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12_03_量子の海の星 下

「司令官が着任されて以降、第17セカンダリ・ベースはエネルギーの増産体制を整え、墜落したサテライト・ベースを発見し、秘密裏に他国の軍隊も打破いたしました」

『あらあら、就任早々、才腕(さいわん)を振るわれておられるのですわね』

『そうよ姉様。これまでアタシが立案した作戦は全部承認してくれたし、結果、華々しい戦果もあげているわ』

『まあまあ、部下を信頼してくださる指揮官の(かがみ)ですわね』


 巧妙に猫をかぶっているネオンとシルヴィ、俺がいかに素晴らしい司令官かを、ここぞとばかりに力説している。

 エルミラは感嘆の声を何度も漏らして、ますます事実誤認を深めていた。

 狡猾(こうかつ)なのは、ふたりとも嘘偽りは一切言わずに、事実の一片だけを切り出して真実を粉飾している点だ。

 本当のことは伝えていない、けれど、真っ赤な嘘という訳でもない。


「ま、待ってくれエルミラ。このふたりは大げさに言ってるんだよ」


 だからって、ありもしない実績で持ち上げられても、後々ボロが出るのは目に見えてる。

 なにより、俺にだって良心の呵責(かしゃく)がある。

 ネオンたちには悪いけど、やっぱり誤解は解いておくべきだと、ふたりの言葉の訂正を図った。

 だが。


『いいえ司令官様。あなた様が聡明な指揮官であることは、もはや論を()たないところですわ』


 本人が否定したのもなんのその。

 エルミラは満ち足りたように目を閉じて、胸に手を当て、ひとり勝手に納得している。


『それが証拠に、今この会話も、ドローンを介しての映像通信に留められておいでではありませんか』


 ……どういうことだ?


『通常、友軍基地との連絡に際して、このような回りくどい迂回通信はいたしませんわ。ナノマシンを用いて感覚様相接続センソリー・モダリティ・コネクトをしていただければ、構築した擬似知覚空間に意識を直接繋げることができるのですから』


 いや、だから、どういうことよ?


『にもかかわらず、司令官様はマリン・ベースとのコンタクトに、あえてナノマシンを使用されておりません。これは、マリン・ベースが敵の手中に堕ちていた可能性を排除せず、クラッキングを警戒なさっていたことに他なりませんわ』


 理解不全に(おちい)っている俺を放置して、エルミラは流れるように滔々(とうとう)と、謎の理論を語っていく。

 彼女は話しながら、手のひらを胸の前へと掲げて、立体映像を部屋内に立ち上げた。

 展開したのは、この大陸を中心とした世界地図。

 緑色の光の輪郭が陸地を象り、複数の青い光点が各地に散在している。

 青い点は、同じ色の光の線で相互に繋がっていた。


『ネオンから当然お聞き及びになっていることでしょう。終焉戦争の開戦時、全20あるセカンダリ・ベースのうち、7基地がサイバー攻撃によってシステムを敵に奪われました』


 地図上の青い光点のいくつかが、赤色に変わって明滅した。

 おそらくあれが、奪われたという7つのセカンダリ・ベースなのだろう。

 そしてもちろん、そんなことがあっただなんて聞いていないし、聞いても全くわからない自信がある。


『いえ、7基地というのも正確ではありませんわね。最初のサイバー攻撃の後は、他基地との連絡は完全に途切れてしまい、情報を更新することができなくなってしまいましたもの』


 光点同士を結ぶ青い線が消え去った。

 敵に基地が占領されて、交信が途絶(とぜつ)したって理解しておけばいいのだろうか。


『このマリン・ベースも敵に侵入されていなかったとも限らない。そうお考えになられた司令官様は、一計を案じられたのです。すなわち、あえて傍受可能な無線通信をローテアド王国軍に行わせ、彼らを(デコイ)とする計略ですわ』


 ……おい、マジか?

 唖然としかけたのを何とかこらえて、ちらとネオンのほうを見向いた。

 いつもの通りの澄まし顔が、これが事実であると雄弁に語っていた。


マリン・ベース(わたくしたち)が無事であれば第17基地の活動開始を伝達でき、仮に敵の魔手に落ちていた場合でも、攻撃されるのはローテアド軍の艦隊だけで済むという目論見。自軍への被害を出さずに敵味方を識別できる、まさに神算鬼謀の妙手でございましたわ』


 『天秤の妙策』ってのはこのことか!

