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11_04_男は酒に過去を浮かべて

「よお、司令官殿。軟禁されてる気分はどうだ?」


 夕食を食べ終えて、部屋でまったり過ごしていた俺たちのところに、ケヴィンさんが訪ねてきた。


「やあ、隊長殿。豪勢な晩餐(ばんさん)にあずかれて大満足だよ。海と共生してきた国だけあって、やっぱり魚が美味しいな」


 ソファでくつろいでいた体を起こして、居住まいを正してお礼を述べる。

 海兵が部屋まで運んできてくれた料理は、海の幸をふんだんに使用していて、軍食の割に、なかなかの豪華さだった。

 ローテアド軍の兵士は、いつもこんないい食事を食べているのだろうか。


「そいつぁどうも。ま、普段の(メシ)はもっと質素だがな。非公式とはいえ国外からゲストを招いてるし、おかげで兵たちもピリピリしちまってるしで、急遽(きゅうきょ)料理のグレードを上げたそうだぜ。もちろん、おたくらに出したやつが一番上等だったと聞いてるがな」


 どうやら兵士たちのストレス軽減策でもあったらしい。

 なんにしても、こちらとしてはありがたい限りだ。


「それよりいいの? 俺たちに会いに来たりして。提督さんに色々報告しないといけないんじゃない?」


 ケヴィンさんたち諜報部隊は、駐留してからの2週間、俺たちの町を隅々まで調査していた。

 こちらで公認していたとはいえ、通信機では盗聴を気にして報告できなかったこととか、たくさんあったはずだろうに。


「やってたんだよ、さっきまで。飯も食わずにな。で、ようやく解放されたかと思えば、今度はこいつ(・・・)でおたくらのご機嫌をとって、ついでに見張っていろときたもんだ」


 無造作に右腕を掲げたケヴィンさん。

 その手には、1本のガラスの酒瓶が握られていた。

 もう片方の手の中にも、小さいグラスがいくつか収まっている。


「ローテアド産の高級酒だ。お前さん、酒はいける口か?」

「うん。まあ、そこそこには」


 聞きながら、彼はテーブルの上に酒瓶とグラスを置いた。

 透き通った琥珀色の液体が、部屋の灯りを受けて卓上に光の揺らめきをつくっていく。

 蒸留酒であるらしいけど、瓶のデザインが凝っていることから、ずいぶんとお高いお酒であるようだ。


「毒なんざ入っちゃいねえと思うぜ。こいつはモーパッサン提督の秘蔵の1本だからな」


 酒瓶をじろじろ見ていた俺に、ケヴィンさんが脅かすような冗談を言ってきた。

 この茶化しに、しっかり反応するネオン。

 瓶の中身を数秒見つめて、


「確かに不純物は混じっていないようです。安心して(たしな)んでください」


 と、安全性を保証する。

 脅かしていたはずのケヴィンさんは、「見ただけでわかんのかよ」と、逆に驚かされていた。


 ・

 ・

 ・


 酒という緩和剤(かんわざい)があったからか、意外にも、俺とケヴィンさんの会話は盛り上がった。


「本っ当に酷かったんだぜ、あの時は。提督がガセ情報を掴まされたせいで、俺らの部隊はなんにもない無人島で2週間もサバイバルだ」

「よく無事だったね。一切の補給がなかったんでしょ? 俺も、訓練で山の奥地に5日間放り込まれたことがあったけど――」


 俺たちに共通する話題といえば、やっぱり軍事絡み。

 俺は軍人に憧れを抱いて従軍予備学校に入ったようなものだったから、特殊な任務ばかりを経験してきたというケヴィンさんの話は、機密部分こそ教えてもらえなかったけど、とても興味深いものだった。

 ケヴィンさんはケヴィンさんで、俺の従軍学校時代の話を聞いて、ローテアドにも似たような訓練や講義があったと懐かしんだり、逆に、帝国独自の訓練法に、驚いたり感心したりと表情を(せわ)しなく変えていた。

 これも諜報活動の一環だったのかもしれないけど、純粋に、自分が新兵だった頃と重ねあわせている感じでもあった。


「しっかし不憫(ふびん)だな、お前さんも。全課程を耐え切ったはずが、卒業させてもらえねえどころか、口封じのために毒殺とは」

「……あの時は、本当に頭のなかが真っ白になったよ」

「ま、帝国の訓練校は異常なまでの厳しさだとは聞いちゃいたがな。落第者の処分方法はともかく、今の時代、兵士に求めるのは量より質ってのも、頷けない理屈じゃねえ。ひと昔前の戦争じゃあ、帝国軍は若者を節操なしに徴兵して、わずかな訓練だけで戦地に送り込むっていう無茶苦茶をやってたんだろ?」

