表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海に月の光が梳ける時  作者: 稜 香音
1/75

出会い編-1

初めて投稿します。

不慣れなため何か不思議な事をしていたら、こっそり教えて頂けると助かります。

よろしくお願いします。

「大丈夫ですから」

その小さな体に不釣り合いな大きな荷物を受け取り、応える。

一礼をし、その場から仕事場へと戻るために歩き始める。

今日だけでも何度目の事だろう、と、ぼんやりと考えたが、最早口癖の様になっているので、その回数など数えた事もなく、記憶にも残らない。

これが、生きていく術として覚えた事だから。

両親が幼い頃に亡くなって、施設で育った海波彩香(うなみあやか)には頼れる人がいない。

そのため、早く自立する必要があったので、仕事先として安心な、軍属の薬師(くすし)見習いを、施設の伝手を使い、働き始めていた。

『軍であれば、仕事先が急に無くなる事も、給金の支払いが滞る事も無く、寮があるので、若いと言うよりも幼い、16歳の彩香が働き始めるには良い』と、施設で育ててくれた者の心遣いだった。

働き始めて1年になるが、まだまだ、仕事は覚える事が多い。

師として仕える森野雅也(もりのまさや)は、その知識量から来る仕事の多さと難解さは有名であり、必然的に忙しいので物言いもぞんざいである。

なので、助手も含めて研究室の女性は長続きしないのか、彩香一人である。


彩香は働いている軍の施設の中の大きな公園を、お昼休みによく利用する。

春先なので人も増えてきてはいるが、広い公園は混雑を感じない。

人との関りは、まだまだ苦手な彩香なので、よく一人でいる。

「痛って、あ、」

龍志朗(りゅうしろう)は、躓いた拍子に指先が切れたのか、血が出ていた。

「大丈夫ですか?」

突然後ろから声を掛けられ驚き、視線を声の主の方に向ける。

華奢な少女が立っていた。

「少し切っただけだ」

問われたから答えただけの声は冷たさが漂う。

「消毒しますね、指が無くなったら困りますよね」

目の前の少女の似つかわしくない物言いに、驚いていると少女は言い終わらないうちに、龍志朗の指の消毒を始めていた。

「後で、医師の手当てを受けてくださいね」

「ああ」

「お大事に」

少女の声もその風貌に似合わない淡々としたものだった。

何処の誰かわからない者の手当など、自分らしくもないと、佇んだ。

少女はもう、見えない。


「どうしたんですか?その指?」

龍志朗は部隊に戻ると、部下に尋ねられた。

「たいした事はない」

「・・・の割にはきちんと手当されていますが?」

(ん・・・)、

痛いところ突かれた龍志朗は黙った。

月夜龍志朗(つきやりゅうしろう)、月夜家次期当主であり、(みかど)、直々の部隊である、特殊攻撃部隊の隊長でもある。

(みやこ)大学を首席で卒業し、隊長として一個小隊を持たされている。

確かに、一族に齎された特殊な魔力を戦力として使う実力はその職位に相応しく、相応に評価されている。

唯、己が強いが故に、「使えない者は不要である」「弱い者は足手纏いである」と容赦無く切り捨てる。

それ故、多くの者から、冷酷無慈悲と言われている。

「戦場に一歩出れば当然だ」と全く本人は取り合わないので、噂は拍車が掛かるばかりである。

「で、北、今日の報告は?」

部下に違う話題で逸らし、職務に戻る。


「どこの人だったんだろう?」

彩香は午後の調剤をしながら、お昼休みに会った、綺麗な男性を思い出し呟いていた。

「何だ?」

不意に彩香の声がしたので、呼ばれたかと思い、師が彩香に声を掛ける。

「いえ、別に」

彩香は慌てて答えた。

(しまった、余計な事を聞かれてしまった、お仕事、お仕事)

