一言居士
二日目は戦い方の情報交換や如何に王都の規模が大きいかを聞いてかなり楽しく旅を過ごせたが、最終日に最後の客を乗せると同時に楽しい時間は終わってしまった。
「喉が渇いた。」
「水筒は持っていないんですか?」
「(やめとけ)」
隣から小突かれながらも一応訊いてみる。
「言わずとも分かるだろう。そんなものは持っとらん。」
すると隣のタンがレイピアを持って立ち上がった。
「私は忘れ物があるので荷台の方に上がります。」
「宜しい。」
扉を半開きにすると、ひょいと身軽に荷台へと飛び移った。
「まだかね。」
「何が?」
「水だよ水。いつまで待たせる。」
「私も水を持っていないので荷台に移ります。」
「おい、待ちなさい。こらっ!」
なぜタンが中に残らなかったかが分かったので、彼と同じように荷台に移った。
「狭いな。」
「それでもあんな奴といるよりはマシだ。」
椅子二つ程しか入らないトランクである。そこにタンとあの地方貴族の次男の荷物が既に入っているのだ。馬車のフレームから手を離せず、座る事も出来ない。軽く荷物か手摺に寄り掛かる事はできたが、足元は極めて狭かった。荷物が無い僅かな馬車の縁に足をかけて二人で並んだ。
「確かに。で、あのボンボンは誰か知っているか?」
「知らないがあそこまで性格が悪い貴族家の子供となるとそんなに多くはないはずだ。まあ、知った事では無いが。」
「そうなんだ。ところでああいうのって絵本みたいに親も性格が悪かったりするのか?」
「大体そうだが、必ずしもそうではない。でも、絵本みたい、か。」
「悪かったね。読めはしても得意じゃ無い。」
「十分凄い事だと思う。」
「いや、謙遜じゃないからな。」
「そうか?親もいないのに読めるのだから誇って良いと思う。」
「うーん。ありがとう。ところで騎士団試験はどんな内容なんだ?」
「一次選考が素振りで、二次選考が試験官との打ち合い。ここで採用・不採用が決まるが、配属試験が入団後にもある。それにしても良く知らずに推薦されたね。」
「気付いたら村長にされてた。」
「推薦を?」
「うん。」
「厄介払…」
『ペチ』
「いきなりどうした⁉︎」
「あ〜、あの村長を思い出したら腹が立った。また引っ叩いていいか?」
「今は左だったから次は右だな。どうぞ。できるものなら。」
そう言うとタンはニヤニヤして顔を遠ざけた。右側の頬はこちら側から見えないので、叩くのには回り込む必要があった。勢いをつけて反対側の手すりに向かって飛んだ。
その時、石を超えた馬車は大きく揺れた。
狙いが狂ったセルムは手摺りをしっかりと掴めなかった。
「あ」
セルムが状況を飲み込めない中、タンは服を掴んで支えようとする。
しかし服は裂け、布は指から滑り抜けてしまい、
セルムは街道脇の草叢に落ちてしまった。
今までの生活で養われた勘で衝撃を逃す事に成功する。
その勢いを起き上がる為に流用し、一回転して立ち上がる。見ると、馬車はそのまま王都の方に進んでいて、すでに距離があった。
その後、半里程追いかける事になったが、それはあの貴族を説得するのに時間がかかったかららしい。