11_05_海中探査と歴史の探訪
時刻は深夜、暗い夜。
灯りを消した部屋の壁を、仄白い光が照らしている。
光の源は、宙に浮かんだ立体映像。
部屋の中央、テーブルの上の空間に、3つの画面が横一列に、等間隔に並んでいる。
映しているのは、シルヴィの操る小型ドローン。
映っているのは、一面に水が揺らめき泡が舞う、紺碧と静寂によって編まれた世界。
「海の中って、こんなふうになってるんだな」
「綺麗ですね、お父様。まるでお魚さんになったみたいです」
これは、ウレフ半島の東側の海の中。
ローテアド近海に潜行している3体のアミュレットが、暗視カメラから送ってきている鮮明なリアルタイム映像だ。
彼らはもちろん徒歩ではなく、水の中を自由自在に泳いでいる。
ボディには、追加の外部装甲が取りつけられているほか、背部や脚部には縦に長い紡錘形のオプション・パーツを装着している。
このパーツが水中推進装置であるそうで、紡錘形の上部と下部には隙間のような穴があり、下穴からは勢いよく水が噴出されていた。
強力な水流が、重い金属の体に水の中での推力と浮力を与えているのである。
『アミュレット・Mタイプ。ご覧の通り、水中行動能力を備えた水陸両用のアミュレットよ』
小型パーツの割になかなかの推進力があるのよねー、と、得意気に語るシルヴィ。
背部の大きいほうが主推力、脚部の小さめのほうは姿勢制御と方向転換のための補助推力なのだとか。
『海にも適応してるけど、どちらかというと河川や湖とか、内陸での作戦に用いられることが多かったわね』
「いろんな種類があるんだな、アミュレットって」
『んー、種類っていうか、MタイプとかFタイプっていうのは、汎用型アミュレットに各種のオプション・アーマメントを装着した状態ってだけなんだけどね』
アミュレットは、任務に応じてオプション・パーツを換装できる汎用型機体と、特殊環境の任務専用に作られた特化型機体に大別できるそうである。
『ひと通りのことをこなせる兵士は当然必要だけど、能力を浅く広く万能化するより、専門化して突き抜けさせたほうが効率よく任務にあたれるシーンも多いのよ』
「マリン・ベースにも深海環境に適応した、完全な海中任務専用アミュレットが配備されています。水の中での機動性はMタイプより遥かに優れていますが、地上戦には全く対応できません」
兵隊は、基本的には何にでも応用が効いたほうがいいけど、時には尖った才能も求められ、両者を上手く使い分けているそうだ。
「でも、いつの間に海に潜らせてたんだ? ヴェストファールが格納庫を開けたのなんて、着陸後に積荷を降ろした時くらいだろ」
この3体は、町を発つ前にヴェストファールの格納庫に搭載していた機体だ。
司令官として事前に使用を承認していたから、隠密行動を取らせることはあらかじめ説明を受けていた。
でも、俺やファフリーヤの反応でケヴィンさんに気取られることがないようにと、海に送るタイミングはシルヴィに一任していたから、どこで降ろしていたかは全く知らされていなかった。
『もちろんここに到着する前よ。ローテアドの領海内に入ったところで低空飛行に切り替えたでしょ。あの時、ハッチを開けて海に投下しておいたのよ』
ケヴィンさんが目印だと言っていた、陸から80キロメートルほどの沖合に位置する岩の小島。
あそこを過ぎてヴェストファールが高度を落とした際、気づかれることなくハッチを開けて、Mタイプを海へと飛び降りさせていたという。
無事に着水したアミュレット・Mタイプは、俺たちが要塞で提督さんと挨拶したり、夕食を食べたりしていた間に、海の中をすいすいと泳いで北東方向へと進み、ウレフ半島の北端を回りこんでは、東側の海へと到達したのだそうだ。
「でも、今までずっと泳いでたっていうなら、エネルギーは大丈夫なのか?」
『そりゃあ保つわよ。さっきも言ったじゃない。結構低燃費なのよ、アミュレットって』
「でも前に、空を飛ぶためにはエネルギーを結構消費するみたいなことを言ってただろ。だったら、水中を進むためにも、陸上の時よりエネルギーがたくさん必要になるんじゃないか?」
ヴェストファールを初めて見た時に、そんなことを言われた覚えがある。
この疑問には、ネオンが回答してくれた。
「司令官のおっしゃる通り、水中用のMタイプや、空中降下用のFタイプは、陸上でアミュレットを運用する場合に比べ、多くの稼働エネルギー量を求められます」
エネルギーの使用量という観点からみれば、俺の指摘は正しいという。
なので、対策もちゃんと講じられているそうだ。
「そこで、MタイプやFタイプのアーマメント・パーツには、小型の外部エネルギー・パックが内蔵されています。特に、Mタイプは水中工作員として、水の中から敵地に忍び込み、各種工作活動にあたることから、長時間運用が初めから想定された設計になっています」
「水中での各種工作……まさに、今やっているみたいに、ってことか」
その通りです、と肯定するネオン。
そうこうしているうち、アミュレットたちは目的地であった東の海の小島群へと到達した。
一度海水面から頭を出して、島の様子を視界に捉える。
送られてきた映像には、草木がなくて地肌がむき出しの大小の島々が、海上にぽつりぽつりと生えていた。
「確かに妙な形の島ばっかりだ。地肌が不自然にえぐれた感じがするっていうか」
ヴェストファールの中でも少し話題に上がったこの小島群。
ケヴィンさんの話では、今はローテアド海軍が管轄している演習場だってことだけど、前文明のネオンの時代の頃はもっと大きな島の集まりで、ちゃんと人も住んでいたそうだ。
島と島を結ぶ連絡橋が掛けられていたどころか、海を隔てた隣の国にも行き来ができたのだという。
