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12_04_AIたちの真理逆説

『そういったご事情であれば、喜んで海洋戦力を提供させていただきますわ』


 ネオンから作戦の概略を聞いたエルミラは、(こころよ)くマリン・ベースの兵器使用を許可してくれた。


「ありがとう、助かるよエルミラ」

『まあまあ、そんなそんな。当基地の未来の司令官様のためならば、わたくしは全保有戦力を出撃させることも(いと)いませんわ』

「い、いや、それだとさすがに目立っちゃうから……」


 マリン・ベースの兵器数を知ってるわけじゃないけれど、明らかな過剰戦力に違いあるまい。

 暴走気味のエルミラを落ち着けるためか、シルヴィが彼女にこんなことを問い合わせた。


『ところでエルミラ姉様、【IG−CiA(イグシア)】はどうしてるの? 兵器のことは、やっぱり戦術AIにも話を通しておくのが筋でしょ』

『そう、ですわねえ……』


 直前まで浮かれていたエルミラは、静かになって言葉を濁した。


『お話は少し変わってしまいますけれど、終焉戦争において第17基地(あなたたち)は、どのようにして敵の初手を防いだのでしょう?』


 初手というのは、さっきも話しに出ていた「サイバー攻撃」というのを指している。

 断片情報から俺に理解できたのは、その攻撃を受けた基地は敵に強奪されたも同然となり、友軍に対して攻撃を仕掛けてくるようになってしまうということ。


「我々は、後発基地であったことが幸いしました」


 今度はネオンが、手のひらから立体映像を投影した。

 複雑な幾何学模様(きかがくもよう)がいくつも重なったような図形で、よく見ると、数字や文字列が折り重なって球体や立方体を形作り、それが連結したり融合したりして、何かの3Dモデルを形成しているらしかった。


「あのクラッキングは一斉攻撃ではありましたが、僅かな遅延(ラグ)が存在しました。敵は上位のベースから順に攻撃を仕掛けていたとみえ、第17セカンダリ・ベースが標的となるまでには0コンマ2秒ほどの時間差がありました。その間に特効型の多層迎撃隔壁(カウンターウォール)を構築し、併せて、兵器への一切の外部アクセスを遮断いたしました」


 幾何学模様のモデルをエルミラへと飛ばすネオン。

 受け取ったエルミラは、目ではなく手のひらで、その構成を読み取った。


『特効型の迎撃隔壁、ですか。ネオン、あなたはあれ(・・)の攻撃源を逆探知(トレースバック)したのですね?』

「はい。ですが攻撃は、襲撃を受けた上位ナンバーのセカンダリ・ベースを経由して実行されていましたので、知れたのは上位基地の被害状況と、防御システムの崩壊過程のみでした。もっとも、その情報をもとに多層迎撃隔壁(カウンターウォール)を完全耐性仕様の防御プログラムへとアップデートすることに成功し、第17基地はその後の被害を(まぬが)れることができました」


 その防御プログラムっていうのが、エルミラの手の中にあるモデル……なのかな?


『そうでしたか。こちらは、イグシアちゃんが自分のシステム領域に攻撃そのものを誘い込んで、隔離と駆除にあたってくれました。EIDOS(エイドス)システムへの侵入を防ぎきり、基地機能や自律兵器が奪われることを阻止してくれましたわ』

『じゃあ姉様、イグシアは』

『領域の、かなり深いところまで誘い込んでいましたから……』

『そう、残念ね』


 シルヴィがぽつんと呟いたのを最後に、この会話は打ち止めとなった。



 その後、ネオンはエルミラと明日の仔細を打ち合わせ、名目上は司令官である俺もそこに加わった。

 とはいえ、作戦内容をぼんやりとしか把握できていない俺の役割は、仮初めの物知り顔をつくりあげ、無闇に口を挟まないよう、その場に立ち尽くしているだけ。

 無用の長物と化していたところ、部屋の脇の方からファフリーヤの声が小さく聞こえてきた。


「シルヴィ様、さきほどのお話は……」


 ここまで()をわきまえて沈黙を保っていた彼女は、こちらの会話を邪魔しないよう、ヘッドセットでシルヴィに質問しているようだ。


『ちょっとした追悼よ。情報交換を兼ねた、ね』


 シルヴィの返答の声が、俺のヘッドセットからも聞こえてくる。


「シルヴィ様と同じ戦術AIが、マリン・ベースにもいらしたのですか?」

『そ。IG−CiA(イグシア)って名前のAI。地球流体力学に特化してたり、マリン・ベース周辺の防衛拠点の一括管理も任されてたり、優秀な子だったわ』


 気になるの? とシルヴィ。

 ファフリーヤは控えめに、首をちょこんと動かした。


「その、シルヴィ様が、あまり悲しんでいないように感じてしまったものですから……」

『そりゃあね。AIには〝死〟っていう概念はないもの。「死んだ」とか「お亡くなり」って表現を使うこともあるけど、それはあくまで便宜上(べんぎじょう)比喩(ひゆ)でしかないわ』

