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12_06_海の底からサプライズ

「先程は、おいしい朝食をありがとうございました、モーパッサン提督」

「なに、こちらこそ済まなかったのう。酔いつぶれた不肖(ふしょう)の部下が、お客人のソファーを一晩占領してしまったと聞かされてな」


 ペルスヴァル要塞内の会議室。

 大きく分厚い円卓を挟んで、俺とモーパッサン提督は会談前に和やかな挨拶を交わしていた。

 テーブルの周囲にずらりと木組みの椅子が並んだこの場には、俺の真正面の位置には提督さんが、その隣には年配の海軍将校さんたちが座り、更にその脇に、舌打ちでもしたそうな顔をしたケヴィンさんが、そっぽを向いて腰掛けている。

 そして、こちら側には俺を中心にして、右にネオン、左にファフリーヤ、そして、ファフリーヤの前の卓上にシルヴィの小型ドローンが乗っていた。


「我々は全く気にしていません。貴重なお酒を楽しくいただくことができましたから」

「ふむ、そう言っていただけるとありがたい限りじゃな……さて、さっそくではあるが、本題に移らせていただこうかのう」


 挨拶もそこそこに、モーパッサン提督は重々しい口調になると、会談の題目について切り出した。


「貴君らもご存知のとおり、ローテアド王国は、古くから海洋貿易によって富と繁栄を築き上げてきた海の国家じゃ。しかし昨今、その海洋貿易において近隣の国々、特にラクドレリス帝国との間に、大きなトラブルを抱えておる次第である」

「貴国の貿易船が帝国軍艦によって襲撃され、積荷を掠奪(りょうだつ)されているのでしたね」


 昨日と同様、受け答えは司令官である俺の役割だ。


「いかにも。儂らローテアド海軍、艦隊戦術では帝国軍艦に断じて遅れをとりはせん。しかし、すべての貿易船に護衛艦を張りつけられるほどの数的余裕には恵まれておらんのじゃ」


 歴史的に物流や経済を貿易に依存してきた小さな半島国家(ローテアド)にとって、貿易船は命綱だ。

 当然、軍艦を早くに整備し、操艦技術を磨きに磨いて、海賊やら、他国の襲撃船やらを、これまで多く打ち払ってきた。

 しかし、今回手を出してきた相手はラクドレリス帝国、この大陸でも屈指の大国。

 いくら操艦技術で(まさ)ろうとも、保有艦数では圧倒的に帝国軍に()があった。

 彼ら海軍は貿易船を守り切れない状況に陥って、死活問題に発展していた。


「海路を捨てて陸路を頼ろうにも、今度は南のベルトン王国が障害となる。あそこの王も、領土拡大の野心を胸に抱いておってな。帝国との間に火種を抱えたローテアドを、隙あらば侵略せんと、虎視眈々(こしたんたん)と狙っておるのだ」

「文字通りの八方塞がり。危殆(きたい)(ひん)したあなた方は、帝国への奇襲作戦を計画した」


 その通りじゃ、と(いかめ)しく頷くモーパッサン提督。

 得意の艦隊戦で帝国北部の軍港、カンタール港に攻撃を仕掛け、同時に、別働隊が西のターク平原を強行軍、帝国軍閥の本拠地である城塞都市アケドアに奇襲をかける、決死の二面作戦を立案したのである。

 この作戦を、議会や国王も承認し、後は準備を整え実行を待つばかりとなった。

 ()しむらくは、ターク平原の行軍ルートを事前偵察していたケヴィンさんたちが俺たちに見つかってしまい、あっけなく計画倒れとなってしまった。


「さて、そんな八方塞がりのローテアド王国じゃが、唯一とも呼べる希望が残されておる。貴君らは、儂らが帝国に手を出さぬなら、貿易船が襲われない仕組みを整えてくれると、そう申してくれたそうだな?」