「面影は……残念だけど無さそうだな」
「終焉戦争で陸地の大半が破壊されていますし、残骸も経年によって風化していますから、前文明の名残を窺うことはおよそ不可能かと思われます」
「あれ? じゃあ、残っている星形の遺跡っていうのは、今の文明になってからできたってこと?」
「いいえ。あの遺跡に関しては間違いなく前文明の足跡です。セカンダリ・ベースの建造より遥か昔の、私たちの時代から見ても遺跡と呼ぶに相当する建造物でした。ランソン隊長が述べていた推測のうち、砦の跡地だったのではという部分だけは正しく、マリン・ベースは、その敷地に隣接するよう建造されました」
星形遺跡だけが時代や文明を越えて残存している背景にも、マリン・ベースが深く関わってくるという。
「お、まさにあれかな? 遺跡がある島ってのは」
アミュレットを少し進ませた先に、その島は存在した。
周りの小島よりも、少し陸地面積が大きい島。
何か施設が建っているわけでもないのに、土地がまっ平らに開けている。
海水面から見ている映像じゃ判別できないけど、きっと、地面が星の形に広がっているのだろう。
「はい、座標も一致しています。そして、やはり哨戒している兵士がいますね」
遺跡の周囲には篝火が灯され、巡回する兵士の姿もあった。
軍の演習地なのだから、見張りがいるのはおかしなことじゃない。
妙なのは、動員されている兵士の数だ。
まるで、戦時中かと見紛うような大人数が、陸地の上に配備されている。
これは、ラクドレリス帝国や南のベルトン王国との緊張状態もさることながら、俺たちという危険人物が入国していることが原因だろう。
深夜とはいえ、これだけの人数で警戒されたら、小型のドローンだって低空では気づかれてしまっていたかもしれない。
『ま、何の問題もないんだけどね。アタシたちの目的は、海上じゃなくて海の底なんだから』
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深い海の底を目指し、潜水していくアミュレット。
送られてくる暗視映像も、ますます暗色が濃くなっていくような気がする。
マリン・ベースは、今はこの島の付け根のところまで沈んで、スリープ・モードに移行しているという。
中に入るためには、第17セカンダリ・ベースのアクセス権限でコード認証させればいいとか、なんとか。
「まだ科学技術が発達していなかった時代――文明水準としては、ちょうど現文明と同じ大航海時代ですが――当時、この地域一帯を治めていた国の首都が、この遺跡の島にはございました」
「首都、があったんだ。こんなところに?」
『昔はもっと大きな島の集まりだったって言ったでしょ。全体で数百万人の人間が住んでいたのよ』
アミュレットが黙々と潜っていく間、俺はネオンたちから、以前の島の歴史を聞いていた。
「首都は〝商人たちの港〟と呼ばれて栄えた港湾都市でした。しかし、歴史上では幾度となく他国の襲撃を受けていて、敵に包囲されたり占領されたりと、ずいぶんと悲惨な目に遭ってきた街でもありました。そのような歴史の中で、首都防衛のために建設されたのが――」
「あの遺跡、お星様の形の要塞だったのですね」
ファフリーヤがしんみりと呟いた答えを、ネオンは優しく肯定した。
「その建造から数百年、平和な時代の到来とともに役目を終えた要塞は、やがて公園として整備され、国の観光資源に変わりました」
「か、観光だってぇ?」
思わず、気の抜けた声が出てしまった。
国の防衛という大役を担った軍事要塞が、後世では観光地として一般人を受け入れていただなんて、俺の感覚じゃあ全然理解が及ばない。
こういうのも、時代の流れ、というやつなんだろうか。
「はい。ですが、これも時代の流れ。数百年の歴史を重ねるうち、この地には、再び国家間の緊張が高まった時期が訪れました」
「平和だったのに、また戦争が起こってしまったのですか?」
『そうなの。人の世って、争ってばっかりよね』
いつの時代も血なまぐさいんだから、と呆れるように言うシルヴィ。
その通りだな、なんてぼんやりと思う俺。
さっきケヴィンさんと飲んだ酒が、まだ抜けきっていないのかもしれない。
「平和とは、あらゆる力の均衡によって努力的に維持されるものですが、ひとたび崩れてしまったときは、やはり、戦争という結果が待っています」
「それで、この地に軍港型セカンダリ・ベースをつくったのか?」
「正しくは、『前身となる軍事基地を』、ですね。その場所こそが遺跡の北隣。まさに今、アミュレットたちが向かっている地点です」
送信されている立体映像の画面は、段々と、海の底の砂地を捉えつつあった。
「なんて言うか、居たたまれないな。もともと要塞だったとはいえ、平和な時代のシンボルに変わったはずなのに」
「かつての国防の象徴たる要塞跡地。その隣接地に新基地を設営することは、自軍の戦意高揚のための理に適った施策であると思いませんか?」
その後、新基地の機能拡大とともに、公園になっていた旧要塞の敷地も結局は軍事施設として再編され、軍用建物がつくられたそうである。
基地施設がセカンダリ・ベースへと改組された後にも、要塞跡地は附属設備として扱われ、主施設と連動する様々な防衛機構が実装された。
その防衛機構のいくつかが今も生きていたことで、要塞跡地は星形の輪郭を失わず、主施設の眠りが解けるのを粛々と待ち続けているのだという。
***
そして、永い眠りから起こしてくれる人間を待ち焦がれている者が、この海の底に、もうひとり。
「ようやくようやく、お来しくださいましたわね。第17セカンダリ・ベースの司令官様」