余計な事を考えている程、彩香に余裕は無い。


彩香は久しぶりに海に来ていた。

月明かりが綺麗で波がきらきらしている。

浜辺には誰もいない。

月に手を伸ばしながら、知らずに涙が流れていた。

「このまま、海に入っていったら、お母様の所に行けるかしら?」

囁くような声が音になっていた。

波が彩香の足元まで迫っている。

突然、ドサッと大きな音がした。

驚いて振り返ると、大きな男が浜辺に倒れていた。

彩香は瞬きも忘れた様に固まり、何が起きたかわからなかった。


「ま、これは波に飲まれないだろうから、放っておくか」

倒れた男の後ろに龍志朗が立っていた。

「怪我は無いか?」

龍志朗は倒れた男から視線を彩香に移して、側に寄り、声を掛けた。

「え?はい、あっ」

彩香は、月明かりに照らされた龍志朗の顔を見て、更に目を見開いた。

龍志朗は、家の中から浜辺を見下ろした時に、彩香が後ろの男に襲われそうだったので、文字通り飛んで来たのだった。

「あ、君だったのか? 」

龍志朗は遠くからではわからなかったが、思いがけない再開に驚いた。

龍志朗は彩香を軽々と持ち上げて、波から遠ざけた。

不意を突かれたので、抵抗する間もなく身体を任せた。

龍志朗はそっと彩香を降ろした。

「で、何していたんだ、こんな夜にこんなところで・・・」

龍志朗は彩香を安全な浜辺に置いてから、問いかけた。

「た、助けて頂いて、あ、ありがとう、ございました」

何が起ころうとしていたか、漸く思い当たり、聞かれた事には頭が回らなかったが、まずはお礼を言うべきだろうと、彩香は声にした。

「いや、借りがある」

龍志朗が昼間手当てをしてもらった指先を目の前で振る。

「・・・いえ、随分、さ、差が、ある気が、しますが」

首を傾げながら、状況が飲み込めないので、おどおどと真っ白な顔色の彩香が応える。

彩香が不意に震えた。

「どうした?」

龍志朗がその様子に目を見開く。

「いえ、な、何でも、無いです、大丈夫です」

龍志朗と話していて、事態が飲み込めると今更ながら、恐怖が甦ってきて震えた彩香は、いつもの言葉を告げる。


「歩けるか?」

龍志朗は片手で支えながら尋ねた。

「大丈夫です」

そう言って一歩、歩き出そうとした。

「痛っつ」

彩香は声を上げ、顔をしかめた。

驚いて振り返った時に足をひねったらしい、動かして、痛みに気がついた。

「そういうのは、大丈夫ではない、と言うと思うが」

龍志朗は眼を細めて、半ば呆れるように諭す。

言われる通りで、返す言葉ない彩香は俯いた。

突然、体が中に浮き、龍志朗におぶわれていた。

「えっ」

突然の事でどう対応して良いのかわからず、彩香は龍志朗の背中で小さくなった。

「家はどこだ?近くか?」

龍志朗は当然の事のように聞いてきた。

「あ、え、あ、はい」

彩香はこのままお願いして良いのか?まだ、不安が残り応えに窮する。

「歩けないのだから、送っていく、夜道は、危ない、また、襲われたどうする?」

龍志朗はまたも当然の事のように言う。

見かけより体がしっかりしている龍志朗の背は、おぶわれているとその温もりと共に安心感が伝わってくる。

「で、どこだ」

龍志朗は、浜辺から内陸に向かって歩きながら、重ねて目的地を聞く。

「近くの軍の薬師寮です」

彩香はその温かさにつかまりながら、行き先を伝える。

「ん?お前も軍属か?」

龍志朗はまさかこんな小さな少女が軍属とは思わず、驚いた。

「え?はい、まだ、薬師見習いですが」

彩香は驚かれる事には慣れているので、直ぐに答えられた。

「そうか、あ、私は月夜龍志朗、特殊攻撃部隊の少佐だ。あそこに居ても軍属とは思わなかったなぁ」

龍志朗は率直な感想を告げる。

「1年前から薬師見習いとして働いています。海波彩香と申します。17歳です」

龍志朗は昼間会った時、幼さの残る彩香の顔から、関係者の令嬢くらいにしか思っていなかった、が、しかし、あの手際の良さである、医療関係者と思う方が、筋であったと思えた。

彩香も、自分と同じ年頃で働いている者は少ない、ましてや、16歳から働いている者など皆無であるので、そこは自分でも自覚しており、初対面の人にはよく驚かれるので、慣れた説明であるから、淀みなく応えられる。

「そうか、随分早くから働いているんだな」

龍志朗は、自分はついこの前まで学生だったような気がしたので、早くから働いている彩香に感心した。

彩香はこの理由はあまり答えたくない、なので聞かれると答えに困る。

龍志朗はおぶっているので、彩香の顔は見えないが、背中から伝わっってくるその感覚に気が付いた。

「薬師寮なら、帰ったら誰かに足を見てもらえ、歩けないと明日が困るだろう」

龍志朗が話題を変えて、彩香の怪我を気遣った。

「申し訳ありません」

「いや、謝らなくても良い、私が困るわけではないからな」

(確かにそうだ、何言っているんだろう私)

心の中で彩香は、自嘲気味に思った。

静かな夜道を龍志朗は、そっと歩ていった。


「着いたぞ」

龍志朗は彩香を寮の玄関の前に慎重に降ろす。

「ありがとうございました」

彩香はわざわざ送ってもらって、申し訳なさでいっぱいだったので、深く頭を下げた。

「中に入れるだろう?ここまでくれば“大丈夫”だろう」

「はい、入れますので・・・」

彩香は先程の事があるので大丈夫とは言いにくい、しかし、他につなぐ言葉を見つけられなかった。

その様子を見て、龍志朗の口の端が少し上がっていた。

「夜に一人で出歩くなど、あまり危ないことはしない方が良い」

黙ってしまった彩香に代わり、龍志朗が話す。

「申し訳ありません」

彩香は龍志朗に迷惑を掛けてしまったので、詫びてしまう。

「私に謝る事は無い。ま、今日は無事で良かった。」

龍志朗としては、詫びるという事の重さを考えるので、そう度々謝られるとかえって困ってしまう。

「ありがとうございました」

彩香は謝る代わりにお礼を述べた。

「入れ、見届けたら帰る」

龍志朗はここまで来て何か起こるとは考えなかったが、最後までとも思った。

「はい、ありがとうございました」

彩香は玄関をそっと開けて中に入り、顔だけ覗かして再度、頭を深々と下げた。


それを見届けて、龍志朗は家に向かった。

(何を泣いていたのだろう?)

触れては欲しくないだろうから、気付いてはいたのだが、彩香が海辺で月を見ながら、泣いていた理由は聞かなかった。

(泣く理由など知られたくないだろう)

誰に聞かせる訳でもなく呟いた。

大丈夫。。。だったかな?


少しでも気晴らしになりましたら、良かったです。

よろしければ、今後ともお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