 これまでの流れの確認が終わり、話は核心へと潜っていく。


「単刀直入に聞かせてもらおう。その仕組みとは、どのようなものなのかね?」


 老人とは思えない強い眼光が、真向かいの俺を鋭く射抜いてくる。

 他の将校たちの視線も、一斉に俺へと収束した。


「わかりました。こちらも、もったいぶらずにお答えしましょう」


 彼らの重圧に怯むことなく、俺は司令官として堂々と対峙し、


「では、ネオン、彼らに説明を」


 そして即座にネオンに交代。

 若輩の俺にできるのなんて、挨拶までで限界だ。

 肝心な話は、やっぱりネオンにお任せである。


 ただ、ネオンは今回、言葉による詳述を選ばなかった。

 彼女はローテアドの面々に対し、こんなことを言ってのけたのだ。


「百聞は一見に如かずと申します。口頭での説明よりも、実際にご覧になられてはいかがでしょう」

「む? どういうことかね?」


 モーパッサン提督が聞き返した、まさにその時だった。


「緊急! 海より正体不明の物体が接近! 軍港に侵入されました!」


 会議室のドアが力一杯に開け放たれ、伝令兵が駆け込んできた。


「なんだと! 帝国の艦隊か!?」


 椅子を跳ねのけ、モーパッサン提督が立ち上がる。

 将校たちも色めきたって、敏速に港側の窓へと駆け寄った。


「どこだ! 敵艦はどこにおる!」

「いいえ! 軍艦ではありません! 軍艦級の大きさですが、突如として海中(・・)から現れました!」


 奇妙な迫真の報告に、老提督は目を細めて港の方角を眺望する。


「海中からじゃと……むう、あれか!?」


 彼らは遠目で、ある光景を視認した。

 ローテアドの軍艦が停泊している港湾のど真ん中に、黒い何かが水の中から浮上してきているのである。


「現在、港湾内に防衛部隊を展開中です! また、砲火による迎撃のため、要塞内の砲台を準備――」

「直ちに攻撃中止の指示を」

「――して、いま……え?」


 伝令兵の報告を遮って、ネオンがモーパッサン提督に進言した。


「銃弾と砲弾を無駄に消耗するだけです」

「なんじゃと……もしや、あれは貴君らの兵器なのか?」


 会議室内に広がる動揺。

 ネオンは涼しい顔で言い切った。


「百聞は一見に如かず。我が軍の誇る海洋戦力を、ぜひ、皆様の目でお確かめください」


 ・

 ・

 ・


「なんということじゃ。鉄の塊が、海から浮かんできおったぞ」


 港に駆けつけた俺たちは、驚きをもってそれ(・・)と対峙した。


 海の中から現れたのは、黒鉄の巨大な浮島だった。

 あるいは、神話に出てくる巨大な魚の怪物だった。

 (くじら)よりも遥かに大きく、隣に停泊している帆船のサイズさえも凌駕する、とにかく大きて縦に長い金属体。


「【高速巡洋潜水艦ハイネリア】。洋上ではなく、海の中を主戦場とする海洋兵器です。水中を自在に航行できる軍艦、と申せば通りがよいでしょうか」


 その形状は、(ふね)というにはあまりに奇怪で不可思議だった。

 水面下までは見えないけれど、浮上した部分から推察できる艦体は、横倒しになった細長い六角錐(ろっかくすい)

 もっとも、細長いとはいっても、近くで見ると極太の寸胴型としか認識できないほどに巨大で重厚。

 艦首と思われる尖角部分はやや丸みを帯びて膨らんでいて、後部に向かうにつれて胴幅を増していく。

 そして、横幅が最も大きな艦尾は鋭利な剣で真っ二つにでもしたかのような垂直まっ平らで、断面の六角形には、その角に対応させたように内側に6つの真円形の装置が取りついている。

 艦体の真後ろにあるってことは、あれが推進装置、なんだろうか?


「ううむ、不思議でならんぞ。浮力が働くことはまだしも、()で風を受けず、(かじ)さえ無く、どうやって海を進むというのかね?」

「【ハイパーキャビテーション】という高速水中推進機構を……いえ、これこそ百聞は一見に如かずですね。これから実際にご覧に入れましょう」


 むむう、と(うな)ったモーパッサン提督。

 未知なる兵器に興味深々のご様子で、桟橋の端ぎりぎりまで近づいては、潜水艦ハイネリアに熱視線を送っている。

 一方で、現役の前線兵であるケヴィンさんは、厳しい目で黒い海獣を睨みつけていた。


「……おい、まさかこいつは、水中から敵艦を攻撃できるってんじゃないだろうな?」

「できないはずがありません。深海に潜み、海上の船を捕捉し攻撃することが、この兵器の役割です」


 将校たちの間にどよめきが起こった。

 遥か海面下からの敵攻撃など想定したこともなかった彼らは、その災禍が自分たちに振りかかったときを想像したのか、顔をひきつらせて小声で何かを囁きあっている。


「なんという……迎撃手段の見当もつかんぞ」

「だが、どうやって攻撃など? 海中では砲など使えぬ……いや、それすら可能なのか?」

「あの尖鋭の艦首で、穴でも開けるのでは?」


 彼らの予想があまりにチープだったせいか、シルヴィが憤慨しだした。


『失礼ね、あれが衝角(しょうかく)なわけないじゃない。古代の戦船(いくさぶね)じゃあるまいし、船底狙いの体当たりなんて時代錯誤もいいところよ』


 自分たちの周りをハチのように飛び回りだしたドローンに、将校たちは萎縮して声を潜めてしまった。

 そんな彼らを尻目に、ネオンは淡々と解説を続けた。


「ハイネリアは優れた外洋行動能力を有する巡洋艦であり、同時に輸送艦としても活躍いたします。格納室に搭載した各種の小型海洋兵器を海中発進させることで、様々な任務に対応することが可能です」


