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12_07_人魚姫に王子の夢を

 突如として登場した絶世の美女に、この場の誰もが息を()んでいた。


「おい、司令官殿。答えてもらうぞ、あの別嬪(べっぴん)さんは何者だ?」


 ()っつく(やぶ)を俺へと変えたケヴィンさん。

 しかし、俺は声を出す方法なんて忘れて、唖然(あぜん)呆然(ぼうぜん)とするばかりだった。

 なんで、どうしてエルミラがここにいるんだ?


「エルミラ、あなたはマリン・ベースに残り、EIDOS(エイドス)の汚染の有無を検証するはずだったのでは?」


 俺と違って冷静さを失わないネオンが、すぐにエルミラを問いただした。

 そう、エルミラはマリン・ベースの兵器を送ってくれることにはなっていたけれど、一緒に乗って来るはずではなかったのだ。


「もちろん同時並行で処理を進めておりますわ」

「並行ではなく専念すべきです。優先順位からしても――」

「それはそうかもしれません。ですが、未来の司令官様の立案された作戦に()せ参じないなど、基地管制AIにあるまじき行いであると、考えを改めたのですわ」


 立案は俺じゃないんだけどな……

 そして、管理すべき基地を放り出してこっちに来てるのは、『あるまじき行い』には含まれないのだろうか。


「しかし、マリン・ベースはいまだスリープ・モード中です。万一敵の襲撃を受ければ――」

「ではでは、司令官様。さっそくハイネリアをご案内いたしますので、どうぞこちらへ」


 ネオンの抗議をさらりと流して、エルミラは俺を潜水艦内に招き入れようとする。

 彼女の主張は鋼がごとく、簡単には曲がってくれそうになかった。


「あら、この港には搭乗船橋ボーディング・ブリッジはございませんのね。シルヴィちゃん、お手数ですが、ヴェストファールで司令官様をお連れしていただいても?」

『……わかったわ、姉様』


 早々に説得を諦めたらしいシルヴィは、要塞の脇に着陸させていたヴェストファールを港へと呼び寄せて、地面スレスレにホバリングさせてハッチを開いた。

 「乗れ」ということらしい。

 けれど、戸惑っていた俺は、すぐには一歩を踏み出せなかった。

 現状、俺たちはエルミラをだまくらかしているようなもので、色々と綱渡りな状態なのである。

 昨晩の映像通信でさえ危うかったのに、今日はまさかの相対(あいたい)だなんて、さすがにボロが出かねない。


(いや、待てよ。ボロが出るとかの以前に、この潜水艦にも脳波で心を読む機能がついてたら、俺がダメ司令官であることなんて即座にバレちゃうんじゃ……)

『それは大丈夫です、司令官』


 躊躇(ちゅうちょ)して動けずにいた俺に、ヘッドセットからネオンが話しかけてきた。


『エルミラも脳波干渉試験までは行わないでしょう。思考を読まれるという事象には、多くの人間が不快を覚えることを彼女は熟知しています』


 こんなことを、俺の思考を当てきった上で述べるネオン。

 これは表情から読まれた……んだよな?


『姉様のあの言動って、人間の快、不快の感情を研究して追求した結果とも言えるのよ。AIは基本、人間に友好的であれ、って発想で設計されてるから』


 シルヴィからも同様の補足が入った。

 確かに、昨晩も聞かされていたことなのだ。

 エルミラは、『それが最も色濃く性格に現れたAI』であると。


(そういうことなら、観念して行くしかないか)


