11_08_水中戦②/〝個〟対〝多〟
『1号機、下降角90度で急速潜行!』
先に動いたのはシルヴィだった。
頑なに水平移動させていた1号機を急転直下。
わざわざ敵機を、相手の得意フィールドへと誘った。
「お、おい、シルヴィ!?」
『いいから、見てなさい』
当然に、マーライオンは追撃する。
急角度をつけ、垂直潜行していく1号機へと腕部を構えて肉薄していく。
そして、その上の海域からは、それぞれ異なる角度で上昇していた2号機と3号機。
『2号機、下降角58度! 3号機は右20度から、3秒遅延で下降角73度!』
シルヴィは2機を、またも別々の角度で、しかも時間をずらして降下させた。
これはもしや、タイミングを計っている……?
「シルヴィ様、来ます!」
ファフリーヤの声に思考が中断。
画面の中でマーライオンは、腕部に鉤爪を光らせて、1号機を射程に捉えていた。
『今よ! 1号機反転! 上昇角45度で過負荷出力!』
瞬間、1号機の推進力が跳ね上がった。
送られてくる視覚映像が、上下左右に荒く揺れる。
過負荷出力。
アミュレットのオプション・アーマメントの性能を、一時的に限界以上に引き出す禁じ手のプログラム。
だが、推進装置の出力限界を超えた速度は、それでもマーライオンの最高推力に及ばない。
しかし、その意外性は専門機の反応速度を上回った。
1号機を捕捉するはずだったアームは何も掴めず、鉤爪は海水だけを切り裂く結果に終わった。
「躱した!」
マーライオンを突破して、限界の壁も突破して、1号機は超高速で上昇していく。
だが、歓びは束の間だった。
海中戦闘に特化された速度と旋回性能は、一瞬のうちに獲物を再捕捉。
全速以上で上昇する1号機を嘲笑うように、あっという間に追いついて――
『1号機、推力停止!』
――そして、再び掴みそこねた。
激しく錐揉みしながら投げ出されていく1号機。
荒く不安定な過負荷推進の慣性そのまま、のたうつような乱雑軌道で墜ちていく。
おかげでマーライオンの爪から再度逃れたけれど、でも、こんなのは一瞬の目眩ましにしかならなかった。
「シルヴィ様、また来ます!」
やはり見逃してはくれないマーライオン。
幸運は3度続かぬとばかり、急旋回して執拗に襲いかかって来る。
だが、1号機はまともに動けなかった。
迎え撃とうにも、過負荷出力と急停止が響いて、推進ポッドの出力があがらない。
加えて、機体が後方に流されている。
この海域のこの深度には、強い海流が生じているのだ。
金属製だが質量の少ないアミュレットは、海中の潮流に揉まれて逆らえない。
対して、マーライオンは海流をものともしていなかった。
水中特化型のマーライオンにとって、この程度の潮流は誤差に過ぎない。
自分は潮の流れに揉まれず、また、相手が流れた距離もさほどではない。
攻撃にかかる時間のズレなど、本当に僅かな誤差でしかなかった。
しかし、その「僅か」こそが、シルヴィの狙いだったのだ。
『2号機3号機、過負荷出力!』
急速に降下していく2機のMタイプ。
上から回りこんでいた味方機に、限界を超えた速度を与えて猛追させる。
それでもマーライオンは止まらなかった。
狙いを1号機に定めたまま、最短距離を貫いていく。
他の2体の動きなど、初めからずっとセンサーで感知できていた。
このタイミングなら援護は届かない、獲物の頭部を粉砕できる。
数秒先を確信し、海の騎兵は鉤爪のついた右腕を振り上げた。
『そう、アンタは各個撃破を優先する。そうできるだけの能力がある』
シルヴィの声に、焦りの色が見えなかった。
この状況は、彼女が最前に予測していた通りなのだ。
死角なく全方位を視られていて、かつ、性能で勝られている敵に勝つ方法。
それはつまり、味方の1体を犠牲に――
『――するわけないじゃない』
突然防御姿勢をとったマーライオン。
直後、頭上から届かないはずの打撃が3発降り注いだ。
「砲弾、いや、推進ポッドじゃないか!」
武器がなかったはずの3号機が投射したのは、背部と両脚部に装着していた紡錘形の推進ポッド。
2号機と同時に過負荷出力をかけた3号機は、直後に水中用アーマメントを強制排出。