 小型海洋兵器っていうと、昨日のマーライオンあたりも含まれるのだろう。

 つまり、ハイネリアは遠洋の戦場に兵士を運び、自らも戦闘を行える海中軍艦、ということになりそうだ。


「ずいぶんと万能な艦なんだなあ」


 呑気なつぶやいた俺に、ケヴィンさんがじとりとした目を向けてきた。


「いい加減、突っ込むのにも慣れてきちまったがな。なんでお前が感心してんだよ、司令官殿」


 そうは言われても、ねえ。



「ううむ、見れば見るほど興味深い(ふね)じゃのう。お前たち、傷などつけておらんだろうな?」


 モーパッサン提督が何の気もなし漏らした言葉に、港湾警備あたっていた海兵たちの顔が青ざめた。


「そ、その、先ほど軍港へと侵入してきた際に、銃撃を数発、いえ、数十発ほど……」

「なに!? 本当に撃ってしまっておったのか!?」


 来るときに上空からも見たけれど、この軍港に入るための入り江は、狭くてやや浅い水路のような形状になっている。

 ハイネリアはあそこを通る際に海面に艦体を出していたそうで、海兵たちはそこを目掛けて燧石(マスケット)銃を一斉掃射してしまったそうだ。


「ご心配は無用です。深さ1万メートルの水圧にも耐えるハイネリアの装甲に、燧石(マスケット)銃など砂粒も同然ですから」


 ネオンは特に(とが)めなかった。

 確かに艦体には、穴があくどころか、かすり傷のひとつもついていないようである。

 『銃弾と砲弾を無駄に消耗』なんて言ってたのは、ハイネリアの防御力に絶対の自信があることの現れだったのだ。


「ああ、そっか。最初から壊される心配がなかったから、事前に報せようとしてなかったんだな」

「おい待て。もしや、こいつを入港させるのは既定路線だったってことか?」


 俺の失言に、ケヴィンさんが(まなじり)を吊り上げて(にら)んできた。

 会議室に入ったときからそうだったけど、やけに機嫌が悪そうだ。


「先に言えってんだ。また俺が提督にどやされるだろうが」

「ん? 『また』って?」

『おおかた、昨日の夜に酔いつぶれて寝ちゃったせいで、朝から叱責(しっせき)でも受けたんじゃない?』


 からかうようなシルヴィの声に、ギロリとした眼光が小型ドローンを射竦(いすく)めた。

 どうやら図星だったらしい。


「だいたい、こんなもんどこに隠し持っていやがった? 海戦用の兵器なんざ、今まで使ってなかっただろうが」

『あら、それを言ったら陸と空の戦力だって、ほんのちょっとしか披露していないわよ』


 不機嫌ながらも探りを入れる諜報部隊長と、それをあしらう戦術AI。

 両者の間に火花が散り、そこに、ネオンも参戦した。


「ご希望とあれば、また空軍兵器を呼び寄せますが?」

『そうね、前回使ったスピアーグレイは偵察機だったし、今度はちゃんと戦闘機でお相手しようかしら』


 ぐっ、とくぐもった声を出したケヴィンさん。

 勝敗なんて、最初からわかりきっていたことである。


「……ちっ。もう探りなんざ入れねえから、さっさと話を進めやがれコンチクショウ」


 負け犬の遠吠えを吐き捨てた彼は、なぜか俺の方を見向いた。


「司令官殿、くれぐれもあいつらの手綱をしっかり握っておいてくれ。これ以上波風が立ってローテアド軍(うち)の論調が変わっちまうのは、お前も本意じゃねえだろ?」

「下手に(やぶ)を突っつくからだよ。あんな戦闘大好きAI(じゃじゃうま)たちの手綱、俺が握れるわけないじゃん」


 むしろ、握られてるのは俺のほうだって知ってるくせに。


「まあ、それはともかく、そろそろ――」

『船出の用意はお済みのようですわね』


  ――はい?

  固まる俺。

  今、潜水艦ハイネリアから、彼女(・・)の……


「な、なあネオン。あの声って」

「その、ようです。ハイネリアの送致だけをお願いしたはずなのですが……」


 次の瞬間、潜水艦ハイネリアの上部装甲の一部が開いた。

 重厚な装甲がぱっかりとスライド。

 あの部分が開閉口であったらしい。

 そして、そこから出てきたのは。


「お迎えに上がりましたわ、司令官様」

「エ、エルミラ!?」


 もうひとりの手綱を握れないAI(じゃじゃうま)、マリン・ベースにいるはずだったエルミラが現れた。

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