 俺が重い重い一歩を踏み出したところで、ネオンが提督さんたちにこう告げた。


「よろしければ、ローテアド海軍からも何名かいらしてください。こちらに映像を繋ぐこともできますが、ご自分の目でご覧になったほうが理解もしやすいでしょう」


 ・

 ・

 ・


「ああ、ようやくお会いできましたわ、未来の司令官様」


 ハイネリアの艦上に降り立った俺の元へ、エルミラが小走りに駆け寄ってきた。

 (なまめ)かしい(うるわ)しの笑顔をふりまいて、俺の手を嬉しそうにぎゅっと握りしめてくる。


「き、昨日話したばっかりだけどね」


 柔らかく温かい手の感触に、思わず声が上擦(うわず)った。


「映像通信と実際にお会いするのでは重みが全く違いますわ。わたくしはこの瞬間を、一日千秋(いちじつせんしゅう)の想いでお待ちしていたのですから」

「それは、その……どういたしまして」


 溢れる想いを放出し続けてくるエルミラに、俺は圧倒されっぱなしだ。


「――お父様」


 そこに背後から冷たい声。

 ぞくっとして振り返ると、にこやかだけどにこやかじゃない顔をしたファフリーヤが、俺の真後ろに立っていた。

 俺が熱い歓待を受けている間に、ネオンとファフリーヤも、さっさとヴェストファールから降りていたのである。


「お父様。他国の方々の目もございます。鼻の下を伸ばすのはほどほどになさってくださいね」

「……はい」


 重圧感たっぷりに微笑まれてしまった俺は、静かに頷くことしかできなかった。



 ちなみに、ローテアドからの同乗者は、ケヴィンさんのほか、2名の将校と4名の年若い士官が選ばれた。

 好奇心を抑えきれないモーパッサン提督が「(わし)も同行するぞ!」と鼻息荒く主張していたけど、周りの部下たちが全力でこれを引き止めた。

 正しい判断だ。

 同盟どころか口約束の協力関係しかない相手に、自軍のトップの命を預ける訳にはいかないのである。


 ・

 ・

 ・


「こちらが、ハイネリアの司令室でございますわ」


 案内されたのは、潜水艦ハイネリアの頭脳ともいうべき、艦内司令室だった。

 艦の戦闘指揮のため、戦況データのすべてが集約されるこの部屋は、各種のモニター機材がいくつも並び、大きな座席シートが12名分も配置されていた。

 密閉された空間にしては窮屈(きゅうくつ)さをさほど感じず、むしろ広々とした印象がある。

 部屋の中央部分には、この近隣の地図と海底の地形図らしき3Dモデルが表示され、それぞれに青い光点がひとつずつ点滅していた。

 たぶん、この艦の現在地点を表示しているのだろう。


「改めてご紹介いたします。潜水艦ハイネリア。マリンベースが誇るBランク兵装でございますわ」


 凄そうな兵器なのに、これでもBランクなのか。

 なんてことを思っていたら、エルミラが申し訳なさそうな顔になって、釈明みたいな説明を始めた。


「本当であればSランクの兵器を動員し、司令官様のご威光をローテアド軍に知らしめるべきかとは存じますが、なにぶん、スリープ中のマリン・ベースでは、稼働させられる戦力が兵装ランクBまでと限られてしまっておりますので……」


 そういえば、前にネオンに聞いてたっけ。

 スリープモード中のセカンダリベースが動かせるのは、基地防衛に最低限必要な機能や戦力だけだって。

 そしてそもそも、ランクA以上の兵器の使用には、司令官による基地内での承認手続きが必要だったはずだから、現状でマリン・ベースから借りられる戦力は、最高でもランクBまでってことになる。


「あれ? そういや、この(ふね)って窓がないんだな」


 ふと気づいた。

 この司令室にも、ここに来るまでの通路にも、外を見るための窓はひとつも見当たらなかった。


『潜水艦には窓なんてつける意味がないのよ。海中深くに潜ったら、視界なんか利きっこないんだから』

「ん? でも、昨日のアミュレットのカメラ画像は、くっきり海底が映ってたぞ?」

「おい待て。昨日ってなんだ、昨日って」


 耳聡(みみざと)いケヴィンさんから、鋭い突っ込み。

 しかし無視する。


「アミュレットに搭載された暗視システムは高性能ですし、解析機能も優れておりますから」


 ネオンによれば、軍用兵器のカメラ・アイには、人間の視力では捉えられないものまで捕捉できる映像解析システムが、標準的に備わっているそうだ。

 しかし、ハイネリアは活動深度や航行速度から、装甲に隙間を開けてカメラ・アイを仕込むのは、実用的ではないとか、なんとか。


「もしやもしや、司令官様はわたくしどもの海洋戦力について、まだ説明を受けておられないのですか?」


 そして、こんな会話をしていれば、当然、俺の知識不足がエルミラにも伝わることとなる。

 しかし、無知を(さら)して失望されるかと思いきや、彼女の声はなぜか嬉しげだ。


「ああ、実はさっぱり――」


 エルミラの機微(きび)はよくわからないけど、ここらで誤解を解いておこう考えた俺。

 しかし、ネオンとシルヴィによって阻まれた。


「解説は、やはり海の専門家であるエルミラの領分でしょう」

「まあ!」

『アタシたちの基地には海洋戦力が配備されてないし、おいしい役どころは姉様に残しておこうって決めてたのよ』

「まあ、まあ!」


 間違いない。

 ふたりは俺に目の上のたんこぶ(エルミラ)を押しつけておいて、その間に自分たち主導で任務を遂行してしまおうと考えているのだ。

 妹たちの心配りにいたく感激しているエルミラは、ふたりの策略にも、俺の知識不足にも、気づく様子がなさそうである。


「ではでは、ハイネリアの操艦はシルヴィちゃんにお任せして、わたくしは司令官様に色々とご説明させていただきますわ」


 そう言うと彼女は、俺の腕に自分の腕を絡ませて密着してきた。


「ちょっ!? 近い近い!」


 慌てて腕と体を引き剥がす。

 エルミラは残念そうな顔になったけど、それよりも――


「お、と、う、さ、ま?」


 ――それよりも、隣のファフリーヤの目が怖かった。

 決して怒っているような顔じゃなくて、むしろ、表情としては可愛らしく微笑んでさえいるのに、その小さな体からは突き刺すような極大のプレッシャーが放たれている。


「えっと、ファフリーヤ……さん?」

「なんでしょうか、お父様」


 穏やかにして冷然とした極寒の声に、戦慄と止まらない冷や汗を覚えた俺は、この任務中、エルミラの過度なスキンシップからどうやって逃れたものかと、その方法をとても真剣に考え始めた。

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