11_09_勝利要因の分析と検討
「あらためてよく見ても、アミュレットとは全然形が違うなあ」
深海任務特化型アミュレット、マーライオン。
水の抵抗を低減させる流線型のそのボディを、俺は立体映像の画面越しにまじまじと眺めていた。
先の戦闘中、あんなに激しく動きまわっていたのが嘘みたいに、すっかりおとなしくなったマーライオンは、今はMタイプたちと一緒にゆっくり沈降し、マリン・ベースへと向かっている。
『今日の戦闘はなかなか面白かったわね。やっぱり、相手の性能が高いと頭使うわ』
久しぶりに戦闘任務をこなしてご満悦のシルヴィ。
相手の技術水準が高かったためだろう、前にローテアドの艦隊と戦った時よりも、声が達成感に満ちている。
「俺には、何が起きてたんだかさっぱりだったよ」
「私もです、お父様。気がついたらアミュレットが敵機を捕まえていました」
立体の地形図を立ち上げて、敵の動作をあらかじめ予測していた……ところまでなら、なんとなく理解できた。
ネオンが体の動きを止めたのも、そのために必要だったのだろうというのは、それとなくながら察しはした。
でも、その後の戦闘はいったい何をしていたのやら。
アミュレット各機のカメラ映像は、終始目まぐるしく視点が動きまわっていたし、立体地形図のほうを見ても、謎の数値や図形が現れては消え、現れては消え、何が表示されていたのか理解する暇もなかった。
そうしているうちに、Mタイプたちは3機がかりでマーライオンをガッチリ拘束。
うち1機がロープ状の道具を伸ばして、先端を敵機の後頭部にくっつけたかと思ったら、さっきまで猛威を振るっていたマーライオンは、どういうわけか従順になってしまった。
「念のため、マリン・ベースの基地機能不全に備えてMCEケーブルを用意していたのが幸いしました」
『無線が使えない状況って結構多いものね。技師たちがいつまでも有線にこだわってた理由がわかるわ』
「なあ、あのマーライオンは、やっぱり最初から味方だったってことで、いいのか?」
『もちろんよ。マリン・ベースに所属登録されてる正式な戦力。アタシたちを攻撃してきたのは……そうね、ちょっとした茶目っ気かしら』
いやいや、茶目っ気って……
『納得いかなそうな顔ね』
「だってなあ……そりゃあ、裏があるんだろうなってのは、なんとなく察してたけど」
相手は遠距離用の武装を持たず、しかもシルヴィによれば、勝機を捨てての単独出撃。
真下の基地からも増援が送られてくることはなかったし、直前のネオンとシルヴィの反応も、裏側の事情を察していたふうだった。
『「なんとなく」なんて言ってないで、もっと自信を持ちなさいよ。まさに、アンタが言った通りだったんだから』
「へ? 俺が?」
珍しく褒められている気がするけど、何のことだか、これっぽっちもわからない。
「味方識別こそされませんでしたが、マリン・ベースは第17基地の接続コードを拒まずに受け取っています。これは、3機のMタイプが味方であると知りながら意図的に攻撃してきたことを示しています」
『アタシたちを敵だと思ってたのはマーライオンだけ。だから、識別コードを有線で強制的に読み取らせて、こっちが誰かを教えてあげたの。「アンタの基地には友軍として認められてるわ、ちゃんと上官に確認しなさい」ってね』
マリン・ベースが本当に敵だと認識していたならば、そもそも有線接続だろうと物理的にシャットアウトされてしまっていた、とかなんとか。
しかし、そうはならなかった。
『たった1機で武装もなし。アクセスも拒まれない。これは、「無傷での捕縛を選択してみせなさい」っていう、エルミラ姉様からのメッセージだったのよ』
装甲は一部壊しちゃったけどねー、と悪びれないシルヴィ。
言われてみれば、確かに俺はマーライオンを『無傷で捕縛』できないかと、ネオンやシルヴィに確認……いや、請願していた。
でもあれって、思い返せば思い返すほど、戦場の道理を無視して我儘をぶつけてたってだけの気がして、自己嫌悪が……
「ええっと……つまり、そのエルミラさんっていうマリン・ベースのAIが、ふたりのことを試してたってことでいいのか?」
「と、言いますより、エルミラは司令官の力量を試していたつもりなのでしょう」
「俺のことを?」
あの戦闘の一体どこに、俺の力を計る要素が?
