11_06_水底の鉄騎兵
『あったわ。あそこよ』
「『あった』って、何も見えないぞ?」
『海底や岩肌に擬態してるのよ。島の付け根の、この岩壁の辺りからがそうよ』
マリン・ベースの沈潜地点を俺に説明するシルヴィ。
海中のアミュレット・Mタイプから送られてくる映像を使って、岩や砂に偽装されている部分に半透明のオレンジ色で着色処理を施した。
見渡す限りの海底の、かなり広範な面積が、薄い橙色に変色した。
「うわ、広いっていうか、広大だな。これが全部そうなのか」
『そりゃあね。本当は陸地にあった軍港基地だもの』
「敵に破壊されたと偽装するため、マリン・ベース全体を海中に潜伏させています。第17セカンダリ・ベースが地中に潜っているのと同様の措置です」
ちなみに、この海域は前文明の頃は海深がもっと浅かったそうだけど、今は海底が抉れていて、その数倍以上に深くなっているのだそうだ。
そうだよなー、上の島々が粉砕されるほどの攻撃があったんだもんなー、なんて納得していたら、実はマリン・ベースの仕業ではないかとネオンは言う。
「一帯を深く窪んだ、海溝に近い海盆地形に作り変え、そこにマリン・ベースを潜らせてから、偽の岩肌で覆ったうえで砂に埋れるという、多重の隠蔽作業を行っていたようです」
大掛かりなまでの地盤破壊……いや、地盤改造と呼ぶべきなのだろうか。
敵の攻撃から基地施設を守るためとはいえ、とんでもない隠遁工作もあったもんだ。
「終焉戦争で無茶苦茶をしてたのって、敵側だけじゃなかったんだな」
『相手の無茶に対抗したまででしょ。不当な侵略から多くの一般市民を守らなきゃならないんだから、防衛にしたって攻撃的な手法になるわ』
その無茶の産物である偽装岩壁に、アミュレットたちが取り付いた。
背部と脚部の推進ポッドの動力を切り、代わりに腕部と足底部から鉤爪のような固定装置を現出させ、偽の岩肌にしっかりと食い込ませる。
強引な地形改造の影響か、それともマリン・ベースによる環境操作が成されているのか、この海域ではところどころの深度で強い海流が起こっていて、こうして固定しておかないと、質量の軽いアミュレットは容易く流されてしまうのだそうだ。
『軽いって言っても、装備無しでも成人男性2人分以上の重量があるけどね』
「それより、どうやって中に入るんだ? まさか、ここも発破でこじ開けるなんて言わないよな?」
サテライト・ベースに突入したときは、確か、IDADという爆弾兵器を使って、かなりの振動を伴う爆発によって入り口を破壊していた。
あの兵器を、今回も?
「無論、そのような危険な真似はいたしません。墜落していたサテライト・ベースとは違い、マリン・ベースは正常に休眠している生きた基地。破壊するなどもっての外です。ですので――」
ネオンの台詞を言い差すように、カメラ画像の景色がグラグラと揺れ始めた。
アミュレットが揺さぶられているようだけど、海流ではないという。
これは……
「岩肌が動いてる!?」
3機のアミュレット・Mタイプが取りついていた、島の付け根の偽装岩壁。
あれが、そっくりそのまま横にスライドしているのだ。
「――先方も、出迎え準備は万端ということですよ」
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俺が唖然としていた間に、岩壁は完全に開ききって、海底には大きなゲートがぽっかりと出来上がっていた。
「第17基地のアクセス・コードが認証されました。シルヴィ、先方の反応は?」
『開けてくれたのは格納庫に繋がる水中ゲートだったみたい。中から1機、こっちに向かってきてるわ。一応警戒しておくわね』
「ん? 警戒って、味方同士なのに?」
耳に入ってきた不穏当な言葉に、ようやく現実に引き戻される俺。
