10_08_残存資源からうかがう前文明の社会情勢
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「いい感じに、衛星設置の目処がついたな」
「はい、実によいアイデアです。装置を金彫刻に偽装するのも、工程には1時間とかかりません」
「でも、彫刻の売り込みはまだしないほうがいい、か……そうなると、まずはローテアド王国に向かうのが先ってことかな」
「数日もあれば、艦隊が彼らの要塞に帰港するでしょう。こちらにも連絡が入るでしょうから、そうしましたら、我々を秘密裏に入国させるよう圧力をかけて交渉します」
イザベラとの通信を終えた俺とネオンは、今後採るべき方針について話し合っていた。
そこに、横合いからこんな声が。
「よく堂々と俺らの前で話せたもんだな。当事国の兵隊の前でよ」
振り向くと、ローテアドの兵士であるケヴィンさんが厳しい顔で俺たちを睨んでいた。
その後ろでは、彼の部下である諜報部隊の面々が、苦々しい笑いをこらえている。
実は、イザベラから連絡を受けたのが、ちょうど彼らの部隊宿舎の前であり、俺たちはそのままそこで話し込んでしまったのである。
「別にまあ、聞かれたところで不都合はないし」
「簡単に塞げる口を、いちいち気にすることもないでしょう」
温度差こそあれ、共通して見下しきった釈明をした俺とネオンに、ケヴィンさんは「こいつら……」と片手で頭を抱えた。
「まあまあ、隊長。実際俺らじゃ、束になっても勝てない訳ですし」
「歯牙にもかかってないお陰で諜報任務が滞りなく進んでるんですから、こっちも状況を上手く利用したほうが得ってもんですぜ」
部下たちに言い包められ、ケヴィンさんは不承不承ながらに、眉間に寄せていた皺を取り除いた。
「ところでよ。昨日、輸送機の中で、金脈は採り尽くした、みたいなことを言ってなかったか。特大サイズの彫刻なんて作れんのか?」
……取り除いた途端、彼は敏速なまでの切り替えの早さで、こちらの情報を探りにかかってきた。
なんとも任務に忠実というか、機内の会話の内容なんてよく覚えていたもんだ。
偵察や諜報任務に抜擢されるだけあって、いちいち耳聡い人である。
まあ、これも明かしても不都合のないことなんだけど。
「金の延べ棒のストックはかなりあるし、それに、他にも金鉱をいくつか確保してるんだよ。金鉱以外に、資源用の鉱山とかも保有してる」
この鉱山というのは、前にラスカー山地に建造した資源プラントのことを指している。
ラスカー山地では、資源の採掘が順調であるほか、ゲートの開発も着々と進み、また、金属資源を加工するためのプラントもつい先般に併設したそうだ。
そこでは、町の開発に用いるための資材を生産しているそうで、今は仮設兵舎しかないのこの町を、ゆくゆくは規模拡大し、大都市に変えていく準備に勤しんでいるという。
俺の回答に、ケヴィンさんは「そりゃ、結構なことで」と悪態をついたけど、その後で、首を傾げて聞き返してきた。
「つうかよ、大昔に文明があったって割には、よく金脈が残ってるもんだな。金なんて貴重品、あればあるだけ採り尽くしそうなもんじゃねえか。それとも、おたくらの文明じゃ金に対する価値なんて石ころ程度だったのか?」
……あれ?
言われてみれば、と、俺も一緒になって首を傾げた。
金は今の文明社会でも、世界の各地で普通に採掘されている。
それが当たり前過ぎて、疑問に思ったこともなかったけど、ケヴィンさんの指摘は確かに的を射たものだ。
「いえ、前文明でも金は高価な鉱石でした。貴金属でもあり、また、精密機械の素材でもありましたから、利用用途は現文明よりも多岐に渡っておりました」
「なら、なんでだ?」
「歴史的に、各国が先を争って金脈の確保に勤しんでいた時期もありました。ですので、『取れる場所からは採り尽くしていた』という答えが最も適当でしょうか」
ネオンの『取れる場所から』という言い回しに、俺はどういうことかと再び首を捻り、反対にケヴィンさんは何かに思い当たったのか、「なるほどな」と呟いて目を細めた。
「例えばですが、その場所にすでに大都市が出来上がってしまっていた場合、地下に金脈が見つかったからといって、掘り返すことができますか?」
「ああ、そりゃ無理だ」
「そして、かつての大都市は、終焉戦争によって街が地表ごと削り取られてしまいました。文明の痕跡が一切なくなって、今ではただの平地だったり、盆地だったりが広がっています」
「そっか、地形がずいぶん変わったって言ってたっけ」
そして、それは街に限った話じゃない。
前の文明では掘り尽くされた鉱山とかだって、山そのものが無くなってしまえば、その下の地面から新たな鉱脈が見つかったりするかもしれない。
「他にも、当時は国同士の権利の兼ね合いで開発できなかった地域や、宗教上の理由で立ち入れなかった区域など、技術面以外の問題で採掘不可能だった場所というのが数多く存在しました」
こうした諸々の理由によって、前文明では採掘に適していなかったところから、現文明の技術水準でも掘削可能な鉱脈が続々発見されているのだそうだ。
「何ていうか、あらためて終焉戦争の凄絶さが思い知らされるな」
残存資源の話だったはずなのに、大地の構造から文明の痕跡から、その全てを丸ごと消し去るほどの戦禍だったことが如実に浮き彫りになってくる。
「つうと、今のローテアド王国の領地も、大昔はもっと形が違ってたりしたのか?」
今の話の、地形が変わったという部分に食いついたケヴィンさん。
諜報活動というよりも、彼の興味本位であるようだ。
これには俺も関心がある。
ローテアド王国は、ウレフ半島という大陸の北に細長くでっぱった半島に所在してるけど、もしかしたら、これも大戦の影響でこういう形状になったのかも。
「現在の地名でいうウレフ半島の地理には、さほど大きな変化はありません。当時もユトランド半島という名称で、海岸線の輪郭にも、ほとんど違いが見られません」
予想は外れた。
あそこは遥か昔から、北に突き出た半島地形だったらしい。
「ですが、当時は半島の東の近海に400を超える大小の島々が存在し、うち70以上が有人島でしたが、これらは終焉戦争によって全壊ないし半壊しています」
そして、やたらに物騒な情報が、さらっと後から付け加わった。
「……『全壊』って、島に使う言葉だったっけ?」
思わず慄いてしまう俺。
が、隣のケヴィンさんは、何かが腑に落ちたような顔をしている。
「いや、俺は逆に得心がいったぜ。ローテアド王国の真東の海には、海軍が演習に使う小島群があるんだが、島の形がどうにも奇妙でな。想像を絶するほどの戦争でぶっ壊された残骸だと考えりゃ、納得もできるってもんだ」
ここで、ヘッドセットからネオンの声が聞こえてきた。
『我々が向かう予定のマリン・ベースは、この島のひとつに建造されていました。そのせいで一帯の海域が集中攻撃を受けたものと考えられます』
わざわざ通信に切り替えたからには、この話は、ケヴィンさんたちに聞かれると不都合があるということ。
つまり、ローテアド王国東の小島群に、俺たちはこっそり忍び込まねばならないってことだ。
モーパッサン提督から、艦隊帰投の連絡がケヴィンさん宛てに届いたのは、この4日後のことだった。
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