考えても全然思い当たらない。
むしろ不安がふつふつと沸いてきて、嫌な予感が背中にじわりと汗を浮かばせる。
『ま、基地に着いたらわかるわよ。ねえ、ネオン』
「そう身構えずとも大丈夫です、司令官。材料は揃っていますから」
またも難解なことを言うネオン。
というか、今日はネオンもシルヴィも、ずっと難解なことばかり言ってる気がする。
俺は、いつも通りに完全な理解を諦めて、後は成り行きに身を任せてしまえばいいやと、思考を向こうに放り投げた。
「あの、ところでシルヴィ様。どうしてマーライオンは、こちらのMタイプの動きを上回れなかったのでしょう?」
『ん? ていうと?』
話が終わるのを待っていたのか、ファフリーヤがおずおずとシルヴィに質問を投げかけた。
「えっとですね。シルヴィ様が起動していた、兵器の行動を予測する……」
『SRBSシミュレーター?』
「はい。あれというのは、各セカンダリ・ベースに標準的に配備されている軍事システム、ということで、よろしいのでしょうか?」
『そうね。今回はネオンのパーソナル・ボディを使って演算処理してたけど、基本はベース内で、EIDOSプログラムのシステム・コンソールから操作するものよ』
シルヴィの言葉を、頭のなかで反芻しているファフリーヤ。
俺と違って、ちゃんと理解できるんだろうなあ、この天才少女は。
「それであれば、マリン・ベースも自軍の兵士を支援するために、敵機、つまり我が軍のMタイプの行動を予測して然るべきだったのではないでしょうか……いいえ、おそらくは、先の戦闘でも予測していたはずであると、私には思えてならないのです」
こちらを試していたとはいえ、マリン・ベースが味方機をサポートしなかったはずがない、そう主張するファフリーヤ。
「マーライオンがシルヴィ様の術中に完全に嵌っていたのは、連携性以外にも要因があるのではありませんか?」
この推察は、今の戦いの核心部分を見事に突いていたらしい。
『驚いたわ。相変わらずいい着眼点ね』
「まったくです。司令官、ファフリーヤにご褒美を」
褒めて伸ばす教育方針らしいふたりは、答える前から褒賞を与えようとしている……というか、与えるのは俺の役目か。
とりあえず、また膝の上で頭をなでてみようかな。
「い、いえ、ネオン様。私は疑問をお聞きしただけ――ひゃあっ!?」
彼女の脇を抱えた途端、ファフリーヤから可愛い悲鳴があがった。
小柄な体をひょいっと膝に乗せ、そして頭をなでなでと。
「ふ、不意打ちはずるいです、お父様……」
苦言を呈しつつも、ファフリーヤは顔をとろんとさせて気持ちよさそうだ。
「では、そのままで聞いてください、ファフリーヤ。あなたの問いへの回答ですが、結論から述べますと、マリン・ベースには我々のMタイプの行動を予測することは不可能でした。先方のデータベースには、カタログ・スペック……つまり、基本性能情報しか登録されていないはずですから」
基本の情報しか持っていないから予測ができない。
つまり……
「それでは、シルヴィ様はアミュレットに特別な機能を持たせていたのですね?」
『そういうこと。過負荷出力機能も、排出後に推進ポッドが生きてたのも、第17セカンダリ・ベースのオリジナル・カスタマイズなんだから』
このふたつの機能は、他の基地では使用していない、もしくは仮に使っていても似て非なるシステムであり、性能や仕組みが異なるはずだという。
「通常のアミュレットのオプション・アーマメントは、誤作動等を防ぐため、強制排出の後は内蔵エネルギー・パックとの接続が自動で切れるようになっています。ですが、シルヴィの発案により、当基地のアーマメントは脱着後も接続が残って稼働するよう改造……いえ、改良が加えられています。過負荷出力機能も彼女の立案です」
