10_05_空中物資回収任務 下
『ま、気球自体はおまけみたいなものなんだけどね。デプスフロートっていう装置は、本当はフレームのほうに内蔵されてる特殊システムを指してるのよ』
シルヴィによれば、あの回収装置には気球による高速浮上以外にも機能がついていて、むしろ、そっちこそがメインであるらしい。
「その機能ってのは、さっきの回収工程では使ってなかったのか?」
『そうよ。だから、本来だったらデプスフロートには起動タイマーをセットしておいて、回収するアミュレットの機動も一端停止しておくんだけど、今回はそこまでやってないわ』
「ん? アミュレットを停める?」
タイマーっていうのはともかく、アミュレットを停止っていうのが何かひっかかる。
埃をかぶってたなんて言ってたけど、あれって実は、かなり危険な装置だったりするんだろうか?
「いえ、そうではありません。デプスフロートのフレームには、回収時に敵に発見されないためのジャミング・システムが内蔵されているのです。BF波の波長を歪曲するフィールドを形成し、レーダーによる探知にかからなくする革新的な技術でした」
『でも、問題がひとつあってね。そのジャミング・システムって、BF波だけじゃなくてDGTIAエネルギーにも干渉しちゃうのよ』
無人兵器の動力源であるDGTIAエネルギー。
アミュレット兵やこのヴェストファールも、セカンダリ・ベースやエネルギープラントから遠距離非接触供給を受けて活動している。
そのエネルギーに干渉するということは、兵器の動作に支障が出ることを示している。
「じゃあ、無人兵器に搭載することはできないのか」
敵のレーダーから捉えられない便利な装置。
けれど、搭載したら兵器が動かない。
これじゃあ本末転倒だ。
「この命題は、当時の科学者たちを大変に悩ませることとなりました」
『その結果、ものすっごく古い軍事システムがまさかの再評価をされたのよ。フルトン回収システムっていう、埃どころか化石化しちゃってた原始的システムがね』
ジャミング・システムの活用方法を模索していた兵器開発の科学者たちは、頭を捻って案を出し合い、うち、いくつかを試験的に採用したという。
そのひとつが、このデプスフロート、気球による物資回収装置だ。
この装置のもとになったのは、遥か昔に短期間だけ実用化された、地上の兵士や諜報員を航空機で回収する「フルトン回収システム」という技術。
つまり、科学者たちはDGTIAエネルギーに頼らない旧来の機構を用いることで、ジャミング・システムの恩恵部分だけを享受しようと試みたのである。
「でもさ、そんな便利そうなシステムが、どうして『格納庫で埃をかぶってた』なんてことになっちゃったんだ? 物資の回収どころか、使い方次第じゃ敵地潜入とかにも応用できそうなものだけど」
それに、ゴルゴーンの主砲であるネルザリウスだって、BF波を用いた兵器だったはず。
そういう武器を無効化することだって、やろうとすれば可能なんじゃないだろうか。
『いい質問ね』
弾むような調子で、シルヴィが答えた。
『確かに、デプスフロートのジャミング・システムは優秀だった。でも、このシステムが日の目を見ていたのは、本当にわずかな期間でしかなかった。なんでだと思う?』
俺の疑問は、何故か彼女の関心を引いたらしい。
上機嫌になって、逆にこんなことを聞いてくる。
しかし当然、俺にわかろうはずもない。
『答えは、このジャミング・システムに対応できちゃう専用センサーが開発されたから。デプスフロートもそうだけど、このシステムを搭載した兵器は動体検知や音波探知に弱かったのよ。いくらBF波を歪曲したり、極限まで光を吸収させる塗料を使っても、そこに実体がある以上、動いているし、極わずかだけど音も出しちゃうでしょ』
既存の映像技術やセンサー技術をちょっと発展させただけで、簡単に無力化されてしまったのだと、シルヴィは実に楽しげな声色で語った。
『ネルザリウスに対する防御としても応用できないことはなかったと思う。でも、味方の無人兵器にも干渉してしまう以上、使い勝手が極端に限られる。それに、実弾や爆破攻撃は防げないから、BF波兵器以外の武器で簡単に対処されちゃう。開発研究にかかる費用に対して効果があまりに薄いってことで、試験運用はあっという間に凍結されちゃったわ』
結果、デプスフロートは企画倒れの無用の長物と成り果てて、倉庫の隅で長い眠りについたのだという。
