11_03_抑止概念としての非行使戦力
「……あんな人と、俺はまた会談しなくちゃならないんだよな?」
威厳あふれる演説を思い出した俺の心は、高揚していた兵士たちとはまったくの真逆に、憂鬱の底に沈んでいた。
「はい。明日の朝、帝国軍艦による貿易船襲撃への対策方法について、彼らに説明を行う予定となっております」
そう。
ローテアド軍との正式な会談は、実は明日だ。
到着時に積荷を渡すことになっていたから、挨拶も兼ねてあんな流れになったけど、普通、外国の要人を国に招いた場合には、旅の疲れを癒やすために到着日はしっかり休んでもらって、会議や会談は翌日以降となるのがほとんどである。
「明日も、あんな遣り取りが待っているのか……」
時間の余裕が、逆にプレッシャーを自覚させ、どんどん精神を圧迫してくる。
正規の兵士にもなれなかった俺が、いったいどこをどう間違えたら、他国の海軍提督に対等以上の目線で物言う立場となってしまったのか。
『あんなお爺ちゃんの虚勢に呑まれるんじゃないわよ。武力では絶対の勝利が約束されてるんだから、もっとトラが野ウサギを踏んづけるくらい高圧的にやっちゃいなさい』
無茶を言うシルヴィ。
実績と年季の差からいったら、向こうはドラゴン、俺なんて羽虫か毛虫だ。
「シルヴィ様、あまり過激なことはおっしゃらないほうが……」
扉のほうをしきりに気にするファフリーヤ。
部屋の外には、警護と称した監視の兵士が何人か配備されていて、俺たちの動きに目を光らせている。
『大丈夫よ。外に張り付いてる奴らの動きは、センサーで常に把握してるから』
今シルヴィが動かしているドローンには、俺のヘッドセットについている立体聴覚システムのほか、熱源感知や動体検知など、各種センサーが搭載されているそうだ。
なので、壁向こうにいる兵士の一挙手一投足が、彼女には手に取るようにわかっている。
『もし押し入ってきたとしても、瞬時にアミュレットが返り討ちよ。怖がることなんて何もないわ』
また、こちらも護衛として、4体のアミュレットを部屋に連れてきていた。
ドアの両横に2体、その反対側の壁際に1体、俺の座るソファの後ろに1体。
ずっと直立のまま、不動で待機してくれている。
「そういや、このアミュレットたちって、エネルギーは足りてるのか? ここだとセカンダリ・ベースのエネルギー供給エリアから大きく外れてるだろ」
『余裕よ。1日で動けなくなっちゃう兵隊なんて、戦場に送り出せるわけないでしょ』
「機動歩兵は、エネルギー供給の効かない前線地域で運用するための兵器ですから、無補給でも長時間駆動できる能力が絶対的に求められます。また、今回の任務のために携帯式のエネルギー・チャージャーもヴェストファールに搭載してきましたから、仮に滞在が延びたとしても、問題なくアミュレットを稼働できます」
俺の心配は的外れだとばかりの指摘が、AIたちからバシバシと入る。
「とはいえ、軽はずみにアミュレットを動かすのは、今は得策ではありません。相手に必要以上の威嚇を行うこととなり、結果として、上が意図しない現場の暴走を生みかねません」
確かにそれは注意しないとな。
ヴェストファールからアミュレットが出てきた時も、ずいぶん海兵たちがざわめいてたし。
『アタシに言わせれば騒ぎ過ぎよ。あいつらが配備してる大砲なんて、アミュレットよりも遥かに不安定で危険性の多い原始的な火薬を使ってるじゃない』
いや、それは問題がちょっと違うんじゃ……
「あ、大砲っていえばさ、空から見た要塞の砲列は壮観だったよな。内心、撃たれやしないかと冷や冷やしてたよ」
「砲撃戦に発展することはまずなかったと思われますが、こちらを発砲可能な配置であったことは疑いようがありません」
「そうだな。着陸場所を稜堡と稜堡の間に指定したのも、いざとなったら銃と大砲で狙撃するためだったんだろうし」
ただ、そんなことは俺たち側が変な気を起こさない限りは有り得ないことだった。
こちらはケヴィンさんを連れていて、提督さんだってヴェストファールに近寄ってきていたのだから、大砲でドカンとやるなんてもってのほか。
そのことを両者が暗黙に了解できていたからこそ、安全な着陸場所として、あのポイントが選ばれたのである。
「でもお父様、ヴェストファールはあの場所に置いたままでよろしかったのですか?」
再び扉の向こうをを気にしながら、ファフリーヤが小声でささやいた。
「もし、本当に大砲で撃たれて戦闘になってしまったら、輸送機であるヴェストファールでは応戦できないです」
「うーん、でもまあ、向こうもそんなことはしないだろうしなあ」
