日野火山
叫び声の元につくとそこには日野がいた。
幸い人だまりは出来ておらず難なく日野の元へ駆け寄ることができた。
「日野さん…だったわよね。ここで何があったの?」
亜里沙は息を切らしながら尋ねた。
「お嬢さん、家に帰るんじゃなかったのか?」
さっきとは一転、神妙な面持ちで亜里沙を見つめる。
「もしかして「∞」が関係してるのかしら?」
ひるまず質問する亜里沙。
「私、「∞」を追ってるの。何か手掛かりがあるんじゃないかってここに来た」
「そうかい」
そういうと日野はスマホを取り出して何かしている。
おそらく今回の事件のことで誰かにメールしているのだろう。
「おそらく3人死んだ」
おもむろに日野は口を開いた。
「そう、お気の毒様ね。で、あなたは「∞」と関係あるの、ないの?」
「死んだのは俺の部下だ」
一瞬の静寂が訪れた。
が、今は「∞」と繋がれるチャンスなのだ。
これでのこのこ引き下がるわけにはいかない。
もう一度、同じ質問をしようと口を開きかけた時
「ついてこい」
そう日野は言うと歩き出した。
「ええ、そうするわ」
亜里沙は日野からもらった傘をさし、歩き始めた。
日野が向かった先は花屋だった。
お世辞にも繁盛してるとは言い難い花屋であったが、店主のおかみさんは人がよさそうだ。
「私は外で待ってる」
「そうか」
10分ほど外で待っていると、日野は鮮やかな様々な色をした花束を3束持って出てきた。
「綺麗な花ね」
亜里沙にはそれが何の花なのか分からなかったが、そうとだけ言っておいた。
元の場所に戻ると日野はひどく濡れたアスファルトの上に花束を置いた。
「ねぇ、聞いてもいいかしら」
亜里沙は絶妙な間で日野に喋りかけた。
「ふぅ…」
日野はぶっきらぼうにため息をつくとしゃべり始めた。
「俺たちは「∞」を追っている。そして俺はその組織の副リーダーを務めている」
やっぱり…。亜里沙の感は当たっていた。
「私もその組織に入れてくれない?」
間髪入れずに亜里沙は喋る。
「あぁ」
日野も亜里沙と同じスピードで答えた。
案外すんなりいったので亜里沙は戸惑ってしまった。
「日野さん、こういうのって面接とかってないものなのかしら?」
「逆に聞くが俺がお嬢さんになぜ「∞」を追っている組織に入りたいかっていう質問をしたとしてすんなり答えられるのかい?」
「それもそうね」
お互い深入りはしない。直接言われたわけではないが、日野の声色や雰囲気から亜里沙は察した。
「こんなことを聞くのは上品ではないけれど、聞いてもいいかしら?」
「構わない」
「死体はどこなの?」
亜里沙はずっとここに来てから気になっていたことだ。
ここには3人死んだのにも関わらず、死体どころか血痕すら残ってないのだ。
「おそらく「∞」のメンバー07の仕業だろう。そこの地面を見てみろ。何か刺さっていた跡があるだろう」
日野が答える。
「確かにあるわね。で、これが死体や血痕が見つからないのとどう関係があるわけ?」
「まぁ正当な疑問だな。奴は周囲に釘を打ち込みその釘に囲まれた領域のものを消すことができる」
「……??っちょ、ちょっと待って。まるで魔法じゃない」
「そうだ、魔法だ」
亜里沙は全く日野の話に追いつけなかった。
魔法はファンタジーのものであってここは現実。ましてや東京に魔法が存在しているなんて信じる方がどうにかしている。
しかし「∞」に復讐するために亜里沙には日野の言葉を信じる以外の選択肢はなかった。
「わかったわ、魔法ね…。そんなものを使う相手に勝てるの?」
「さぁ、どうだろうな。だがな、俺たちは強い」
亜里沙はその言葉は決して自分を奮い立たせるものではなく確信をもって言っているものだと思った。
というか日野の言葉には妙に説得力がある。
とんちんかんな魔法の話をされた時もそうだ。
きっと役者になれば頼れる相棒として適任だろう。
「これから先に待っているのは命の奪い合いだ。お嬢さんどうする?」
答えは決まっていた。
「えぇ、もちろん組織に入るわ。あと東雲亜里沙よ。亜里沙で結構」
「そうか、じゃあ亜里沙行こうか。仲間の元に!」
そういって日野は歩き始めた。
こんな気持ちはいつぶりだろう。「仲間」。ずっと一人で「∞」を追ってきた亜里沙にとって初めてできた「仲間」。
亜里沙の気持ちは恐怖や不安などではなかった。
「∞」のきっかけをつかんだ喜びと、復讐成功への確信であった。
「…お父さん、お母さん、光…。私が絶対「∞」を倒すからね」
亜里沙はそっと胸に手を当てる。
心臓の音が聞こえる。
その音は亜里沙の背中を押すような心強い音だった。
「亜里沙、置いていくぞ~」
少し先で日野が手招きをしている。
「レディーの扱い方をご存じないのかしら」
そういって走って日野の元へと向かう。
走っている途中に何かきらりとしたものが頬を伝ったような気がしたが気のせいだろう。