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お疲れ様です。
おかえりなさい。
(龍志朗様のお口に合うかな・・・)
椿が褒めてくれたので、さっきまで少し安心していた彩香であるが、やはり、龍志朗がどう思うかはわからないので、運んでいると不安になってきた。
「お待たせ致しました」
彩香は龍志朗の左側からそっと皿を置いた。
「あー」
龍志朗は気のなさそうな声を出してから、顔を上げ、彩香を見て目を丸くして驚いた。
(・・・)
海辺で見かけたり、軍の施設内で見かける時は粗末な洋装で、仕事中という事もあって、その容姿をさほど気にしていなかった。
この前、この館で会った時も、華奢な印象はあったが、着物は体形を隠す。
今日は、淡い色のワンピースを着ているので、尚更、少女が華奢に見えた。
(どうりで軽い筈だ)
背負った事がある龍志朗の感想は心に留めてある。
「お口に合うと良いのですが・・・」
彩香は眉尻を下げて、蚊細い声で龍志朗に勧めた。
「ん、頂こう」
揃えられていたナイフとフォークでハンバーグを切ると、その断面から肉汁が迸り湯気が出てくる。
熱々のハンバーグを一口、ほうばる。
「旨い、肉の旨味がしみる、良い焼け具合だ」
「良かったです、お口に合って」
龍志朗に褒めてもらって彩香はほっとして、肩から力が抜けた。
「彩香ちゃん、初めて作ったのにとっても上手でしょう」
椿は自分の事のように自慢気に話す。
「へぇ、初めてなんだ」
上手に出来ていたいので、龍志朗は彩香が初めて作ったと思っていなかった。
「はい、椿さんに教わりながら作りました」
「そうか」
彩香は、何だか皆が自分を褒めてくれるので、とても嬉しくなった。
家族のいない彩香は、誰かに認めてもらえるような関りを持っていなかった。
だから、こんな風に褒めてもらえる事などない。
龍志朗が美味しそうにパクパクと食べてくれるのを見て安心もした。
「彩香ちゃんも一緒に食べましょう」
椿が、自分が作った分を、使用人に持たせてきてくれた。
(そう言えば食べた事がないんだった、ハンバーグってどんな味がするのか、知らないんだった)
彩香は慌てて、食べる準備をした。
そして、椿と一緒に食べ始めた。
「美味しいんですね」
つい、椿に素直に感想をもらしてから気が付いた。
(あ、しまった、食べた事が無いのが龍志朗様に気づかれてしまう)
「ん? もしかして食べた事が無かったのか?」
その言葉使いに、察しの良い龍志朗が聞き逃す筈が無かった。
「あ、はい」
やはり気が付かれたかと、消え入りそうな声で答えると、恥ずかしさで頬に熱が籠り、彩香は俯いた。
「良かったな、食べられて」
「え? はい・・・」
彩香は、先日、食べられるかどうかと意地悪な問いかけをされていたので、その時の話が蒸し返されるのではないかと、気が気ではなかったのだが、掛けられた声が優しかったので、おずおずと顔を上げると、口角の少し上がった龍志朗の顔が見えた。
(どうしてかな?この前は意地悪だったのに・・・)
彩香は不思議な気持ちがしたが、その疑問を聞く事は無かった。
「良かったわ、皆でお食事出来て、また、作りましょうね、彩香ちゃん」
「はい」
椿にそう声を掛けられると、うれしくてつい頬が緩んで返事をしてしまった。
「貴方もね」
椿が龍志朗に向かって、にっこりと微笑んでいる、
「・・・」
龍志朗からすると、この椿の微笑みは、実は怖い。
経験から、椿のこの手の微笑みは何か企んでいる時の微笑みだ。
だが、龍志朗は、強く否定する必要はないと感じ、黙って過ごした。
食後の珈琲を頂き、龍志朗はこの日、素直に帰してもらった。
大丈夫、だったかな?
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。