出力を上乗せし、運ぶべき本体を放した推進ポッドは加速度を増して、センサーで視られていても躱せない即席水中砲弾と化してマーライオンを直撃した。
『汎用機なら、こういう戦術だってできるのよ』
得意気に言うシルヴィだが、防御されたためダメージは軽微だ。
しかし、決定的な隙が生まれた。
推進ポットを迎撃したマーライオン、その爪付きアームが下からガシリと掴み取られた。
推力を切って落ちていたはずの1号機が、再浮上して組みついたのだ。
引き剥がそうと足掻いたが、しかし、続いて頭上から2号機が、絡みつくように胴体部分を取り押さえた。
3機はもつれながら沈んでいき、強い海流によって翻弄される。
が、すぐにマーライオンがパワー差を活かして体勢を制御した。
しかし、それは無意味な抵抗に終わった。
敵機は84秒前に、とっくに詰んでいたのだから。
『そうよ。アンタのパワーとこっちのパワー差、この海域のあらゆる環境。ひっくるめて計算すれば、そこがランデブー・ポイントになるのよ!』
マーライオンの頭部に衝撃。
喉首に、背後から鋼鉄の腕が巻き付いた。
推進ポッドを切り離した3号機の本体が、自由落下で降ってきたのだ。
センサーで捉えていたはずのマーライオンは、しかし、回避することができなかった。
体に組みついた2機のMタイプが、性能で劣るはずの推進性能が、マーライオンの回避動作を致命的に阻害していた。
『3号機、駆動手指機構出力最大! 装甲カバーを引き剥がしなさい!』
背中に取り付いた3号機は、振り解こうと暴れるマーライオンの後頭部、耐圧装甲の繋ぎ目に、自身の指を損傷覚悟で食い込ませた。
そこは着脱可能なカバー形状になっていて、制御システムへの外部接続端子が内蔵されている。
そのカバー装甲を力任せにもぎ取った3号機は、すぐさま腰部からケーブルを伸ばし、先端を露出したコネクタ部へと叩きつけた。
『有線接続完了! ネオン、任せたっ!』
室内に浮かぶシミュレーション・モデルが、光の粒子となって消失。
同時に、ネオンが再び目を開けた。
赤く輝くその瞳は、激しく、そして美しく、鼓動するように明滅している。
「マーライオンの自律思考領域に侵入、多層迎撃隔壁に【雲梯車】と【破城槌】で波状侵攻、フィードバック情報をもとに偽装ゲートウェイを構築……完了、接続コード強制送信!」
ガクンと腕を落として、マーライオンの抵抗がなくなった。
糸が切れた人形のように、完全に動作を停止している。
拘束を解除するMタイプたち。
推進装置を失った3号機を1号機が抱えて距離をとり、2号機が至近距離にて警戒にあたった。
あくまで、念のために。
「マーライオン、こちらを味方と識別しました。状況終了です」
『一丁上がり、ね。あー、久々に歯ごたえがあったわ』
緊張を解いたネオンとシルヴィ。
マーライオンは推進装置を最低限だけ稼働して、Mタイプたちとの距離を保っている。
表情なんて読めないけれど、交戦の意志が無いのは明らかだった。
「終わった……んだよな? ネオンの意識も戻ってるし」
「気を失っていたわけではありませんが、セーフモードからの復旧は滞りなく完了しています」
「お疲れ様でしたシルヴィ様。すばらしい指揮と勝利です」
『あら、当然じゃないファフリーヤ。負ける要素なんてなかったもの』
結果はわかりきっていたとばかり、ケロッとした声で言うシルヴィ。
傍から見ていた俺からすれば、紙一重でもぎ取った勝利にも思えたのに。
(もしも自由落下していた3号機との接触があと1秒でも遅かったら、あるいは、海流がもっと弱くて姿勢制御が早まっていたら、マーライオンは回避行動に成功して、首を取られはしなかったかもしれない)
しかし、その仮定はやはり無意味なのだ。
それは、シミュレーターが別の予測結果を再計算するから、などといった理由ではない。
『マーライオンは特化型。単体性能じゃMタイプに勝ち目はなかったわ。でも、戦場におけるアミュレットの真髄は高度な連携性にある。海は専用機の得意フィールドだったけど、単機で出撃してきた時点で、勝機をかなぐり捨てていたのよ』




