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おはようございます。
いってらっしゃーい!
お呼ばれの当日、先日同じように、森野家の運転手さんが迎えに来てくれたので、そのまま、車に乗って行った。
(おかしくないから?ちょっと大きいのだけど、裾はぎりぎり、引きずらなかったから、良かったわ、髪も束ねたし、袖はまくっていれば大丈夫よね、お道具も手土産も、何もいらないと言われてしまったのだけど、本当に良かったのかしら?)
前回のお持ち帰りお土産で3食分は浮いたが、淡屋の金平糖は中々のお値段だったし、何より、次に何を手土産に買っていいかわからないから、とても困っていたのだ。
「いらっしゃい、ほら、お揃いよ」
柔らかな笑顔で、裾を持って広げる仕草が可愛らしく、椿は前回と変わらず温かく迎えてくれた。
「あ、ありがとうございます」
彩香も少し恥ずかしかったが、真似をして裾を広げてみた。
「やっぱり、可愛いわぁ でも、彩香ちゃんには少し大きかったかしら?」
椿は可愛らしく真似をしてくれた彩香に上機嫌で尋ねた。
「ありがとうございます、少し大きいかもしれませんが、柔らかくて肌触りが良くて、気持ちいいです、高価な物を頂いてしまって、良いのでしょうか?」
彩香は、返すものが何も無いので、実はもらった時から心配だった、師に聞いても、「母が昔着ていた物だし、母が一緒に着たいと言っているものだからなぁ~」と取り合ってもらえず、気にしていたのだ。
「あら~良いのよ、私が若い時のものだから、ちょっと古くて、申し訳ないくらいなんだから」
椿も彩香が気にする事は全く気に留めていない様子だった。
「え、少しも思いませんでした、綺麗なので・・・」
彩香は一応、椿が若い頃だったら、年月は経っていると思えたので、意外だった。
「そうお?良かったわ、気に入ってもらえて」
椿に笑顔で返されると、それだけでうれしくなる彩香だった。
「今日はね、ハンバーグを作ろうと思って、彩香さんお好き?」
厨房に向かいながら椿が今日の献立を話し始めた。
「ハン、バーグ、ですか? た、食べた事がないかと…」
「あら、そう?龍志朗さんのお気に入りだから、良いかと思ったのだけど」
「是非、作りたいです!」
彩香は無意識に元気よく答えていた。
「あら、良かったわ(色んな意味で)」
椿の瞳がより、一層、キラキラした。
彩香は食べた事が無い物でも、龍志朗の好きな物なら、食べてみたいし、ほんとに食べた事が無い物が出てきたので、この前の事もあり、挑戦してみたいと思った。
森野家の台所は、料理人用の大きな所と、椿が趣味で使う小さな所が並んでいた。
今日はその小さな所を使うのだが、一般的な家から見ればそれでも十分大きい。
「材料は、揃えておいたの、初めて作るのなら、まねっこしながら作れば大丈夫よ」
「はい!」
椿と並んで台の前に立ち、彩香は張り切っていた。
「手順はね、玉ねぎを細かく切って、炒めて、お肉をこねて、炒めた玉ねぎと香辛料を混ぜて、こねて、強火で焼いて焦げ目をつけて、お水を入れて、ふっくら焼けたら出来上がりよ」
椿が簡単そうに、今日の手順を示した。
「さぁ、始めましょうか!」
「はい、よろしくお願い致します」
椿の明るい声と彩香の澄んだ声が台所に響いた。
「まず、この玉ねぎをみじん切りにして、あ、涙が出るからお水にさらしてから切りましょうね」
「そうですよね、結構泣けますよね」
彩香はあまり泣かないのだが、玉ねぎには負けるのを思い出してか、しみじみと椿に答える。
「そうなのよね、目をつぶって切るわけにもいかないしねぇ~、困ったちゃんよね」
優しい椿は出来の悪い息子のように、語り、指先で玉ねぎを転がす。
「あら、彩香ちゃん、手際が良いわね」
「はい、少しでも早く切ると目が痛くないので」
彩香は自炊をしているので、知っている食材であれば、包丁さばきは問題がなかった。