これは別に、楽観的観測というわけでもない。
ここの兵士は俺たちのことを、脅威の対象として正しく認識できていた。
反射的に銃を構えてしまった者はいたけれど、それを周りが即座に制止する様子が何度か見受けられたのが、その証拠だ。
つまり、この場に持ち込んでいないセカンダリ・ベースの保有戦力が、抑止力として十分に機能しているということになる。
第一、捨て身になったり、仲間を見殺しにしてまで倒すほどの価値が、ぶっちゃけ俺にはないのである。
「司令官がお飾りだってのは、前もって彼らに伝わってた。敵のトップが代役の効く存在であるなら、殺したところで、すぐに別の誰かが部隊を指揮して報復に来てしまう。そんな事態は断じて避けなきゃならないことは、末端の兵士だって重々わかってる」
彼らの艦隊を制圧した際、停戦会談の様子は全乗組員に映像配信していた。
だから、あの時の俺が置物同然だったのは、軍艦内にいた兵士全員が知っているし、いなかった兵士たちにも話が回っているはず。
ゆえに、兵士が命令を無視して勝手に暴走するようなこともないはずだった。
……という説明をしたところ、膝の上のファフリーヤが、むーっとむくれた顔になっていた。
「お父様は、飾り物などではありません」
少し怒ったような声でそう言うと、そのまま俺の胸元にぎゅっと抱きついて、顔をうずめて無言の抗議に入ってしまった。
『何、ファフリーヤをいじめてるのよ』
後頭部にゴツンと衝撃。
飛翔ドローンを動かしたシルヴィが、体当りして俺の頭を小突いてきた。
加減はしてるんだろうけど、地味に痛い。
というか、いじめているつもりは……
『安心しなさい、ファフリーヤ。もし砲撃されても、ヴェストファールなら簡単に躱せるわよ。所詮は原始的構造の大砲。射線の予測なんて、撃たれる前に完了しちゃうわ』
「射程も短いようですし、単純な話、高空に上がっただけで彼らは手も足もだせなくなりますね」
そこからアミュレットを5、6体ほど投下すれば、1時間とかからず要塞を制圧できるでしょうとネオンは言う。
「ローテアド兵の装備には、アミュレットの装甲を貫徹できる武器がありません。燧石銃や銃剣ではかすり傷ひとつつけられませんから、格闘戦で各個に無力化してしまえばよいだけです」
宥めるようなシルヴィとネオンの説明に、ファフリーヤは、俺の胸元に押し付けていた顔を少しだけ横に動かして、ちらりと目元だけを覗かせた。
「アミュレットには、大砲も効かないのですか?」
『あんな大きいだけの金属弾なんて、軽々受け止められるわよ。でも、アミュレットって質量が少ない兵器だから、至近距離から撃たれた時は、弾は掴めても少し遠くに飛ばされちゃうわね』
そこだけが欠点かしら、と、ぼやくシルヴィ。
欠点だなんてとんでもない。
至近砲撃でもその程度で済んじゃうなんて、無敵で不死身もいいところだ。
「自己防御のみならず、アミュレットは護衛能力にも優れています。搭載するセンサーの反応をネットワーク共有していますから、抜群の連携であなたとお父様を守ってくれますよ」
たとえば、銃でこちらを狙う不届き者がいたとする。
アミュレット1体がそれを感知すると、その瞬間、他のアミュレットにも情報が伝わって、①護衛対象のガード役、②銃の射線に割り込み弾をはじく防御役、③狙撃者を制圧する攻撃役と、敏速に役割分担して、攻守をそつなくこなすのだという。
「実演する機会があるかどうかはローテアド兵次第ですが、おそらく今回の任務中は、そのようなことにはならないでしょう」
『ま、いざとなったら、もう一度スピアーグレイを出撃させて、あいつらのトラウマを抉ってあげればいいのよ。極超音速で、あっという間にここまで飛んできてくれるわ』
戦略偵察機スピアーグレイ。
高高度高速偵察任務のための航空戦力にして、モーパッサン提督率いるローテアド艦隊を超スピードだけで蹂躙した、まさに彼ら海軍にとっての悪夢の兵器だ。
『アタシたちは、今すぐにだってここに航空戦力を集中させられる。護衛のアミュレットだっているし、相手側の戦意も削いである。だから、何の支障もなく、任務の遂行にあたれる環境が整っているって訳よ』
「そうだな。夜を待って、マリン・ベースの探索に移らないとだもんな」
明日のことを憂れいている暇なんて、実はない。
俺たちの任務の本番は、陽が沈み、日勤の海兵たちが寝静まった深夜にこそ始まるのだ。
そのことを改めて思い返した俺は、緊張が解けて弛んだ気持ちを引き締め直しつつ、まだ少しご機嫌ななめなファフリーヤの頭を、優しく優しく撫でてあげた。




