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12_01_マリン・ベース入港

 暗い暗い海の奥から、光の道が現出している。

 その源は、水底(みなそこ)に沈むマリン・ベースの入港ゲート。

 友軍兵器を基地内に導くヴァーチャル・ガイドウェイが、黒い海流になびくことなく同一座標に(きら)めいて、戦いを終えたアミュレットたちを正確無比に(いざな)っていく。


「綺麗ですね、お父様。とても幻想的な光景です」

「ああ。神話の奇蹟を目の当たりにしてるみたいだ」


 リアルタイムで送られてくるその映像を、うっとりと眺めるファフリーヤ。

 同じく見惚(みと)れていた俺も、心からの相槌(あいづち)を彼女に返した。


「この光も立体映像なのか?」

「いえ、あのガイドウェイは現実の空間には投影されておりません。味方機に誘導信号として送信されたデータをカメラ画面上に可視化処理(ビジュアライズ)した拡張現実(AR)映像です」

「……お、おう?」


 難解なネオンの説明に対して返すのは、心からの疑問符だ。

 そんな俺たちをよそに、アミュレットたちはゲートから続く水中通路を、さきほど戦ったマーライオンの先導のもと、軽快な速度で進んでいる。

 兵器の格納庫区画へと、彼らは向かっているらしい。


『でもネオン。あのヴァーチャル・ガイドウェイって、2世代前の(ふる)い型よね?』

「アップデートは後発の基地を優先させていたと聞いています。戦歴の長いセカンダリ・ベースほど、任務状況に則した独自カスタマイズを加えてシステムを最適化していたはずですから」

『そっか。マリン・ベースくらいの歴史があると、過度の機能追加で複雑化しちゃってて、バージョン・アップに追随できなくなってそうよね』


 珍しくシルヴィがネオンに何かを尋ねていた。

 これも難解な内容だったけど、ひとつだけ理解することができた。


「てことはさ、マリン・ベースって、俺たちの第17セカンダリ・ベースより早くに造られた基地なのか?」

「その通りです。マリン・ベースの正式名称は『第5セカンダリ・ベース』、つまりは5番目に建造されたセカンダリ・ベースです。エルミラも基地と同時に誕生したAIですから、いわば、私やシルヴィの姉に当たる存在と言えましょう」


 各セカンダリ・ベースに割り振られている番号は、そのまま基地が完成した順番であるそうだ。

 基地数は全部で20だから、第17セカンダリ・ベースはかなり後発の基地ということになる。

 そして、基地を管制するAIも、新たなセカンダリ・ベースの建造に併せて新規に生み出されるのだという。


「特に、第5番目の基地(マリン・ベース)までに生まれた初期管制AIはα−Ⅰ型(アルファいちがた)と呼ばれ、後発のAIと区別されていました。彼女らが学習を重ねて組み上げた各種データに基づいて、第6以降の管制AIや戦術AIのコア・プログラムが構築されています」


 AI人格にはいくつかの分類があって、誕生した時期や役割によって型式が区分されていたそうである。

 初期管制AIのエルミラはα−Ⅰ型、後期管制AIのネオンはβ−Ⅰ型(ベータいちがた)、そのサポート役である戦術AIのシルヴィはβ−Ⅱ型(ベータにがた)、という具合に。


『最初の姉様たちが(いしずえ)を築いてくれたから後続の管制AI(ネオンたち)が生まれて、それを補佐する戦術AI(アタシたち)が生まれたのよ』


 今のふたりが存在するのは、先駆者である5人の姉が華々しい成果をあげてくれたおかげなのだという。

 そう聞かされると、シルヴィが尊崇(そんすう)するような口ぶりなのも納得できる。

 ただ、それは姉って言うより、むしろお母さんなんじゃ――


『今思ったことは、迂闊(うかつ)に口に出さないほうがいいわよ』


 表情から俺の心の声を読んだシルヴィ。

 すぐさま釘を刺しに来た。


「……もしかして、手厳しい性格のAIだったりする?」

『その逆よ。根っからの乙女なんだから、エルミラ姉様は。優しくて、おっとりとお(しと)やかで、一部の人たちからは〝量子の海の星クアンタム・ステラ・マリス〟なんて呼ばれてたのよ』

「AIは、原則として人に親しみを覚えるようにプログラムされています。味方の人間を害さないための措置ですが、エルミラは、それが最も色濃く性格に現れたAIであると言えるでしょう」


 もちろん善悪の概念は心得ていますし、規律順守は人間以上に徹底していますが、と注釈を入れたネオンは、最後に、こんな聞き捨てならない言葉を残した。


「とはいえ、交渉では少々の厄介さが付き纏うと思われますので、ご用心ください(・・・・・・・)


 まるで、これから俺が交渉に臨むみたいな言い方をするネオン。

 ……なんだか嫌な予感がして、背筋がざわざわと粟立(あわだ)った。


「ちょ、ちょっと待ってくれネオン。今回の任務って、マリン・ベースの司令官登録さえすればいいって話だったよな?」


 それともまさか、さっきマーライオンとの戦闘に発展したのは、俺という上官に対する不服従の意思表示だったとか?


