11_07_水中戦①/特化型対汎用型
海底を目下に控える深い海。
静謐だった濃青の世界は、一触即発の戦闘海域に変貌した。
『来るわ!』
3機のアミュレット・Mタイプに対し、真っ向から突進してくる海中専用アミュレット【マーライオン】。
だが、その姿は突然、泡沫のように消え去った。
『後ろよ!』
高速で直進してきたマーライオンは、突然真横に高速スライドしたのだ。
流線型の下半身だけをフレキシブルに動かして、横滑りのような軌道でMタイプの背後に回り込む。
しかし、シルヴィの対応も早かった。
狙われた1機を直ちに前進、マーライオンから距離を空け、そのスペースに他2機が急行、両者の間に割り込ませた。
『油断も隙も見せられないわね』
初撃を見抜かれ、一時静止するマーライオン。
遠距離用の武器は有していないとみえて、迂闊に近づいてこなかった。
しかし、その情報は何のアドバンテージも生まなかった。
『飛び道具が無いのはこっちも同じよ。探索調査用の装備しかつけてないし、バックアップも無い。この状態で深海戦なんて、3体がかりでも分が悪いわ』
と、マーライオンは3機を正面から見据えたまま、突然高速で後方に下がった。
かと思ったら、今度は急上昇して旋回軌道で距離を詰めたり、また離したり、前後左右にジグザグにスライドしたりと、全方位無作為としか言いようのない無茶苦茶な戦闘機動に移行した。
この間、機敏に動いていたのはやはり下半身のみで、顔や胴体はずっとMタイプのほうを、まるで照準を合わせているかのように見向いたまま、少しもブレることがなかった。
「あんな出鱈目な動きができるのか!?」
「マーライオンは脚部全てが高性能の水中推進機構です。ランダム軌道でMタイプたちの陣形を崩し、単体攻撃を誘導して、反応速度の差で迎撃する戦術のようですね」
前後左右どころか上にも下にも、しかも、上体の向きを変えることなく高速機動が可能なマーライオン。
汎用型機程度の水中推進能力では、闇雲に追いかけても反撃を喰らうだけだという。
『全機、浮上しながら連携撹乱機動! 隙をつくって、装甲の薄い関節部に打撃をねじ込むわよ』
3機のMタイプは入り乱れるように、互い違いに場所を入れ替えながら浮上していく。
マーライオンの複雑な軌道に対抗し、防御の死角が生まれないようにしているのだ。
「ネオン、あいつを無傷で捕縛することはできないのか?」
「単体性能で勝られているうえ、深度が深いほどマーライオンに有利です。Mタイプの機動性を最大限発揮できる水深まで浮上しなければ、背後を奪われ各個撃破に持ち込まれます」
はっきりと口には出さなかったものの、捕縛という選択は無謀だと、ネオンは言外に語っていた。
けれど、俺は諦めきれなかった。
「逆にこっちが背中をとれないのか? 死角に入れば生け捕りにだって――」
『無駄よ。背後はカメラアイの死角ではあるけど、他のセンサーがカバーしてる。見えないだけで視えているのよ』
「じゃあいっそ、陸まで上がれば追って来れないんじゃないか? 完全な水中用機体って話だったよな」
『何言ってるのよ! 水面に出たらローテアド海軍に見つかっちゃうじゃない! 海の中で破壊するしか道はないわ!』
「でも、友軍なんだろ!? 無傷が無理でも、せめて――」
『そんなこと言ってる場合――待って、でもエルミラ姉様なら……』
突然反駁をやめたシルヴィ。
同じくネオンも、表情を変えないながらも、神妙に何かを考えこんでいる気配をみせる。
『ネオン! たぶんこれって!』
「ええ、そういうことなのでしょう」
思考の時間は、長いようで、実は1秒にも満たなかった。
2人は同時に、同一の結論に至っていた。
『アミュレット全機浮上停止! 現深度でマーライオンを鹵獲するわ! アンタもそれでいいわね?』
「お、おう」
突然振られて吃る俺。
シルヴィがネオンじゃなくて俺に戦術を確認してくるなんて、初めてのことだ。
そしてネオンも、いつもとは違うことをしようとしていた。
ソファに深く腰掛け直すと、瞳が赤く光を放った。
「私のボディをセーフ・モードにし、演算領域を確保します。外のヴェストファールとも並列化しますので、存分に使用してください」
『ありがとネオン。遠慮なくやらせてもらうわ』
ネオンは目を閉じ、そのままピクリとも動かなくなった。
代わりに、シルヴィが動き出す。
『SRBSシミュレーター起動、併せて戦闘フィールドを立体マッピング、当該海域の水流水圧水温等、諸々のデータを同時並列処理』
俺たちの目の前に、新たな立体映像が立ち上がる。
現れたのは、海の中を模した3Dモデルのフィールド・マップ。
以前にイザベラの金鉱を制圧した時と同じシステムで、今回は赤い光点がひとつと青い光点がみっつ、モデル上に表示され、ずっと複雑に動き続けている。
敵機が赤、味方機が青ということだ。
『Mタイプの行動パターンを即時総当たり入力、マーライオンの反応動作を100秒先までシミュレート』
直後、4つの光点を起点に、何千本もの光の線が現れた。
3Dマップの中に超高速で伸びては消えてを繰り返す光線は、敵機と味方機の仮想進路だ。
入力されたMタイプの動きに、マーライオンがどう反応し対処するか、地形や海流の情報も組み込んで、軌跡を何億通りも予測演算して出力している。
途轍もない速さで処理されていく光線の束は、俺の目には、立体的な幾何学模様が絶えず形を変えて明滅しているようにしか見えなかった。
だが。
『見つけた! 84秒でチェックメイトよ!』
その中から、シルヴィは最適解を導き出した。
かかった時間はほんの数秒。
しかし成果は、相手を確実に詰ませる最善手。
そしてMタイプたちも、その瞬間に動いていた。
それまでの交錯するような連携機動ではなく、別個に水平三方向に散開。
大きな正三角の形に陣を張る。
「マーライオンも来たぞ!」
これに敵機も即応した。
複雑なジグザグ機動を即時停止し、直線機動に切り替えて、あえてMタイプたちと同じ深度に、それも、3機と等距離になる三角陣の中心点へと潜り込む。
相手の出方を見るのではなく、あからさまに攻めやすい状況を演出して、Mタイプの攻撃を引き出す目論見なのだろう。
その戦術に、シルヴィは乗らなかった。
『全機、最大推力! マーライオンと水平高度を維持して距離を取って!』
敵機から全速力で離れるMタイプたち。
三角の陣が外に広がり、いや、もはや陣とは呼べない兵士の孤立状態にまで距離が開いた。
マーライオンも動き出す。
正面にいた1機に狙いを定め、一直線に猛スピードで突進してきた。
『1号機に食いついたわね』
分散したMタイプに対し、各個撃破を仕掛けたマーライオン。
1号機との距離をみるみるうちに詰めていく。
高速巡航形態に戻らずとも、戦闘形態の最高速度はMタイプを優に上回る。
特に今は、深度差のない同等条件下。
汎用機ごときが単機で逃亡を図るなど、罠であろうと下策で悪手。
そう言わんばかりにマーライオンは、Mタイプへと狩人のように迫っていく。
『1号機、右28度に進路変更! 2号機3号機は反転、それぞれ上昇角14度と上昇角22度で追いかけて!』
逃げるMタイプ、追うマーライオン。
1号機は反撃に転じず浮上もかけず、明らかに追跡者に誘いをかけていた。
予測と性能差が、両者の戦術に過程の一致をみせている。
上回るのは、果たして――




