3_01_荒野を駆けるコンバット・タンク 上
「しっかし、とんでもない速度だなあ」
小刻みに振動する座席シートの上で、俺は、モニターが映す外の景色を見ながら呟いた。
外は、土と石だらけの乾いた大地。
地上の石が、すごいスピードで後方へと流れていき、キャタピラが巻き上げた土埃の靄に飲まれていく。
俺は今、滅んでしまった文明の軍服に身を包み、超高機動装甲戦闘車両【ゴルゴーン】の中にいる。
基地を出て、ネオンと一緒に、西の荒野を目指しているのである。
「名を馳せた駿馬だって、こんなに早くは走れないぞ」
『当然よ。旧人類の文明の尺度で、このゴルゴーンを測らないで欲しいわね』
コックピットは複座式で、前部座席にはネオンが、後部座席に俺が座っている。
計器類に囲まれていてそれほど広くは無いものの、明るくて、座り心地も悪くない。
そして、このコックピットには、もうひとりの声も響いていた。
『アンタたち旧人類の技術力じゃ、あと1000年経っても――』
「語弊がありますよ、【SIL−V】。ベイル司令官はナノマシンに適合した新人類にあたります」
ネオンが、姿なき声の主をたしなめる。
彼女の名はSIL−V。
この戦車の自律機動を司るAI人格、なんだそうだ。
『体はそうでも、頭は野蛮な未開文明を抜け出せていないじゃない』
口が悪いシルヴィ。
同じAIでも、慇懃で無機質なネオンに比べると、やけに人間味がある。
なんでも、単独任務にあたる兵士が狭苦しいコックピットの中で精神的に参ってしまわないように、という配慮がなされた結果、こんな口調になっているらしい。
……ただ、言葉の中身に刺があるのは、単に俺を認めてないって理由みたいだけど。
「なら、野蛮で粗忽な俺にもわかるように教えてくれよ。このゴルゴーンって、無限に走っていられるのか?」
馬だったらとっくにバテているであろう長距離を、猛スピードで走り続けているゴルゴーン。
ここまで、一度の休憩だって挟んでいない。
俺の問いかけに、シルヴィではなく、前方座席のネオンが答えた。
「【DGTIA】エネルギーの遠距離非接触供給により、セカンダリ・ベースの半径500キロメートル圏内であれば、補給なしで活動可能です」
「ディグ……なんだって?」
相変わらず、彼女の言葉は意味の分からない単語が多い。
『要するに、アンタの文明では利用されてない未知の力が、この戦車の動力源ってことよ』
「よくわかったよ。俺が考えてもわからないってことだけは」
口は悪いけど、シルヴィの言うことは当たってる。
俺の頭じゃ、彼女たちの専門用語だらけの話にはついていけそうにない。
(ひとまずは、馬のいらない馬車くらいに思っておけばいいんだろうか?)
わからない言葉は深く考えず、要点だけを噛み砕いた俺は、再び外の様子を写しているモニターを眺めた。
草木の少ない荒涼の大地を、ゴルゴーンは砂塵を巻き上げ疾駆している。
「現在、時速120キロメートルで走行しています。目的地まで、あと1時間足らずで到着予定です」
そう、目的地。
俺たちは現在、ターク平原という場所に向かって移動している。
事の起こりは2時間ほど前。
俺が司令官になることを同意した直後に、ネオンとこんなやりとりをしていた。
・
・
・
「我々の最初の任務は、国の領土を確保することです」
真っ白いメディカル・ルームの中。
まだベッド上から動けない俺に、ネオンは立体映像の地図を使って、今後の計画を解説してくれた。
「ここから西に300キロメートルほどの地点に、広漠な荒野が存在します」
「荒野……? ああ、ターク平原のことか」
帝国の西側に広がる荒野、ターク平原。
帝国領ということになっているけれど、町や村といった集落はひとつも存在しない。
水源もなく、草木もなく、人の住めるような場所ではないのだ。
「この場所に、近隣諸国に悟られないよう、人の居住地を作り上げます」
そんな場所に、ネオンは国の礎を築くという。
「その居住地に、例の生き残りの人たちを?」
コールド・スリープとかいう方法で、起床待ちだとかなんとか。
「いいえ。まずは、この文明の人類を先に住まわせます」
「え? それって、どこから連れてくるつもりなんだ?」
「戦火が拡大すれば、民は自然と集まってきます」
戦時下において、劣勢の国の軍隊は国民から物資や居宅を徴発し取り上げる。
貧しい者ほど全てを奪われ、最後には戦争難民となって国外に脱出する。
それを受け入れるのだという。
「でもさ。ターク平原って、かなり荒れ果ててるって聞くけど?」
奥地に行くと、草の一本も育たない死の大地が広がっているという噂だ。
そんな劣悪な環境の土地を、どうやって人が暮らせるようにするのだろうか。
「きっと、俺が聞いてもわからない超技術を使うんだろ?」
「いいえ、単純です。食料や物資に関しては、遠方の街から強奪します」
むちゃくちゃ力技だった。
「ですが、まずは開拓作業です。そのために、基地の兵器を起動させる必要がありますね」
「お、そいつが俺の初仕事、かな」
ナノマシンを取り込んだ人間による起動承認、っていうのが俺の役割だ。
「ですので最初に、あなたの体を動けるようにしておきましょう」
「……助かる」
体はいまだに気だるさが抜けず、ベッドの上で身じろぐことさえ至難のまま。
これじゃあ、戦争どころじゃない。
「でも、どうやって?」
「あなたの体の不調は、吸入した生体ナノマシンへの拒絶反応が原因です。しばらくすれば体も順応するでしょう。ですが、それまでは薬で症状を抑えなければなりません」
そう言うと、ネオンはベッド近くの壁を操作した。
壁面がスライドし、中から、小さな円筒形の物体が現れた。
サーベルの柄よりもひと回りほど細いその筒を、ネオンは握って、俺に左腕を出すよう指示する。
「少し痛みますよ」
円筒の先端を腕に押し付ける。
同時に、チクっとした痛みがあった。
見ると、腕には細い針で刺したような跡が残っている。
「静脈注射です。経口摂取よりも即効性がありますから、苦しむ時間が減少します」
どうやら、体に薬剤を投与されたらしい。
10分もすれば、だるさが引いてくるそうである。
「投薬は1日2回。経過観察しながら、適宜、投与量を見直します。では、動けるようになるまで、もうしばらくお休みください」
そして10分後。
ネオンに予言されたとおり、体のだるさは綺麗さっぱりなくなっていた。
試しに立ち上がってみたところ、腕も、脚も、指先まで、何不自由なく動かせる。
「支障はないようですね。では、これから格納庫にご案内いたします」