「いえ、軍規違反や非論理的な命令を除いて、AIには自軍の上位階級者に対して基本的には反抗する権限を有しません。ですが、基地システムを司るAIとして、不適任者の登録を拒否する程度には裁量権がございます」

「じゃあ、俺がエルミラに認められなかったら、着任許可がおりないってことになっちゃうのか?」

「彼女の意見を無視して強引に司令官登録することは可能ですが、軋轢(あつれき)は生まないほうが懸命です。特に、エルミラの場合は」


 不安を煽る言葉ばかりが、台詞の最後にくっついてくる。


「ひょっとして、表面上は親しみを覚えているフリをしてるけど、実は人間が嫌いだったり……?」

「そのようなエラーがAIに生じたならば、即座に矯正(きょうせい)の対象です」

『むしろ、心の底から人間大好きよ、エルミラ姉様は。たぶん、この日に備えてパーソナル・ボディも新調したんじゃないかしら。アンタのために(・・・・・・・)

「有り得ますね。ボディの造形にあたっては、現文明の美人像を徹底的にリサーチしていたことでしょう。司令官の好みに合わせることを目的に」

「……はい?」


 一体どういうことだというのか。


 ・

 ・

 ・


 やがて、水中通路は重厚な遮蔽(しゃへい)ゲートに行き当たった。

 アミュレットたちが近づくと、ゲートはゆっくりとスライドし、その向こう側に、水で満たされた広い空間が現れる。

 上のほうでは水面(みなも)の波がキラキラと揺らめいていて、どうやら、海水が通っているのはこの区画までであるらしい。


 先導していたマーライオンが壁際の床に着底し、アミュレット・Mタイプたちもそれに続いて、縦一列に間隔を空けて並んで床に両脚をおろした。

 すると、彼らの送信してくるカメラ映像に若干の振動があってから、視点が上へとスライドを始めた。

 どうやら、アミュレットたちが乗った部分の床が動いて上昇しているようだ。

 相当な水深があったろうに、アミュレットたちは1分とかからず、水の上へと顔を出す。

 そこで初めて、この空間の全体像がカメラ・アイによって捉えられた。


「うわあ、こっちの基地も壮観だな」


 目に入ってきた広壮(こうそう)な光景に、俺は驚嘆(きょうたん)のような、賛嘆(さんたん)のような(つぶや)きを漏らしていた。

 広がっていたのは、例えるならば、画然(かくぜん)とした海と陸地が凹凸(おうとつ)にせめぎ合っている、そんな人工空間だった。

 基地内部の一区画でありながら、非常に高い天井と数百メートルもある奥行きを(あわ)せ持ったそこは、硬質で巨大な床ブロックを、横から長方形に(えぐ)って水を注いだかのような、細長い入り江状の構造になっている。

入り江の数はひとつではなく、合計6つが、連綿と続くタイル模様のように、間欠的に奥まで敷き詰まっていた。


「なんだか格納庫っていうより、軍港の船渠(ドック)みたいだ」

「『みたい』ではなく、ここは屋内式のドック・エリアですよ。洋上船ではなく、水中で活動する兵器を専門に修理、点検するための区画です」

『今、アミュレットたちを水から()げた動く渠底部(きょていぶ)も、小型機用の昇降ドック・システムよ。エルミラ姉様は、マーライオンと一緒にMタイプを直してくれるみたいね』

「お、それはありがたいな」


 さっきの戦いで、こちらのMタイプは全機とも出力に負荷をかけていたし、うち1機に至っては、オプション・アーマメントを強制排出(パージ)したり、マニピュレーターを酷使して損傷していたりと、結構なダメージを負っていた。


「あの、ネオン様。どうしてこのお部屋の水は、これ以上、上にあがってこないのですか?」


 素朴な疑問を口にしたのはファフリーヤ。

 言われてみれば、海底に沈んだ基地の中だというのに、ドックの水位は一定の高さをキープしているように見受けられる。

 さっき遮蔽ゲートが開いた時も、海水が大量に流れこんでくることはなかった。


「完全水密性の遮蔽ゲートで水流を静止しているほか、ゲート開閉時には区画全体に施された完全気密機構と気圧調整システムによって水位の上昇を抑制します。ゲートを閉鎖し排水すれば、(かん)ドックとして使用することも可能ですよ」


 知っている用語がいくつかあったので、なんとなく説明を理解できた俺。

 逆に、今回はファフリーヤのほうが、きょとんとした顔で小首をかしげていた。

 砂漠の国で育った彼女に、港や船舶の知識が不足しているためだろう。

 ネオンが補足説明のために口を開きかけた、その時だった。


『これはこれは、ようこそお出でくださいました。第17セカンダリ・ベースの皆々様』


 室内に、俺の知らない声が響いた。

※ステラ・マリス……Stella Maris(ラテン語)。日本語では『海の星の聖母』。聖母マリアの呼び名のひとつ。


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