「なあ、その改造って、まさか、勝手にやったんじゃ?」
『失礼ね。ちゃんと正規の手続きを踏んでるわよ。専用の制御プログラムだってアタシが作ったんだから。安全性テストでもほとんど合格を叩き出してるんだし、問題ないわ』
むっと言い返してくるシルヴィ。
だけど今、不穏当な言葉が一緒に含まれていたような。
「……ネオン、『ほとんど』でいいのか?」
「よくはありませんが、不合格が出た主な原因は『シルヴィがやり過ぎてしまうから』に帰着しますので」
機能やプログラムには大きな問題がなかったけど、それを扱う戦術AIが大胆な運用を繰り返して、パーツの寿命を早めてしまうのがいけなかったそうだ。
『背広組は費用対効果を気にし過ぎなのよ。現場の人たちからは戦術も含めてかなり評判良かったんだから』
「ですが、今回もアーマメントを1機分損失し、3号機の駆動手指機構も損傷しました。これについてはどう釈明を?」
『し、仕方ないじゃない。深海用の強化装甲を無理に剥がしたんだから』
「機体繋留用の鉤爪を装備していたでしょう。あれならば、さほど損耗することなく、装甲の隙間に食い込ませられたはずですよ」
ネオンの指摘に、ううっ、とシルヴィは口篭った。
『……だって、マニピュレーターのほうが0.0034秒くらい速かったんだもん』
小さい声で戦術的メリットを挙げはしたけど、大差のなさそうな数値である。
たぶんシミュレーターの計算上でも、その差でマーライオンに逃れられるということはなかったのだろう。
「まあ、ひとまずシルヴィの戦術の是非は置いておきましょう。まだ任務は継続中ですし、敗北要素が皆無に等しい戦闘ではありましたし」
「え、本当に負ける要素ってなかったのか?」
てっきり、シルヴィの大言壮語だとばかり……
「アミュレット同士の戦闘におきましては、同条件下であれば兵数差が1機多いだけでも圧倒的に勝率が高くなると、過去のデータ研究から明らかになっています。特化型機体に対しても、汎用機3機で1機を仕留めたケース記録は数多く存在します」
「ああ、それでか。数的有利が意図的に与えられていた以上、求められていたのは勝ち方だったと」
結果は最初から確定的。
ならば、試されていたのは過程ということになる。
「そう考えると、シルヴィが捕縛時間にこだわったのも、それほど悪い判断じゃないって思えてくるな」
『そう! そうなのよ! アンタもわかるようになってきたじゃない』
俺という味方を得て、途端に元気になるシルヴィ。
マニピュレーターを犠牲にしたシーンだけを切り取れば、やはり間違った戦術という感は否めない。
でもたぶん、シルヴィは一番最初の段階から、最短戦闘に主眼を置いていた。
手指の破損は、あくまで、それを徹底した流れの中の一部分。
全体を通して評価すれば、この場での最良のひとつだったと評価できるのかもしれない。
ただし、この評価はあくまで俺やシルヴィの好みに過ぎず、ネオンはやっぱりお冠だ。
「シルヴィ、繰り返しますが、戦術の是非は――」
『いいじゃない。ほら、ちゃんとエルミラ姉様は気に入ってくれたわよ』
お叱りの声を遮って、アミュレットのカメラ・アイ画像が拡大される。
映っているのは海底の様子。
さっきマーライオンが飛び出してきた基地のゲートから、海中に光の道が伸びていた。
「誘導用のバーチャル・ガイドウェイです。確かに、今度こそ歓迎していただけたようですね」