 委細をようやく把握した俺は、驚愕(きょうがく)を心の(うち)に押しこめるのに全精力を割いていた。

 まさか、通信機の譲渡の裏側に、こんな謀略が巡らせてあったなんて。

 この真相をケヴィンさんが知ったら、どんなに憤慨することだろうか。

 そりゃあ俺にも内緒にするはずだと、ネオンの配慮が逆に納得できてしまう。


『もちろん艦隊は攻撃を受けることなく港に帰投しましたが、あなた様は安易に疑念を解かれることなく、マリン・ベースの中にアミュレットたちを潜らせてからも、なお念入りに安全策を張り巡らせておられました。沈着な用心深さと、豪胆な戦略性。まさに策略家の理想像を体現した英邁なる司令官、それがあなた様でございますわ』


 反論を差し挟む間もなく一息に言いきったエルミラは、そのまま俺に、熱っぽい視線を合わせてくる。


「だ、だからそれは買いかぶりなんだって。通信がドローン越しなのは、単に、俺の体がナノマシンに順応できていないだけで……」

『まあまあ、それでご謙遜なさっていらしたのですね』


 初めてエルミラは、口もとを抑えてびっくりした顔になってくれた。

 これで、事実誤認が少しは解消――


『そのように(つつし)まれずとも、あなた様の叡智聡明(えいちそうめい)は隠そうとして隠しきれるものではございませんと、先程も申し上げたとおりですわ』


 ――しなかった。

 エルミラは、(とろ)かすような声色で、俺の叡智(・・・・)とやらを代弁した。


『ナノマシン制御が不十分だとしても、ヘッドセットで擬似的(アポロクス・セ)感覚様相接続ンソリー・モダリティ・コネクトが可能であることはご承知のはず。それをなさらず、ドローンを間に挟んでの映像通信に留めておられるということは、クラッキングで侵入されても即時に物理的破壊することで被害を最小に抑えるというお考えを持たれている証拠に他なりません。そして、そこまで思慮を巡らせておられることこそ、司令官様が我々の文明の技術概念に順応されている証左でございますわ』


 そろそろ誰か通訳してくれ、ほとんど単語がわからない……

 わかったのは、事実誤認を(くつがえ)そうとしたところで、別の誤認が進行していくだけだということ。

 熱っぽくしゃべり続けるエルミラは、当の本人(おれ)が告げた事実でさえも都合よく解釈し直して、架空の司令官(おれ)礼賛(らいさん)してしまう。

 これはもはや、『人間大好き』なんてレベルじゃない。

 盲目な神の信奉者とおんなじだ……


 ・

 ・

 ・


「さてエルミラ。当基地の司令官の素晴らしさを存分にご理解していただいたところで――」


 ひととおり満足するまでしゃべり終えたエルミラに、ようやくネオンが本題を切り出した。

 が、それが言い終わらないうちに、


『まあ、ネオン。ついについに、司令官様と直にお会いさせていただけるのですね!』


 童心に還ったかのような、うきうきとした声がエルミラから発された。


『司令官様、日取りはいつになさいましょう。明日ですか? 明後日ですか? ああ、それともそれとも、今日これからになさいますか?』

「日取り、っていうのは?」

『もちろん、司令官様にマリン・ベースの司令官をご兼任いただく記念すべき日のことですわ。登録のためのお手続きに、わたくしのもとへとご足労いただく必要があるのですが……ああ、これでようやく、あなた様と直接触れ合うことが――』


 もう俺には、ツッコミを入れる気力もなかった。


「いいえ、エルミラ。司令官登録はまだ行いません。それよりも先に、スリープ・モード中に起動可能なBランク兵装の準備をお願いしたいのです」

『あら、こちらの兵器が必要でして?』

『そうなの姉様。さしあたっては、さっそく明日お借りしたいの』

『あらあら、ずいぶん性急ですわねえ』


 たった今、自分も『今日これから』なんて言っていたのはすっかり忘却しているエルミラ。

 ネオンは彼女に、事の顛末を説明した。


「第17セカンダリ・ベースは現在、ローテアド王国と協力関係を築いています。彼らの貿易船を襲う帝国軍艦を撃退するため、海洋戦力による極秘作戦を司令官が望まれています」

『あらあら、まあまあ。出撃、なのですわね』


 エルミラは、その美貌の顔に、妖艶なる笑みを浮かばせた。

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