「ですが、イグシアさんというAIは、自らを犠牲にしてマリン・ベースを救われたと」

『うーん……AIにおける命題みたいなものなのよね。人に創られ、消去(デリート)複製(コピー)が容易くできてしまう存在にとって、死とはどういう状態を指すのか。突き詰めて考えると、生物の死という概念とはまた違う次元の話になってくるわ』

「死が存在しない……ずっと生き続けられるということですか?」

『いいえ。生と死は常に表裏一体だもの。どちらかだけが欠けることは有り得ないわ』


 首を傾げるファフリーヤ。

 シルヴィは『ファフリーヤなら、そのうち理解できるわよ』と優しく(さと)した。

 また、そのうえで、こんな言葉をヘッドセット越しに送ってきた。


『たぶんネオンは追悼だけじゃなくって、エルミラ姉様に釘を刺そうともしてるわね。姉様って、他基地の上官を過剰に歓待しちゃう癖があるから』


 この台詞はファフリーヤじゃなくて、俺に聞かせるためのものだ。

 エルミラの前で動揺を必死に抑える俺の様子に、シルヴィはクスクスと茶目っ気のある笑い声を響かせて、難しく考え込んでしまったファフリーヤに、苦笑ぎみの笑顔をもたらした。


 ・

 ・

 ・


 こうして、打ち合わせはつつがなく完了し、エルミラとの通信はひとまず終わらせることとなった。


「――では、マリン・ベースのEIDOS(エイドス)システムに汚染が残っていないか、徹底して確認と検証をお願いいたします。それが済むまでは司令官登録は行わず、スリープ・モードを維持すべきです」

『承知しましたわ。でも、そうなりますと、当面は画像と音声だけでしか司令官様と触れ合えないのですわね。ああ、なんともどかしいことでしょう』


 さめざめと泣くような素振りをするエルミラ。

 ネオンは手のひらから光る小さな球体を投影し、空中をスライドさせて彼女に渡した。


「登録手続きを簡素化するため、事前に司令官のバイタル・データを送信いたします。今はそれで我慢してください」

『まあ! 本当ですかネオン』


 途端、ぱあっと明るい笑顔を咲かせたエルミラは、飛んできた光の球をぎゅっと胸に抱きしめた。

 姉の扱いが、なんとも上手な妹たちである。


『それではそれでは司令官様。明日は予定時刻ちょうどに、マリン・ベースの兵器をそちらに向かわせますわ。そして、この次は、ぜひとも感覚様相接続センソリー・モダリティ・コネクトでコンタクトしていただければ、最大限のおもてなしを――』

『だめよ姉様。繰り返すけど、こちらの司令官はそういうことに耐性がないの』

「では、これで通信を終了します。明日はよろしくお願いします、エルミラ」

『ああネオン、せめてもう少――』


 エルミラの声はプツリと途切れ、曲面モニターに囲まれていた部屋も、元の客室へと景観を戻した。


***


「……終わったん、だよな?」

「はい。マリン・ベースとのファースト・コンタクトは、無事に完了いたしました」

『明日の手筈(てはず)もね。姉様なら、きっちり打ち合わせ通りに事を運んでくださるわ』

「それは、なによりだ。あー、肩凝ったぁ……」


 緊張から解放された俺は、ソファにがっくりと背中を(もた)せかけた。

 昼間のモーパッサン提督のときもそうだったけど、今日は人と会うごとに精神を著しく消耗させられている。

 それに今回は、ネオンやシルヴィからでさえ、緊張の糸が緩んだような気配が感じられた。

 ふたりにとってもエルミラとの邂逅(かいこう)は、実は緊迫の正念場だったのかもしれない。


「……なあ、シルヴィ。『そういうこと』って言ってたけど、エルミラは何する気だったんだ?」

『何って、普通の挨拶よ。アンタはまだナノマシンに対する抵抗が整ってないでしょ。今の状態でマリン・ベースにダイレクト・アクセスしようものなら、脳みそがグチャグチャになっちゃうから止めたの』


 あ、なんだ、そういうことか。

 いや、待った、すごい怖いこと言ってない?