『軍事兵器の歴史っていうのは、イタチごっこの積み重ねよ。剣より強い銃が造られて、銃弾を防ぐ装甲が造られて、その装甲を貫通する新しい銃器が開発されて、その武器に対抗できる新たな装甲が造られて……そうやって、かたや合金技術や特殊構造の装甲を、かたや新型の銃器や大砲、特別製の弾丸を、交互に交互に生み出しては、技術ばかりが発展していく』
対応されては新たな兵器を開発し、時には、見向きもされなくなっていたはずの大昔の武器を最新の技術で蘇らせる。
「じゃあ、そうやって前文明の兵器は、とんでもない速さで進歩を遂げていったのか?」
『うーん、競い合って発展はしてたけど、速さっていうと、別の阻害要因があったりするから……』
急に奥歯に物が挟まったような言い方になるシルヴィ。
さっきまでの饒舌ぶりはどこへやら、急に勢いがスローダウンした。
『戦時中やそれに近しい状況ならともかく、平時における武器技術の進歩の速度って、実はそこまででもないのよ。兵器開発には莫大なお金と膨大な時間がかかるし、政治的な理由で歯止めがかかったりもするし……』
「政治的?」
「組織というのは、技術の進歩以上に複雑だということですよ」
繰り言になりかけていたシルヴィの説明を、横からネオンが引き継いだ。
「例としては、ローテアド王国の抱えている事情と一緒です。今、モーパッサン提督が国の意思決定のプロセスに先んじて、王族や貴族の説得工作にあたるべく策を弄しています。多くの人間の利益や思惑がぶつかる世界では、水面下の工作によって事前に結果を確定しようとしたり、妥協できる部分で妥協したり譲歩したりと、七面倒な駆け引きが行われてしまうのです」
「ああ、利権とか、そういう……」
この世界の先進国(といっても、あくまで現文明の水準においての「先進」だけど)では、その発展の代償とでも言うべきか、議会や行政組織が一枚岩ということは絶対にあり得ない。
特に、大航海時代を先導するこの大陸の国々は、ラクドレリス帝国も、ローテアド王国にしても、時代とともに重ねた貴族の歴史が、利権の文化をも育んだ。
権益に絡んだ貴族の喧嘩は珍しいものでもないし、それに伴う黒い噂も、真実味のあるものから根も葉もなさそうなものまで、数知れず聞こえてくる。
行政機関の役人ですら、地位ある役職に昇進が決まった際には、役職拝命書類に承認印を押してもらうのに相応の額の謝礼を払うのが慣例であると聞く。
おまけに、その役職を狙う競争者たちを奸計によって退けたり、あるいは相手のそれを巧みに回避したりしなければ、昇進を確定させることさえ難しいという。
なのに、そうして多大な苦労を払って得たはずの役職や、代々継がれた爵位でさえも、時には多額の金で売り払われることがあるほどだ。
こんな具合に、俺たちの文明水準でさえ、政治行政の世界は色んな利益権益が相まって、人や組織の関係性がぐちゃぐちゃに複雑化しているのだ。
ましてや、ネオンたちのように高度に発展した文明基盤では、世界中の国々の利害や政策、果ては文化や価値観までもが交錯して、国家間、組織間、個人間に至るまで、非常に厄介な調整を余儀なくされることが多かったという。
「なんだろう、人間って、根本から面倒くさい生き物に思えてきた」
「そのような批判に返答する権限は、我々AIには認められておりません」
シルヴィの語勢が弱くなるわけだ。
ネオンにしても、表情と声はいつも通りだけど、溜息でも吐き出しそうな憂いだ気配が見え隠れしている。
凄い能力を持った存在なのに、色々と大変なんだな、AIも。
……なんて話をしていたら、ケヴィンさんが、もの言いたげな目で俺たちのことを睨んでいた。
「そんな話題でローテアドを引き合いに出すんじゃねえよ。だいたい、軍がやろうとしてる工作も駆け引きも、おたくらの要求を呑んでのことだろうが」
「ですからこちらも、こうして便宜を図っているのです」
抗議の声を受け流すように、ちらりとモニター画面に目をやるネオン。
話しているうちに、ふたつめのデプスフロートも浮上してきていたらしく、コンテナ・フレームに繋いだワイヤーを、機内のアミュレットがせっせと手繰り寄せていた。
「2機目のデプスフロートを回収しました。これで任務完了です。敵地で発見されることを避けるため、ヴェストファールは速やかに町へと帰投してください」
オペレートを完遂し、「はあ」と安堵し息をつくファフリーヤ。
アンリエッタが「素晴らしい部隊指揮でした」と、敬服しながら労っている。
俺も、立派に仕事を務め上げた小さな王女様の頭を、よしよしと優しく撫でてあげた。