「そうらしいね」


 俺は曖昧(あいまい)に答えてから、グラスのお酒に口をつけ、少量を喉に流し込んだ。


「それにしても、はじめて飲んだけどローテアドのお酒って美味しいんだね」

「そう言ってもらえるのは光栄だが、単にこの酒が特別ってだけだぜ。どこの国でも酒なんざ、値段次第でピンキリだろ」

「ふうん、そうなんだ」

「なんだよ。まさかお前さん、『はじめて飲んだ』ってのは、酒自体を、ってことなのか?」

「そうじゃないけど、でも、あんまり飲む機会はなかったな。従軍学校では生徒の飲酒なんて厳禁だったし、家に居た頃は爺ちゃんが酒を飲めなかったし」

「厳格な祖父に厳しく(しつ)けられまして、ってか?」

「いや、爺ちゃんの古傷に(さわ)っちゃうから、俺が酒を持ち込ませなかったんだ」


 匂わせたつもりはなかったんだけど、熟練の勘ってやつなのだろう。


「……もしや、軍人だったのか?」

「うん。ヴァーラルカ島の戦いで負傷して、右足の骨が曲がったままになってた」

「南方大陸、オムスケイル国との戦争の激戦区か」


 首肯(しゅこう)してから、俺はグラスの中身を再び(のど)に押し込んだ。

 それにつられるように、ケヴィンさんも自分の酒を飲み干していく。

 そうして空になった俺たちのグラスに、ネオンがお酒を注いでくれた。


「でもよ、時代が合ってなくねえか? あの戦いに回された帝国の兵士こそ、まさに新兵に毛を生やした若造ばかりだったと聞いたぜ。そうなると――」

「祖父っていうより、曾祖父(そうそふ)ってくらいに歳が空いてた。血が繋がってなかったんだ、俺と爺ちゃん」

「……悪いことを聞いちまったか?」

「そうでもないよ。たまには思い出してあげたいし、めったにできる話でもないし」


 ケヴィンさんは無言になって、グラスのお酒を口に含んだ。


「ところでさ、アンリエッタを連れてこなくてよかったの?」

「あん? 向こうに部隊を残してきてんだ、通訳は必要だろ」


 彼らの部隊は、ほんの数日ですっかり町に馴染んで、空いた時間に西大陸の民たちと一緒に戦闘訓練するのが日課みたいになっていた。

 その橋渡し役を務めていたのが、どちらの言語にも通じているアンリエッタである。


「……お前さん、まさか妙な勘ぐりをしちゃいねえだろうな?」

「いや、他意はないよ。ただ、いつも一緒にいるから、てっきり今回も同伴させるものとばかり」


 特にケヴィンさんが気絶してたときなんて、アンリエッタは、それはもう甲斐甲斐しく世話を焼いて――


「てめえっ、その顔は絶っ対に他意があるだろ!」


 怒り出したケヴィンさん。

 本気じゃないけど、お酒で顔が赤いせいもあって、けっこう怖い。


「まあまあ。別に恥ずかしがらなくてもいいじゃん。明らかにアンリエッタは――」

「そう、単純な問題じゃねえんだ」


 俺の言葉を言い差すと、彼はグラスの中身を一度に(あお)った。


「今でこそ軍に所属してるがな、あいつにとっちゃ、ローテアドは祖国ってわけじゃねえ。6年前に不慮の事故に巻き込まれて、偶然俺たちの部隊に保護されたっていうだけだ」


 そのあたりの顛末(てんまつ)は、実は俺も知っている。

 ケヴィンさんたちの部隊を拘束していた時、彼らの記憶を脳波干渉試験で読ませてもらっていたからだ。


「でも、今はそれだけじゃないんだろ。隊のみんなも、『仲間であり、家族』だって――」

「だが、俺たちは軍隊だ」


 手の中のグラスを、ケヴィンさんはテーブルの上にコトンと置いた。


「ひとたび任務に駆り出されれば、そこは当然、戦地であり死地だ。特に俺の隊は、難度の高い任務に回されることが多い。過去には死人だって出しちまってる。生きて戻れる保証がねえ奴らの集まりを居場所にさせちまうなんざ、残酷以外の何者でもねえだろ」


 彼は、ひったくるように酒瓶を掴んでグラスに注ぐと、再び一気に飲み干した。


「アンリエッタにとっちゃ、あの町のほうが、何十倍、何百倍も居心地が良さそうだと、少なくとも俺にはそう見えるぜ」


 ・

 ・

 ・


 こんな話を30分ほど続けたところで、ケヴィンさんがいびきをかいて眠り始めた。

 酒を入れていたとはいえ、軍人としてあまりに無防備。

 しかも、俺もケヴィンさんも、実はそんなに多くの量を飲んでいなかった。

 グラスは小さいものだったし、瓶の中にも、まだ半分くらいお酒が残っている。

 明らかに不自然な熟睡だ。

 つまりこれは、間違いなく……


「……ネオン、何したの?」

「しんみりお話をしている隙に、薬を盛らせていただきました」


 自分は不純物がどうとか言っておきながら、ネオンはこっそり、ケヴィンさんのグラスに睡眠導入剤を混入させていたそうだ。

 何度か彼女がお酒をついでくれていたから、そのうちのどこかで仕込んでいたのだろう。


「体に害はありませんから、朝になれば、すっきりと目を覚ましますよ」


 ……それだったら、まあ、いっか。

 考えることを放棄した俺は、ぐっすり眠るケヴィンさんから目を逸らした。


「じゃあ、この隙に、俺たちはマリンベースの探索に移るってことで」

「えっと、よろしいのでしょうか。ケヴィンさんが後で怒られてしまうのでは……」


 心配するファフリーヤに、シルヴィがあっけらかんと言う。


『大丈夫でしょ。アタシたちはこの部屋から(・・・・・・)出たりしないもの(・・・・・・・・)

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