『そ、れ、と、も。まさかアンタ、姉様の声色から、何かいやらしい想像でもしちゃってたのかしら?』

「ちょっ!? 何を言って――」


 大慌てで否定したものの、


「――お父様?」


 背後から冷たい気配。

 いつの間にか、俺の後ろにファフリーヤが回りこんでいた。

 表情はニコニコとしているのに、凍えるようなプレッシャーが全身から放たれている。


「そ、それよりっ、ふたりとも、最初から俺を(てい)よく差し出すつもりだっただろ!」


 なんとか矛先を(そら)そうと、強引に話題を変える俺。


「材料は(そろ)っていると申し上げておいたはずです。過去の司令官の言動、ならびに先の戦闘中の発言は、彼女を言い(くる)めるに足ると容易に判断できました」


 しれっと言ってのけるネオン。

 思うところはあったけど、話の流れが変わったから一旦は良しとしよう。


「材料って、エルミラを(だま)すための材料ってことだったのか」

『人聞きが悪いわね。アンタを名司令官に仕立て上げるための材料よ。アタシたちは嘘なんて()いてなかったでしょ』


 真実を正しく伝えてもいないけどな。


「もとより彼女は人に幻想を抱きやすいAIですから、それを肯定する情報さえ与えれば、それが事実の一部分であれ、とても好意的に解釈してくださいます」

「うわ、身も(ふた)もないことを」


 幻想って言い切っちゃってるうえ、堂々と詐欺にかけたと宣言したようなものである。


「もしかして、AI同士って仲悪いのか?」


 ネオンの文明の軍隊にも、派閥争いとか出世競争とか、複雑な内部のゴタゴタがあったのだろうか。


「そのようなことはございません……いえ、派閥や内部政治がなかったわけではございませんが、こと軍事基地のAIに関しましては、元を辿れば同じ存在であると言えますから」


 同じデータを基に構築された彼女らは、結局は同一のプログラムであるのだと述べるネオン。

 自分自身と仲違いする道理はないと、そう主張した。


「でも、ネオンとエルミラじゃ、ずいぶん性格が違ってたみたいだったけど?」

「各基地ごとの追加学習や性格付けにより、〝個性〟と呼ぶに値する人格乖離(かいり)が生じていることは確かですね」

『結構個性派揃いよね、セカンダリ・ベースのAIって。特に、誕生が早かったα−Ⅰ型(アルファいちがた)の管制AIたちなんて、みんな一癖も二癖もあるって評判だったんだから』


 それは悪評と言うのでは……いや、そんなことよりも。


「じゃあ、どうして俺を名司令官だなんて偽ったんだよ?」

『考えてもみなさいよ。戦功や実績の遥かに優れた大先輩に、「作戦を立案したから兵器を貸して」なんて、おいそれと頼めると思う?』

「……確かに、ものすっごく気を使いそうだ」


 現文明の軍隊に当てはめれば、別部隊の上官に一方的な要請を突きつけに行くようなものだろう。

 快諾してくれるとは思えないし、よしんば受けてもらえたとしても、純粋に借りをつくることになるか、事前の〝手土産〟くらい要求されてしまうかもしれない。

 できることなら避けたいシチュエーションだ。

 そして、理由はこれだけではないようである。


『戦歴から言えば、アタシたちがエルミラ姉様の指揮下に入るのが本当は適切かもしれないわ。でも、各基地の特性とかを十全に活かすためには、ある程度の独立性と裁量権があったほうがいいの」

「そういや、アミュレットの武装も基地システムも、セカンダリ・ベースごとに独自カスタマイズされてるって言ってたっけか」

『そ。各基地ごとの裁量って、結構幅広く認められてたのよね。だから、勝手知ったるAIに運用を任せたほうが、効率も勝率も上がるはずなのよ』


 確かに道理に(かな)っていそうだけど、これって単にシルヴィが自由に戦いたいって願望も混じっているんじゃ……いや、そんなことよりもだ。


「理屈はわかったけどさ、今後も理想の指揮官役を務めなきゃならない俺は、どうしたら?」

「問題はございません。司令官には威厳と実績を充分に備えるための機会が、これから存分にございますから」


 ネオンの言う機会とは、今後、ラクドレリス帝国を始めとする各国との戦争のことだ。


「だからって、あそこまで過度に期待されてちゃ……」

『何言ってるのよ。管制AIに信頼されない人間が司令官じゃ、基地運営が成り立たないわよ。姉様の期待に応えられるよう、武功のひとつでもあげる気概を見せなさい』


 あまりにごもっともなご指摘に、俺には返す言葉もございませんでしたとさ。

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