セリナと言う氷の魔女
人を惑わすほどの美貌なんて実は大したものではない。人は自分が関わったものに心を預かることにして、そこから自分の感情を作るわけだから、美貌なんてあってもなくても心さえ繋がれば同じである。
セリナはそんなことを思いながらも毎日魔法の研究と授業にだけ考えている。魔女は年を取らない。死にたかったら死ねばいい。この世界は無限に広く、魔女がどれだけ増えても資源を食い尽くすことなんてこともない。
無限に広がる大陸と言って、実際は六億光年ほどの大きさを持つ大陸で、限界時代は存在しているけど、外側に行けば行くほど人が住めるような環境ではなくなるので内側にだけ、具体的には中心部から百万キロメートルほどまでが人が住む場所となっている。
セリナに取って世界は魔法を研究するためのものであった。魔法とは何か、魔力とは何か、なぜ魔法の仕組みがそうなっているのか。
終わりなんて見えない研究である。
魔法には色んな分野があった。
四大元素を主に扱う元素魔法。
異次元から物や異次元の存在を召喚する召喚魔法。
物質の性質を変える変異魔法。
人や動物を治療そる治癒魔法。
例外的に時空間を操る魔法があるにはあるが、失われて久しく、扱うとしても膨大な魔力が必要であるとのこと。
セリナ・グレンベルクが得意とするのは元素魔法で他ならない。
ここで四大元素と言うと水、火、雷、風を言う。セリナはその中でも水、それも氷の魔法に特化している。ただ興味があったからそっちに走ったとも言える。
親は普通の人間だった。普通と言うか、山村で小さな牧場を経営している一般人である。
セリナは一目でわかるほどの美人である。小さくても蠱惑的な雰囲気をまとう唇、通った鼻筋、猫目と艶のある肌。
領主の息子が山村に視察に来てセリナはそのまま頂かれそうになったこともあった。幸い彼女には魔法の才を子供のころから見せていたため、領主のバカ息子はあそこが凍り付いただけにとどまらず落ちてしまったとのこと。
残念なことに治癒魔法で治ったそうだが、セリナと彼女の家族は村にいられなくなってその夜隣国へと逃げた。
隣国は魔法使いが支配する国。魔法使いは経歴と知識がすべてと言っても過言ではない。彼らは権力争いももちろんするし派閥もあるが、身分なんてものは存在しない。
だけど魔法が使えないと二級国民扱いされる。だからセリナはすぐに弟子入りをした。家族の皆は著名な魔法使いの家で下働きをすることに。
魔法使いは人形や使い魔を使役して雑用をさせるのが普通のことだけど、それだけでは足りないほど膨大な敷地を持っていたら、自らの魔力を温存するためにも人を使う。
牧場での仕事はほぼ力仕事だったためセリナの家族は簡単に適応して生活は問題なく進んだ。セリナ自身はと言うと魔法学校へ入り、元素魔法の第一人者と呼ばれているマスターグラハムの元で徒弟のような関係となり様々なことを教わった。それだけ才能があったということだったが、そうするとやっかみを受けるのは仕方ない。
美貌と才能を同時に持つなんて許せないと、嫌がらせを受けたことは一度や二度じゃなかった。
しかしながらここで嫌がらせと言うのはシャレにならない。魔法使いにとって生半可な嫌がらせは内在した魔力で弾き飛ばせる。だから命にかかわるほどの致命的な魔法を打ち込まれるのが普通である。じゃあ死ぬのかと言うと、実際にそれで死んだ人も少なくない。
しかも治療魔法を使えば一瞬で治るんだから、嫌がらせと言うのは殺しにも至るわけだ。
ただ魔法使いの魔法は証明が不可能な狙撃なども可能とする。体を石化させることだってやろうと思えばできる学生はごまんといた。
今更だけど魔法使いの国、ユーウェンバーグにある魔法学校は二万人以上の学生が通っている。巨大な学園都市があって、いくつものの建物には膨大な量の知識を詰め込んだ本が詰まっている。直接飛んでる本もあるし魔導書の中には魔法の触媒となるものまである。
セリナは思ったのである。
あんな連中に負けたくはないと。自分はただ魔法の深淵にたどり着いて、見えなかった景色が見たいだけだというのに、奴らは自分を殺そうとする。
派手な衣装を着て、高い触媒を使って。
杖、短剣、魔導書、宝珠。儀礼用にしか見えない美しくも優美な剣まである。
セリナは師匠であるマスターグラハムから竜の骨で作った杖を貰っていた。ただそれだけでは心もとないと、別の学科にも通いながら元素魔法以外の魔法にも手を出し、それに適した触媒も袖の中や懐に隠していたのである。
