蓼食う虫も好き好き
「良い砥石は嬉しいが、ごま油を渡されてもな…」
使う分には問題無いが、胡麻の香りが立つ刀を想像して適当な料理に使う事を決めた。鯨包丁の刃をよく確認すると手入れの行き届いた包丁らしくよく尖っていた。骨に当たったら欠けるぞ、とか思いながら柄を外すと赤く錆びていた。
「放置はできないが許容範囲内か。」
翌朝宿場町を出発した時には同乗者が一人いた。夜のうちに大方終わらせていた包丁の手入れと研ぎ直しを朝起きてすぐにしていると、挨拶をしにきたのだ。彼は俺ほどは大きくなかったが、身のこなしからして相当な熟練剣士である事が分かった。馬車に乗ると、話が弾んだ。
「武器はなんだい?」
「私はレイピアを使っています。」
「へぇ〜、お前もか。もしかしてレイピアは人気なのか?」
「いや、それほどでもありませんね。華やかさや力強さではツヴァイヘンダーに見劣るし、器用さを好む人は弓を選んでしまうので。こう見えても長いので重いんですよね。1.5ペサぐらいですかね。失礼ですがあなたはレイピアを持っている様には見えませんが、ご友人に使い手がいたりするのですか?」
「ああ。相棒がレイピアを使っていた。途中で折れていたがな。」
「それは大変ですね。何か事件でもあったんですか?」
「いいや。拾った時から折れていたな。あいつもそんなに金持ちじゃなかったし。」
「そうですか。」
明らかに落胆していたので補足する。
「確かに彼は選んで習得したわけではなくたまたま拾っただけではあるけど、虎の頭蓋骨を貫くだけの腕は持っていたぞ。」
「それはすごいですね。王都で会えたりしますか?」
「もう何年かは地元にいると思う。」
「残念です。ところであなたは何を持っているんですか?」
「俺か?元々狩りには斧を使っていたんだが、昨日折れてしまったから代わりに鯨包丁とかいうものを貰った。」
「戦斧ですか。」
「いや、村長が言うにはただの鉞らしい。」
「そんなことはありませんよ。いろんな場面で鉞は武器として使われます。」
「そうか。親がいないもので、世の中を知らないんだ。」
「やはり皆さんは苦労なさるんですね。」
「どんな育ちなんだ?」
「私はシーア街の市長の息子です。だからと言って態度は変えなくても良いですからね。それにしても鯨包丁ですか…」
「俺も初耳だった。」
もしも鉞が折れず、村長から包丁をもらわなかったらその単語を一生使うことはなかっただろう。
「どのくらいの重さですか?」
「持ってみるか?ほい。」
箱ごと向かいの席の彼に渡した。
「…重いですね。私のレイピアの5倍は下りませんね。」
「だろ。多分10ペサぐらいある。だから相手の頭をかち割る俺の戦術にはあっているんだが。」
「よく扱えますね。」
「流石に片手は無理そうだが、基本的に近づいてきた相手に合わせるだけだからな。そのたった一撃さえ外さなければ良いだけの話だ。ところでレイピアってどうやって使うんだ?」
「ご友人の姿は?」
「見るには見るんだが、あいつは自己流だからな。折れてるから勝手も違うだろうし。」
「どのあたりで折れていましたか?」
「先の三分の一ぐらい」
「それは感覚として別物ですね。でもレイピアの戦い方はしていると思います。攪乱と素早い突き。結局はこの二つです。切るのが最適解な時には躊躇せずに切りつけますが。」
「攪乱、か。」
今まで無縁だった概念である。
「なにしろ片手剣では珍しい長さと重さを持っていますからね。振り回すのには向いていません。できるだけ小さな動きにしなければいけないんです。」
1ぺサ=1kg