それを横目で見た椿は、頼もしく思っていた。
「ふふ、そうね、出来たのをフライパンに入れましょうか」
さらした玉ねぎをみじん切りにして、フライパンに移す。
(何だかきれいなフライパン)
当たり前だが、彩香は寮にある自分のフライパンとは、ずいぶん違う気がした。
「ちょと工夫してあるから、焦げに悔いわよ」
椿が不思議そうにフライパンを見ている彩香に応える。
二人で一緒に玉ねぎを炒めて、皿にあける。
「こっちにあるお肉をこねて、こねて」
冷蔵庫からお肉を出してきた椿は、半分にして、ボールにあけた。
「何か、粘土見たいです」
「そうね、よくこねて、粘ってきたらふっくら焼けるわよ」
「はい」
「そしたら玉ねぎと香辛料を混ぜて、またこねて」
「良い香りがします」
「そうなのよ、香辛料って不思議よね、こんな粉なのに」
彩香は、手で仰ぎながらくんくんと鼻を近づけ、もう一度香りを確かめてみた。
「こねた塊を手で包んで形を整えて、焼きましょうか」
「はい、あれ?」
「あ、彩香ちゃんはまだ手が小さいから半分ずつにしましょうか」
彩香が椿の真似をして、その塊を手に取ろうとしたら、手に乗りきらずにボールの中に落ちたのを見て、椿が提案してくれた。
(良かった、今度は手に乗る)
椿と同じ事が出来なった彩香は、手のひらに乗った丸い塊にほっとした。
「ちょっと平べったく、丸く、そうそう、彩香ちゃん上手よ」
「こ、こんな、か、感じ、で、しょうか」
意外と、べたっと、手に付くため、形を整えているつもりが、端が乱れるので、椿の手の上に出来ている“手のひらにのっている”感じにならず、彩香は苦労していた。
何とか2個出来上がった塊をフライパンに載せ、焼き始める。
「最初にちょっと強火で両面焼いて、お肉の味を逃がさないようにして、その後蒸し焼きにするのよ」
「はい、 わぁ!」
「あらあら、はねるから気を付けてね」
「はい、ちょっとびっくりしました」
フライパンに載せて焼き始めたら、思いの外勢いが良くて、彩香は驚いた。
(焦がさないで良かった)
冷や汗ものである、焦げたら美味しくない、それは食べた事が無くてもわかる。
(がんばれ!)
焼かれているハンバーグを応援している彩香である。
出来栄えがかかっているので無理もない。
「奥様、月夜家のご子息がお見えです」
「あら、鼻が利く事、食堂にとうしておいて」
使用人の声に椿が応える。
(いらっしゃったぁ! がんばれ!)
彩香は再度焼かれているハンバーグを応援する。
「ゆっくり蒸し焼きにしている間にお野菜を整えましょうか」
ハンバーグに集中している彩香に椿が声をかけた。
「はい」
(すっかり忘れていた、そうよね、昼食なのだから、ハンバーグだけではないわよね)
料理はバランスが大事である。
椿が手際よく野菜を洗って、切って、盛り付けていく。
その横で同じ様に、がんばっている彩香であった。
「彩香ちゃんの方はそろそろ焼けたかしら」
椿に即されフライパンの中を見てみる。
彩香は自分の方が、小さいハンバーグなので、先に火が通る事を忘れていた。
「彩香ちゃん、これでそっと刺してみて」
渡された竹串で刺したら、透明な汁がでてきた。
それを見て椿の方に顔向け、心配そうに尋ねる。
「よろしいでしょうか?」
「ん、大丈夫そうね」
側で椿も一緒にフライパンの中を覗き込んでいたので、心配そうな彩香を気遣い、笑顔で答える。
ハンバーグをフライパンから引き揚げ、皿に盛りつける。
「美味しそうにできたわね」
椿が微笑みながら彩香のハンバーグの皿を褒めてくれる。
「ありがとうございます」
自分でも、少しは良く出来たかなと思って彩香が応える。
スープとご飯は隣で料理人が作っていてくれたので、それを使用人が運んでくれている。
出来上がったハンバーグの皿を、彩香は大事そうに持って、龍志朗が待つ食堂へ運んでいく。
大丈夫、だったかな?
少しでも皆様の気晴らしになったら良かったです。
引き続きよろしくお願いします。