だがそれでも足りなかったのであろう、石の弾丸が右足を貫いたことがあった。だけど一瞬で治ったのである。治療魔法の触媒として持っている魔導書に術式を刻んでいたから、瞬時に反応出来たのである。
セリナは叫んだ。
「私が何をしたというのか。私は魔法の深淵に向かいたいだけだ。この顔に嫉妬するのか。マスターグラハムは私と何の肉体関係も持ってない。大体私はまだ二十歳にもなってない子供だろう、マスターグラハムには奥さんもいるのを知らないのか。ここには魔法を学ぶために通っている。君たちはどうだ。魔法で何がしたい。魔法を学んで何がしたいんだ?君たちにとっての魔法とは人を傷つけるためのものだというのか。」
セリナが男口調のようになっているのは特に意味はない。家族が男所帯で、母も男口調だから自分もそうなっているだけである。
と言っても国が違うので言語は似通ってはいても方言のような感じではあるのだが。
「ええ、よく吠えましたわね。マスターグラハムは皆に平等だった。だけどあなたが来たからそうではなくなった。あなたの考え方は危険ですわよ。その考え方自体が問題だと言っているのですのよ。」
そう言ったのはマスターグラハムに心酔している少女、エリヌである。
「なら決闘をしようじゃないか。」
「よくてよ。楽しく殺し合いましょう?」
そう、魔法使いの決闘は殺し合いである。
舞台なんてものはない。サンクチュアリと言う亜空間に入り、互いに全力をぶつけて、勝ったものが負けたものの死体を抱き上げて外へ出るだけ。
サンクチュアリが展開された。真っ黒な空間に真っ白な灯が灯る。無限に続きそうな床。
セリナは竜の骨で作った、具体的にはフロスト・ドラゴンの骨で作られた杖を手にした。
大してエリヌは短剣である。美しく装飾された石の短剣。得意とする変異魔法の触媒であろう。
セリナが作り出した数十、数百の氷のつぶてがエリヌを襲うも、エリヌもそれに負けずと石の壁を作ったり石の矢を作り氷とぶつけさせた。
当然と言うべきか石は氷より頑丈である。形勢はエリヌに有利に見えた。
だがセリナは小手調べとばかりに、隠していた膨大な魔力を解き放つ。
サンクチュアリごと凍り付く。エリヌは慌てて熱変異を始めようとするが間に合わず、氷の彫像となった。
死んではいなかった。セリナは氷を溶かし、気を失ったエリヌを抱き上げた。魔法使いは変異魔法で肉体強化をしているためか弱いというのはその辞書には存在しない。
サンクチュアリの外へ出ると教授たちも待っていた。セリナの膨大な魔力に皆が驚嘆した。
いくら何でもサンクチュアリごと凍らせるほどの膨大な魔力を、二十歳にもなってない小娘が持つだなんて。
セリナは特別だった。彼女が特別だったのは魔法の深淵に足を踏み入れることを拒まなかったからだ。
セリナの魔力が膨大なのはただそれだけが理由であった。魔法の深淵、それは世界を作り出す理。
この世界には元素の神が存在する。だがそれは人格を持たず、形も持たない。だけどそれと繋がることは可能である。セリナは子供のころからその元素の神がいることを薄っすらと気が付いていた。手を伸ばし、そこにたどり着こうとした。
まだ見えない深淵へと。
なぜそんな目に見えない超越的な存在がこの世界にいるのかはわからないけど、その存在がいることをわかるのであれば、諦める理由なんてとこにもないのではないかと。
手に握る氷は美しく、爆ぜる時にもキラキラと光を残す。
白く青い。それに魅了されていた。セリナが寿命のない大魔女になるまでそう時間はかからなかった。殆どの人間が中年を越えた頃になる大魔女や大魔法使いに、彼女は二十歳を越えて間もないころに達成した。
止まることのない好奇心、人を動かすにはそれだけで十分であり、彼女もまたそれに突き動かされただけであったのである。
決闘騒ぎの時から彼女が嫌がらせを受けることもすっかりなくなり、皆に認められるようになった。
人を惑わす美貌なんて二の次でしかないと、セリナに嫉妬した女学生たちは気が付いたからである。
男子の生徒たちからセリナはそこそこ人気があったが、魔法以外の話題はあまり話したがらないため恋愛なんてものを経験することもなかった。
今日も今日とてセリナは魔法の研究に余念がない。
それが彼女の生き様だからだ。