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10_10_密入国は大胆不敵に、外交戦は虚々実々に

『せっかくだし、要塞の上を遊覧飛行してみない?』


 シルヴィからの衝撃の提案。

 散歩に誘うような軽い口調で、とんでもないことを言っている。


「おい! んなもん予定にないだろうが!」


 当然、ケヴィンさんが烈火のごとくに怒り出した。

 飛びかからんばかりの勢いに、ファフリーヤが「きゃっ!?」と怯えて悲鳴をあげる。

 しかし、当のシルヴィは聞く耳を持たず、本当にヴェストファールを上昇させてしまう。


『いいじゃない、ちょっと周回飛行するだけよ。アタシたちが来るってことは、海兵みんなが知ってるんでしょ?』


 そんなこんなで、軍港の上をゆったりと飛び始めるヴェストファール。

 さほど高度を上げてはいないし、速度もゆっくりと控えめだ。

 されど、雄然と空に弧を描く(さま)は、まさに蒼穹(そうきゅう)を舞う(たか)がごとく、強者の余裕を感じさせる。

 これは、単なる天邪鬼でやってることじゃない。

 (れき)とした示威(じい)行動だ。

 シルヴィはこの周回飛行に、「こちらが指示通り動くと思ったら大間違いよ」という強圧的意味を篭めているのに違いなかった。

 ケヴィンさんも同じ結論に至ったらしく、すぐに諦めた顔になって、どっかりと座席に座り直した。


「なるべく早めに終わらせてくれ。提督の寿命が縮んで死んじまう前にな」

『そう簡単に死なないわよ、あの手のお爺ちゃんは』


 けっ、違えねえや、と悪態をついたケヴィンさん。

 ふてくされて、横を向いて黙ってしまった。

 真下の埠頭(ふとう)や艦の甲板では、海軍兵士が腰を抜かしたり、逆に思わず銃を構えてしまって味方に制止されたりと、ちょっとした混乱が広がっている。

 そんな彼らを意にも介さず、ヴェストファールは軍港の更に奥、ローテアド海軍の本拠地、ペルスヴァル要塞へと向かっていく。

 その、堂々と鎮座するがごとしの偉容は、まさに――


「すごいです、お父様。あの城砦(じょうさい)、お星様の形をしています」


 歓声に近いファフリーヤのはしゃぎ声。

 俺も思わず立ち上がり、感嘆の声を漏らしていた。


「おお、星形要塞、ってやつか」


 ペルスヴァル要塞は、星の形に陣地を築いた巨大要塞だった。

 重厚な胸壁(きょうへき)や、深く掘られた塹壕(ざんごう)斜堤(しゃてい)と呼ばれる緩やかな傾斜の土塁(どるい)の壁が、広大な五角星の形になるよう長々と張り巡らされている。

 壁の上には兵士が銃を構えて見張りに立ち、星の陣地の内側の(くぼ)んだ部分には、数多(あまた)の大砲が前後2列にずらりと並ぶ。

 近代的な要塞構造として、知識としては知っていたけど、実際に見るのは――それも、空から眺めるなんてのは――これが初めてだ。


「本当に綺麗な星形をしてるんだな」

「お父様、どうして(とりで)を、こんな複雑に角ばった形にする必要があるのですか?」

「うん。あれは、城壁を攻撃してくる砲車との戦いに備えてああいう設計にしてるんだよ。稜堡(りょうほう)っていう星の角の部分に大勢の銃兵を配置しておくと、敵の砲兵部隊を2つの角から無死角で狙い撃てるんだ」


 星形要塞は、大砲という兵器の出現によって生まれた要塞の一形態である。

 従来の円形城壁では生じてしまう「壁が曲面であるがゆえの防衛死角」をなくすため、とんがった稜堡を、外側にせりだすように、等間隔に建造している。

 これによって、城壁に砲弾を打ち込もうとする敵砲車に対し、左右の稜堡から集中射撃を浴びせることを可能とした。

 また、外周に巡らせた土塁によって敵の至近砲撃を妨げつつも、土塁の傾斜が緩いことで、要塞内の自軍の大砲の射線は遮蔽(しゃへい)せず、近づいてくる敵歩兵に対して一方的にガンガン砲弾を撃ち込めるようにもなっている。


 ……と、こんなふうに俺は従軍予備学校の座学で習ったんだけど、自軍の要塞を褒められて機嫌をなおしたケヴィンさんから返ってきたのは、全く違う答えだった。


「だと思うだろ。ところがな、このペルスヴァル要塞は鉄砲兵器が発明される以前から建ってる超古株(ふるかぶ)要塞なんだぜ。補強や修繕は何度も繰り返されてるし、大砲も後から追加で設置してるが、防壁や塹壕は、建造当初からこの形状をしてたんだとさ」


