2_04_復讐の肯定
「ご感想は、いかがですか?」
「感想って……」
ネオンの問いに、俺は即座に言葉を紡げなかった。
人が死んだ。
その光景を見て、感想なんて――
「では、どうしてあなたは笑っているのですか、ベイル=アロウナイト?」
思わず、自分の口に手を当てた。
俺の唇は、彼女が指摘したとおり、歪な曲線を描いていた。
「そんな……だって、人が殺され……」
「人は死にます。戦争なのですから」
ネオンは、やはり無感動に、しかし、冷たく言い放つ。
「これは戦争です。きっかけは彼らが作った。あなたも彼らに殺されかけた。『彼ら』とは死亡したふたりの兵士のことではありません。あなたを裏切った、ラクドレリス帝国全体を指しています」
俺は、国に、殺されかけた……
黒い感情が、再び心の奥底から湧いてくる。
あの国に、奴らに、俺は、俺は――
「もう一度問います。ベイル=アロウナイト。憎しみを、晴らしたいですか?」
「……ああ」
小さく、しかし、はっきりと、俺は自分の憎悪を肯定した。
ネオンは、そんな俺に、すっと右手を差し出してきた。
「あなたの復讐を、私も肯定いたします」
動かない腕を気合いで動かし、彼女の右手をしっかり握った。
悪魔の取引。
生まれ育った祖国、ラクドレリス帝国に、俺は、弓を引く決意を固めた。
「でも俺は、一方的な虐殺に加担することはできない」
ただし、条件をひとつだけ俺は付けた。
切り捨てられた身だけれど、兵士として、国のために戦う決意があったんだ。
叶えられなくなったとはいえ、その想いを、俺自らが踏みにじるようなことはしたくない。
「その感情には配慮いたしましょう。あなたの良心を必要以上に傷つけるつもりはありません」
ネオンはあっさりと、非戦闘員の一般国民に対しては、一切の被害を与えないことを約束した。
「言わせといてなんだけど、そんなこと、できるのか?」
「はい、実現可能です。この第17セカンダリ・ベースの兵器に対し、帝国兵の武装はあまりに非力と言わざるを得ません」
「じゃあ、上手くやれば、帝国の兵士の死傷者も、最小限に押さえることが?」
「彼我戦力のみで計算するならば、理論上は可能です」
それはつまり、他にも計算に入れなきゃならないことがあるのか?
「尋常に戦えば、帝国軍は降伏するしか道がありません。しかし、おそらくそれは阻止されるでしょう」
「阻止? 一体誰に?」
「真の敵です。新人類の文明を滅ぼした、新人類を憎む者」
ネオンの瞳が赤く光り、投影された映像がまた切り替わった。
凄まじい閃光が、画面の中を激しく明滅させている。
これは、戦闘の様子、なのか?
「〝終焉戦争〟。新人類の文明は、この戦争によって終わりを迎えました」
この戦争を引き起こした何者か。
その人物の目的は、人類の進化をリセットさせることだったという。
「その者の正体はわかりません。しかし、自分が作った今の世界が蹂躙されれば、必ずや姿を現し、我々の排除に動き出すことでしょう」
新人類の国を作れば、黒幕は必ず介入してくる。
「そいつを倒すのが、ネオンの本当の任務なのか?」
「任務のひとつです。敵を釣り出す結果にはなりますが、国家樹立は、撒き餌のためではありません」
たぶん、嘘はついていない。
ついていない、はずだ。
「俺は、何をしたらいい?」
俺の問いに、ネオンは確かに、表情のない顔で微笑んだ。
「新規司令官登録。名称、ベイル=アロウナイト」
彼女の言葉とほとんど同時に、俺の眼前に、蒼白く光る球体状の立体映像が浮かび上がった。
「その球体に、『同意する』と言いながら触れてください」
「同意、する」
どうにか右手を動かして、球を触った。
感触は何もなかったけど、球体は、虹色の輝きを放って分解し、俺の体を、光の粒子となって包み込んだ。
「あなたのバイタル・データの登録が完了しました。この瞬間から、第17セカンダリ・ベースの管理者権限が、あなたに付与されます」
周囲に表示されていた立体映像が立ち消えて、あたりは再び明るく、ただ真っ白いだけの部屋に変わった。
「よろしくおねがいします。ベイル=アロウナイト司令官」
俺は、球体を触ったはずの自分の右手をじっと見つめた。
まだ動かしにくい俺の手は、けれど、特に変わった様子はなかった。
「何の実感も無いけど、これで、基地の兵器は動くようになった……んだよな?」
「はい。ですが、全兵装を起動するには、基地のエネルギーが不足しています」
……なんですと?
「新司令官の着任により、セカンダリ・ベースはスリープ・モードから復帰しました。正常稼働に移行するため、直ちにエネルギー生産を行いますが、フルチャージには日数を要します」
「何日くらい?」
「老朽化からの復旧メンテナンス等も考慮しますと、およそ、478日程度かと」
「そ、そんなにかかるの!?」
がっくり脱力してしまう俺。
てっきり、すぐにも帝国との戦争が始まるものかと思って身構えてたのに。
「最低限の防衛機構は生きています。旧人類文明を相手取る分には、現状でも不足はありません」
「……でも、黒幕みたいな奴がいるんだろ?」
ネオンは、こくんと頷いた。
「一番効率の良い手段は、適切な土地に新国家の基盤を作り、その場所をエネルギー生産拠点とすることです。外部からのエネルギー供給が望めれば、基地の復旧ペースは早くなります」
「順番に国づくりからやらないと、ってことか」
思っていたより、長い道のりになりそうである。
「司令官、前文明の諺に、『ローマは一日にして成らず』というものがございます」
言いたいことは、よおくわかった。
こうして、俺とネオンの、新人類のための国家づくりが幕を開けたのだった。