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10_06_海の底で、人工知能は待ち焦がれる

***


 日時は、3日ほど前に遡る。

 ビットレン岩礁海域へと入る直前のローテアド艦隊が、ターク平原の町に駐留した諜報部隊と、無線で連絡を取り合っていた頃のこと。


 その通信は、岩礁海域の遥か東の海に(ひそ)む、前文明の軍事基地にも届いていた。

 ノイズばかりの不快な音は、しかし、あたかも清澄(せいちょう)な朝の訪れを告げる陽の光のように、ひとりのAIを永い眠りから呼び覚ました。


「……あらあら、無線通信が飛び()っていますわねえ。それも、オープン回線を使用していますわ」


 (しと)やかな声が、誰もいない司令室内に静かに響く。

 彼女の名は【L-MiRA(エルミラ)】。

 ローテアド王国近傍(きんぼう)の海にてスリープ中の第5セカンダリ・ベース、通称マリン・ベースと呼ばれる軍港型基地の、管制AI人格である。


「これはこれは、どこかのセカンダリ・ベースが、活動を再開したようですわ」


 AIには〝寝ぼける〟などという概念は存在しない。

 しかし、もしもエルミラに人間と同じ代謝機能があったなら、間違いなく彼女は大きなあくびをしていたことだろう。

 久方ぶりに、それこそ数百年ぶりに本格起動したエルミラは、柔らかなまどろみから醒めたばかりの幼子のように、うつらうつらと、のんびり状況を確認していった。


『……と……手法で……らは純金……帝国内に流……財力を奪……』

『ほう、すでに経済的打撃を与えておるのか?』


「むむむむ……片一方は、どうにも感度が良くありませんわねえ。遠距離なのに携帯型の無線機を使っているのでしょうか?」


 のんびりとではあっても、そこはAI。

 適確な状況判断と適切なレーダー機器の操作によって、コンマ数秒のうちに音声を最大限クリアにすることに成功する。


「もう片方の場所は……おやおや? この座標、終焉戦争で粉々になってしまったグレート・ブリテン島ではありませんか」


 感度が良い方の通信座標は、すぐに特定することができた。

 このマリン・ベースの沈潜(・・)場所から西南西、およそ1200キロメートルほど離れた地点。

 旧文明においてグレート・ブリテン島と呼ばれた、歴史ある国家が鎮座していた大きな有人島があった海域だった。


「面影は、すっかりなくなってしまいましたけれど……」


 ただし、島は今では、多数の小島の集まりと見做(みな)せるまでに粉砕されてしまったことを、エルミラは知っている。

 現在の人類文明ではビットレン岩礁海域という名で呼称されていることも、もちろん把握している。

 第17セカンダリ・ベースと同様、このマリン・ベースもスリープ・モードに移行していた悠久(ゆうきゅう)の時間を、ひたすらに周辺地域の定期調査に割り当ててきたのだから。


『……まだ打撃……ない様子……芸術品……必要物資を……間違いありま……』

『そのパイプとやらで、ローテアドにも便宜を図ると、向こうから申し出てきたのだな?』

『……帝国……貿易船襲撃に……戦略的見地から手を……』

『そのどちらもが、やはり温情的なものではないと?』


「軍事通信、なのでしょうけれど、これはこれは……」


 なおも続いている通信に、エルミラは耳を傾けながらも、いくつかの疑問を胸に抱いていた。


「なんともなんとも奇妙ですわ。通信を暗号化すらしていないうえ、内容にしても、あまりにあまりに原始的……」


 この通信が、軍人同士のやりとりであることは間違いないと思われる。

 しかし、高度な文明科学によって生み出された彼女には、彼らの通話は、どうしても無骨で稚拙に聞こえてしまう。


「つまり、現地民に無線機を貸与しているのでしょうか? おまけに、開放されたチャンネルを利用させているだなんて、どうにもどうにも、大胆不敵な戦略ですわ」


 おそらくこれは、味方の基地に通信を受信させることを目的としての戦略なのだろう、そうエルミラは判断した。

 それも、今しがた会話に出てきたローテアドといえば、このマリン・ベースが眠る海を根城とする海洋国家だ。

 無線機の使用者がローテアド王国の軍人であるとするならば、つまりは別基地が、スリープ・モード中のマリン・ベースに、自分たちの活動開始を知らせるためにとった措置であると推測できる。