 これにはびっくり驚かされた。

 大砲どころか鉄砲が生まれるよりも早くに完成していた要塞が、その当時から星形だったなんて。

 まさか、彼らローテアド王国は、大砲という兵器の出現を予期していたと言うのだろうか。


「いや、さすがにそういうわけじゃねえ。前に、この半島の東の海に小島群があるって話しただろ。その島のひとつから古い遺跡が出土してるんだが、そいつも大昔の要塞だったらしくてな。いつの時代のものかはよくわかってねえんだが、どういうわけか、陣地の輪郭が星の形をしていたそうだ」


 小さい島の表層に、ずっと一部分だけを露出させていた謎の遺跡。

 何かの跡地ということだけはわかっていたけれど、特に突き止めようとする者はなく、長い年月を放置されていた。

 それを、時の国王が勅命を出し、男手を使って丁寧に発掘。

 当時の建築物などは欠片も残っていなかったものの、建築基礎の痕跡や土質の違いなどによって、輪郭だけは判然とさせることに成功したそうだ。

 全容が(あらわ)になったその遺跡は、先鋭なる5角の星を象っていた。


「遺跡は、この地を守り戦っていた先住民族の海の砦だったという説が有力だ。星の形ってのは、たぶん宗教的な意味合いか何かだったんだろうよ。そんな先人たちにあやかって、このペルスヴァル要塞も星形に造られた……というふうに俺は聞いてるぜ」

「ふうん、昔の人の砦が、ねえ」


 もしかして、その遺跡が例の軍港型のセカンダリ・ベースだったりするんだろうか?

 思っただけで口には出さなかったこの推察に、ネオンがヘッドセットを通して(・・・・・・・・・・)、こんなふうに答えてくれた。


『正解でもあり、不正解でもありますね』


 ……どういうこっちゃ?


 ・

 ・

 ・


 要塞外周の斜堤の脇、稜堡と稜堡のちょうど間の空間に、着陸地点は設けられていた。


「いやはや、お早いお着きだ。これから発つとの連絡から、まだ3時間と経っておらんというのに」


 ようやく地面に降りたヴェストファールを直々に出迎えてくれたモーパッサン提督は、コックピットから降り立った俺たちに臆することなく、むしろ堂々と歩み寄ってきた。


「お久しぶり……というほどでもありませんが、お元気そうで何よりです、提督」


 名ばかりとはいえ司令官。

 到着の挨拶は俺がすることに。


「うむ、わずかに14日ぶりじゃな。とはいえ、こうして貴君らと再会できたことを、(わし)らも嬉しく思っておる」


 そう言って、ずいっ、と手を差し出してくるモーパッサン提督。

 慌てて握手に応じると、彼は俺の手をガッチリと握り、ぶんぶんと振り回すように上下させてきた。

 お歳を召されておられる割に、けっこうな腕力握力をしている。

 ていうか普通に痛い、離してくれ。


「断っておくが、今のは嘘でも外交辞令でもないのじゃぞ。我らローテアド軍が最優先で回避せねばならぬ事態とは、貴君らと再び敵として相まみえてしまうことだったのじゃからのう」


 俺の手をようやく解放しながら、ガッハッハと快活に笑う提督さん。

 一度辛酸(しんさん)を舐めさせられた相手に対して、臆することなく、へつらうことなく、かといって敵対視することもなく、ざっくばらんに話している。

 でも、外面的にはそう見えるけど、腹のうちではどうだろうか。

 現に、彼の後ろに控える将校や護衛の兵士たちは、露骨に顔をこわばらせ、警戒心を露わにしていた。


(これは、さっきの周回飛行が威圧になった……ってだけじゃないな)


 それにも増して彼らを身構えさせている要因とは、ひとえに、俺たちの行軍速度だろう。


 軍隊の戦略において、部隊の進軍スピードの重要性は言うまでもない。

 敵地到達に時間がかかればかかるほど、相手に防衛の準備期間を与えてしまうことになるし、余所(よそ)から援軍を送られてしまえば、数的有利が覆ってしまう。

 また、地形を活かした野戦布陣を展開するはずが、敵軍に先にその場所を押さえられ、反対に地の利を奪われてしまう事例も、過去の戦争記録に散見される。

 戦場の勝敗を左右するに足る要素、それが行軍速度なのである。


(ローテアド王国に到着するまでの所要時間、わずかに3時間弱。しかも今回、俺たちはあえて艦隊が帰投したのと同じ経路をなぞって、この要塞にやってきた)