『念のためよ。終焉戦争時のことだけど、各地のセカンダリ・ベースを標的にした大規模なサイバー攻撃があって、いくつかの基地がシステムを奪われちゃう事態に陥ってたから。マリン・ベースもAIやEIDOSプログラムが改竄されてた可能性を考慮して、クラッキングが継続してるかもしれないって前提のもとに――』
「……ごめんシルヴィ。今回は何言ってるのかひとつもわからない」
サイバー攻撃とか改竄とか、なんだか物騒な話だってのは伝わってくるけど、用語はいつも以上にさっぱりだ。
「マリン・ベースの兵器が敵に鹵獲されている可能性があるということです。もっとも、この基地の管制AIの能力を鑑みれば、いらぬ心配かとは思いますが」
『そうね、エルミラ姉様だったら大丈……あれ? 待ってネオン! コードは受け付けてくれてるのに、Mタイプが味方識別されてないわ!』
突然大声を上げたシルヴィ。
ネオンも即座に呼応した。
「シルヴィ、全機を直ちに偽装岩壁から離脱。マリン・ベースから距離を取らせてください」
『もうやってる! 向こうのコードは!?」
ネオンの瞳が赤く輝く。
海底の基地に、なんらかのコンタクトを図っているらしい。
「マリン・ベースから接続コードが送られてきません。こちらのコードを一方的に受理しただけで、相互接続はブロックされています」
状況はちっともわからない。
けど、緊迫していることだけは空気でわかる。
「もしかして、サテライト・ベースと同じ状態なのか? マリン・ベースのAIも消えちゃってて――」
「有り得ません。こちらのコードは受け取っていますし、基地機能も生きています」
つまりこれは、向こうのAIがやる気だっていうのか?
「でも、入り口を開けてくれたんだろ。だったら――」
『基地の入り口は、兵器の出口でもあるってことよ!』
シルヴィが叫んだのと同時に、ゲートから何かが飛び出した。
すごい速さで矢のように水を突っ切るその何かは、急速浮上していたアミュレット・Mタイプたちに近づいて、そのまま真横をすり抜けていく。
「な、なんだアレ!? 砲弾か!?」
すれ違い時の余波を受け、バランスを崩すMタイプたち。
姿勢を制御し振り向いた彼らのカメラ・アイが、水中を自在に高速移動する何かの機影を捉えていた。
速すぎてよく見えなかったけど、一瞬だけ画面に映ったシルエットは、大魚のような流線型だった。
『違うわ! あれもアミュレットよ!』
「あれが機動歩兵!?」
俺は驚いて問い返した。
今の影は、人の形をしてなかったじゃないか。
強いて言うならサメかイルカみたいな形状だけど、頭部のほうがゴテゴテに膨れていて、動物ではなく植物の種を巨大化したようにも思えなくはない。
「形が全然――」
『可変式なのよ! 今のは高速巡航形態!』
その言葉を証明するかのように、次に姿を捉えた時、機影はまさに、開花するかの如くに形を変えた。
流線型の後ろ半分はそのままに、前半分が上に90度持ち上がり、覆っていた複合装甲がスライドしていく。
そこから腕が現れ、頭が現れ、上半身だけを人型に変形させたのである。
「あれこそが深海任務専用のアミュレット、形式名【マーライオン】です」
「あいつが……」
つい先刻に、話の俎上に載っていた特化型機体の水中用アミュレット。
その異形は、確かに汎用型の機体にはない、不気味なプレッシャーを放っていた。
『あの人魚みたいな姿が戦闘形態よ。スピードが少し落ちる代わりに、小回りと戦闘技能が格段に跳ね上がるわ』
さっきまでとはうってかわって、静かな声を出すシルヴィ。
しかし、平坦な声の調子とは裏腹に、切迫した感じがピリピリと伝わってくる。
彼女はすでに、戦闘態勢に入っているのだ。
「シルヴィ――」
『来るわ!』
再びのシルヴィの叫声が、開戦の号令のように轟いた。
その号令に従うように、マーライオンはこちらのMタイプに向かって、正面から突撃を仕掛けてきた。