「管制AIによる指示なのかしら? それともそれとも、新たに就任した司令官が采配をふるったのかしら?」


 どこかのセカンダリ・ベースが復旧したということは、それは、新人類として軍事ナノマシンに適合した人間が現れたということであり、なおかつ、その人物が司令官に任命されたという意味に他ならない。


『あく……で彼らの都合……どのような狙い……目下探っている……』

『ならば、引き続き調査を進めよ。当艦隊は明日にはビットレン岩礁(がんしょう)海域に突入、8日後には国に帰投できる見込みだ。儂らがペルスヴァル要塞に着港するまでに、なんとしてでも有益な情報を掴みとってくれ。以上だ』


 通信はこれで終わった。

 複雑なビットレン岩礁海域に入れる操船技術を有していることから、彼らがローテアドの海軍であることは、もはや疑いようはない。

 そして、通信が切れるその前に、エルミラはもう片方の発信座標の特定に成功していた。


「発信元は、かつてのイベリア半島の真ん中あたり……そうしますと、最も近い基地は、第17セカンダリ・ベース……ネオンが管轄している基地ですわねえ」


 同じ管制AIであるネオンのことを、もちろんエルミラはよく知っている。

 それどころか、エルミラにとってネオンは、人間でいえば妹にもあたる存在だ。


 セカンダリ・ベースは、完成した順に第1から第20までの通し番号を割り振られている。

 このマリン・ベースも、第5セカンダリ・ベースというのが正式名称、5番目に誕生した基地なのである。

 そして、各ベースの管制AIもまた、基地と同じ順番で生み出された。

 各々、基盤となるコア・プログラムに、追加プログラムや独自アルゴリズムなどを次から次へと実装し、その基地特有の個別人格として構築されてきたのだが、その基盤プログラムは、第1から第5までの初期AIが、実際の戦場を学習するなどして精錬されたデータをもとに組まれている。

 だから、エルミラにとって第6以降のAIは、いわば、血肉を分けた姉妹ということになるのである。


あの子(ネオン)は、どのようなお方に基地の指揮権を託したのでしょう。もしももしも、現地人への無線機貸与が司令官様の裁量であるのなら、きっと、大胆な戦略を好まれる優れた策謀家に違いありませんわ」


 近く出会うことになるであろう人物に、想いを()せていくエルミラ。

 明らかに過大な期待であるのだが、眠りから醒めたばかりの夢見心地な彼女の思考は、その期待が間違いであろうとは、それこそ夢にも考えなかった。

 その人物は、このマリン・ベースの新司令官を兼任することにもなるのだから。


「8日後に、ローテアドの艦隊が帰港予定……早ければ、その日のうちか数日中に、司令官様がお()しくださるかもしれませんわ」


 こうしてはいられないと、彼女はすぐさま基地機能の復旧準備に取り掛かった。

 スリープ・モード中に生産できる最大量のエネルギーを生み出して、格納庫内の兵器にも臨時メンテナンスを実施する。

 仮に、8日後にすぐさま戦争参加を命じられても、直ちに応じられるようにしておかなければ。

 管制AIとしての本懐(ほんかい)と、まだ見ぬ指揮官への強い期待を募らせたエルミラは、まるでパーティの準備に取り掛かるかのように、浮足立って新司令官の出迎えに備えた。


「せっかくですから、わたくしのパーソナル・ボディも新調しておきましょう。外見は……美人と認識されたほうが、お話が盛り上がる……もとい、スムーズに進みますわね」


 もしも人間と同じ代謝機能を有していたならば、エルミラは頬を仄かに赤らめていたことだろう。

 しかし、いざボディを構築しようとして、エルミラは気づいた。

 マリン・ベースが保有する調査データのうち、「現文明における美の捉え方」などという優先順位の低い項目は、数百年前を最後に更新が止まっていたことを。


「……人の美意識が移り変わってしまうには、充分過ぎる時間ですわね。こうしてはいられませんわ。あと8日以内に、現代の美人像についてデータを収集しておかなくては」


 時代の潮流を推し量るべく、彼女はスリープ・モード中の基地が動かせる最大数の調査機を用いて、密かに行動を開始した。


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