 ターク平原の西海岸を出てから、ビットレン岩礁海域の上を通り、ここペルスヴァル要塞へと到達する。

 海と空という違いはあれど、彼らの艦隊が10日もかけて帰ってきたルートを、こちらはほんの数時間で踏破してきてしまったのだ。


 そんなデタラメを実現した脅威の輸送機ヴェストファールを、モーパッサン提督は心服するように、しかれども、不敵な笑みを浮かべて仰ぎ見ている。


「いやはや、たいした芸当だのう。まったくもって恐れ入るわい」

「重要な極秘任務であるとランソン隊長から伺いましたので、最高速度で参上させていただきました」


 ぶっちゃけ、これは嘘だ。

 ヴェストファールは今回の旅路中、一度も最高速度に達していなかった。

 従って、その気になれば到着時刻を更に早めることだってできたというのが本当だ。


(でも、底も天井も、軽々しく(さら)け出すようなことはしない)


 あちらが警戒を緩めないように、こちらも手の内を明かしきることはない。

 彼らとは、敵ではなくとも味方でもないのだから。

 そしてなにより、どんなにこちらに優位性があるとは言えど、俺たちとローテアド王国の間には、ある一線において、決して油断も妥協も許されない領域が存在する。

 独立した国家同士の間に横たわる、真の意味での国境線が。


「ふうむ、しかし羨ましい限りだのう。海ではなく空を航行する軍用船とは……儂も一度、乗ってみたいものじゃな」


 まあ、向こうも俺の言葉を鵜呑みになんてしてないんだろうけどさ。

 外交ってのは、にこやかな笑顔と親密な言葉を使って水面下で殴りあう擬似戦争だ。

 だいたい、速いってだけなら、艦隊との制圧戦で出撃したスピアーグレイって偵察機のほうが、遥かに速度が出てたわけだし。


正味(しょうみ)のところ、どうじゃったかね、ランソン隊長。儂を差し置いて乗船した感想は?」


 とぼけたような言い回しで、堂々とこちらの情報を探ろうとするモーパッサン提督。

 この後でいくらでもケヴィンさんから聞き出せるだろうに、わざわざ俺たちの目があるところで尋ねたのは、さっきの周回飛行へのささやかな反抗みたいなものだろう。


(『うらぶれて、血潮(ちしお)の沼に額突(ぬかづ)けど、()(へつら)うは(つわもの)の恥』、か……)


 ふと、記憶の奥底から、幼少期に聞いた詩のような一節が浮かんでくる。

 国防を長年担う老将の自負は、護国のために敵対者(おれたち)の要求を受け入れる辛苦(しんく)の道を(おのれ)に課した。

 されど矜持(きょうじ)は折れず曲がらず、一方的にやられるだけではないとの意気を、自軍の兵士に向けて示した。

 『今は抑えよ、必ず道は拓いてみせよう』

 屈辱に耐える部下たちの心境を汲んだ、強い信念のメッセージ。

 ……まあ、それで割りを食ったのが、水を向けられた部下のひとり(ケヴィンさん)なんだけど。


「えー、中は非常に安定しておりました。出発から到着まで一切の不快を感じることはなく、積んできた物資にも影響はないものと思われます」

「おお、そうじゃった、そうじゃった。未知なる兵器に興味は尽きぬが、その荷を待ちわびておったのだったな」


 微妙な立場に置かれてしまい、口早に報告を行ったケヴィンさん。

 巧みに会話を密輸物資の件に導き、自分に(るい)が及ぶのを上手に回避。

 さすがの立ち回りだ。

 そして、軍港に着き、こうして挨拶も済ませたことで、俺たちの密入国をサポートするという彼の任務は、これで完了したことになる。


「……では、到着直後に恐縮なのじゃが、お見せ頂いてもよろしいですかな?」

「ええ、すぐに搬出させますよ」


 しかし、彼らにとっての本題はここからだ。

 俺たちの持参した密輸物資が、国王や議会に戦争を翻意(ほんい)させるだけの説得材料と成り得るかどうか。

 海軍の、ひいてはローテアド王国の未来を賭けて、しかと見極めねばならない。


(そして、俺たちにとっての本題も……)


 密入国した目的、マリン・ベースの調査探索。

 ローテアド軍には秘密にしているその任務が、ようやく開始されるのである。

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