第1話 0.01の世界を生きている
神さまが本当にいるのなら、私は一生あなたを恨みます。
まだ六歳だった私は、そんなことを何度も何度も心のなかで叫びながら枕に顔を埋めた。泣き腫らした目が赤くなって、きっと傍から見たら、見るに耐えないことになっているだろう。
教会の横には、私がここに預けられる一年前に増設されたという二階建ての別棟があった。
カツン、カツン――と、靴が床を踏み鳴らしている音が聞こえる。二階の奥に間借りしている私のもとに、御年六十は超えているシスター――私はマザーと呼んでいる――が見回りにきたようだ。マザーは鍵のついていない部屋の扉をそっと開けると、ベッドの上でシーツを体に引き寄せて身を強ばらせている私の傍にそっと腰を下ろした。
「夏だっていうのに暑いわねえ、フミ」
私はマザーが独り言のように呟いた言葉に相槌を打つこともなく、黙って壁の方を向いていた。マザーは気にする様子もなく言葉を続ける。
「フミは来月になったら、ニホンに旅立ってしまうのね。母国に戻ると言ったほうが正しいのかしら」
ふふ、と口から漏れる笑い声に、私はどうして笑うのか疑問に思った。しかし、その疑問を口にするまでもなくマザーが話を続ける。
「フミは幸せねえ。ニホンは良いところだって言うじゃない。オスカー神父がこの前どこからか拾ってきたテレビに映っていたアニメだってニホンのだし、フミの好きな写真だって、世界中の写真があるそうよ。それに、医学もここより発展している」
私はようやく体を翻して、マザーの顔を見つめた。朧げだが、微かにマザーが泣いている。人前ではどんなに辛いことがあっても涙を見せることがなかったマザーが。私は「どうして泣いてるの」と、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で尋ねた。マザーはハッと気付いたように涙を指先で掠め取った。
「私はねえ、フミのことが大好きなんだよ。もちろんカトリーナやマーゴッド、他のみんなも大好きだけどねえ。そのなかでも特別フミのことが大切なんだ」
私は半分体を起こしたままマザーに抱きしめられた。背中にまわるマザーの手がとても温かく感じる。しばらく経って、私もマザーを抱きしめ返すように背中に手をまわした。マザーの背中も温かかった。
「……ねえ、マザー」
マザーの背中にまわした指先が、修道服を手繰るように引き寄せる。ほのかに私の目からひとつ、雫が頬に軌跡を描いて流れ落ちた。
「私の眼、見えるようになるかなあ」
私は堰を切ったように嗚咽し、ひたすら泣きじゃくった。