自分のような貧相な体には似合うはずがないと思って、激しく首を横に振った。




「これと、他にも・・・」


そんな彩香の意見には全く耳を貸さず、椿は衣裳部屋の中央に置かれたソファの上にワンピースを置いた。


椿は次の獲物に向かうため、その場からいなくなった。


「え、あの?」


彩香はどうして良いかわからず、その場に呆然と立ち尽くしていた。


「今度はお義母様、どんなのお持ちになるのかしら?」


その様子は、まるで牡丹の方が、待ち焦がれているように見えた。


「これとか、これとか」


椿は、早くも獲物を捕まえて飼い主に見せに来た猫のように、ワンピースをソファに置き始めた。


空色あまいろに小さな白詰草が散らしてあり、爽やかな初夏を思わせるワンピースと淡紅藤色あわべにふじいろの柔らかい生地の身頃の上に同色のレースで覆われ、襟回りと袖はレースだけが配された、優美なワンピースだった。


「綺麗・・・」


彩香はその色合いと繊細なレースに息を飲んだ。


「気にいってもらえたかしら?ふふ」


椿は満足げに微笑んでいた、それは気高い猫が飼い主に撫でられているような、満足げな微笑みであった。




「折角だから、着てみましょう」


椿の勧めに、彩香は小さな腰かけと姿見鏡のある所で、持ってきてもらったワンピースに着替えた。


「やっぱり、淡い色はどれも似合うわね、清楚で可愛らしいわ」


椿は自分の選択に間違いがなかったと納得していた。


「そうですね、碧い瞳は寒色系も馴染みますけど、彩香ちゃんが華奢で可愛らしいので、桃花色のような淡い色も似あいますものね」


牡丹が甲乙つけ難しと、首肯している。


「そ、そうでしょうか?何だかもったいなくて・・・、恐れ多いです」


彩香は高価そうな服に着られているようで、落ち着かなかった。


「お洋服は着ないと!」


既に、椿が着きれないほど所有している服の中から選ばれたものなのだが、それに触れる者はここにはいない。




彩香は椿が持ってきたワンピースを全て着てみたのだが、どれも素敵で肌触りが良く、夢のような気分だった。


「そうそう、鞄と靴!」


椿が突然声を上げた。


「折角、ワンピースだから、洋装の履物が良いと思ったんだけど、どうかしら」


「無理です!」


「あら?」


彩香のあまりにはっきりした返事に、今度は椿が驚いた。


(あんな足がふらつく履物は見ていて怖いのに、履けるわけが無いです)


彩香は何かで見た事がある洋装用の履物を思い出して、椿が言ってくれているのが、自分が普段履いている洋装の靴とは違うと思ったので、咄嗟に否定したのである。




「彩香さん、もしかしてパーティとかの靴を思ったかしら?であれば、私のとっておきがあるから、それならどうかしら?」


察しの良い牡丹が、微笑みながら声を掛けた。


「とっておき? いえ、そんな高価な物は申し訳ないです」


今度は、違う意味で彩香は遠慮した。


「大丈夫よ、高価という意味ではないから、ちょっと待っててね」


牡丹が扉から静かに出て行った。


「ああ、牡丹ちゃんあれ持ってくるのかしら?良かったわね、彩香ちゃん」


椿の満足げな微笑みに、小首を傾げたままの彩香である。




「お待たせ、これ、私がこの前の妊娠していた時に誂えてもらった物なのだけど、彩香ちゃんが履ければと思って」


牡丹が、数足の靴を持ってきた。


牡丹が持って来たのは、踵に向かって少し高くなっていく、しかも切れ目のない靴底の物であった。


「これなら、平らな靴底の物と変わりないから履きやすいし、少し踵が高くなっているから、外出用にも良いでしょう?」


ワンピースの桃花色より一段濃い色目の布地に更に濃い糸で花が刺繍されている靴、瑠璃色と移し色うつしいろの布で綾織あやおり模様な靴、菫色に白の花が刺繍された靴であった。


「履いてみてね」


牡丹に差し出された靴を腰掛に座りながら履いてみた。


「ぴったりです」


彩香はその包み込むような履き心地と、踵が高くなる初めての感覚に背筋が伸びた。


「良かったわぁ」


牡丹の零れる笑みが温かい。


「初めてです、こんな素敵な靴を履かせて頂くのは、とってもうれしいです」


彩香は込み上げてくる嬉しさを伝えた。




「後は、鞄ね」


椿が奥へと消える。


暫くすると、両手に包みを抱えて戻ってきた。


包みから取り出したのは、白いレースが施されている小ぶりな蔓で編まれた籠の手提げ鞄と、横に長めの絹で誂えてあり、小さな花が刺繡されている肩掛け鞄であった。


一目でいわゆる、職人が作った高価な物とわかった。




「お義母様、素敵ですね、絹の鞄はワンピースに合うし、籠はこれからの季節必需品ですものね」


「そうよね、この鞄だと両手が空くから、手を繋ぎやすいのよ!」


彩香に向かって含みのある椿の笑顔が向けられた。


「あ、あ、」


言葉が出ない彩香の目が泳ぐ。




「そうですよね、もっと暑くなると日傘も必要になってしまうので、手は空きにくくなりますよね」


さり気なく牡丹が被せるような言葉を椿に向かって言っている筈なのに、彩香に含みのある笑顔が向けられた。


「・・・」


可愛らしいワンピースを着て、可愛らしい靴を履いて、美しい絹の鞄を下げて、頬を染めて視線の定まらない、彩香が立っていた。


二人の含みのある笑顔の意図は全く理解していない。


(ああー、彼に見せたい!)


椿と牡丹の心の声の合唱であった。

大丈夫、だったかな?


少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。

引き続きよろしくお願いします。

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