10_04_空中物資回収任務 中
ファフリーヤのオペレートのもと、再び移動を始めたヴェストファール。
アンリエッタが座席に戻り、窓際に残ったケヴィンさんからは質問が寄せられた。
「今のを聞くに、この輸送機とやらは地上には降りねえんだな?」
『当然よ。この任務は隠密性第一。誰がどこで見てるかわからないもの』
夜更けとはいえ、人の目がまったくないという保証はない。
特に、こんな巨大な航空機、着陸させればどうやったって目立ってしまう。
万が一にも発見されれば、その情報は、必ずや帝国軍にも伝わるだろう。
だから今回、ヴェストファールは上空に待機したまま、ワイヤー・ウインチさえも使わず、別の方法で物資の回収にあたるのである。
「ハッチ、開きます。アミュレット部隊、回収装置を持って降下してください」
ドローンからの映像が切り替わり、この機の様子が表示された。
後部ハッチがゆっくり開き、降下用装備のアミュレット兵4体と、2つの大きな黒い直方体が現れる。
その小型ボートくらいに細長い直方体を、2体がかりでしっかりと掴んで、アミュレットたちは漆黒の夜空に向かって飛び降りた。
「うわ……」
「おお……」
頭から垂直落下していくアミュレット。
その姿に、思わず喉から声が漏れる。
闇の世界に呑み込まれ、重力に引かれ加速しながら、しかし、悲鳴のひとつもあげたりせずに、鉄の兵士はかなりの距離を高速降下し、ようやくフライトパックに火を灯した。
途端に速度が緩やかになり、姿勢も直立に戻される。
そしてそのまま、ふわりと舞った羽毛のように、優しく地面に降り立った。
「アミュレット部隊、無事地表へと降下しました」
凛としたファフリーヤの報告の声に、俺とケヴィンさんは揃って「ふはぁ」と息を吐く。
「呼吸が止まるかと思ったよ」
「寿命が縮むかと思ったぜ」
ただ見てただけなのに、それも、飛び降りたのは人間じゃなくて機械の兵隊なのに、それでもハラハラと手に汗握ってしまった。
「ケヴィンは心配しすぎ。ファフリーヤ様が直々に指揮なさっているのに、失敗なんてするはずないわ」
他方では、アンリエッタがこんなことを言っているけど。
「物資を確認しました。木箱と樽が全部で29個、岩陰に隠されています」
画面のひとつが切り替わり、地上の様子が映し出された。
降下したアミュレット視点の映像であるようだ。
道から外れたゆるい斜面、どんと鎮座する岩の裏手に麻布のシートがかけられていて、その下に木箱や樽が積まれている。
「連絡通りの数量ですね。中身にも不審なものは見られません」
内容をしっかり確認するネオン。
付近には篝火を燃やした跡があるだけで、イザベラの私兵たちはもういない。
定刻になるまで隠れて合図を送ったら、すぐにこの場を離れるよう指示してあったとのことである。
『さあ、ファフリーヤ。ここからは?』
「アミュレットに【デプスフロート】のコンテナ・フレームを組み立てさせて、物資を搭載してください。風が強まってしまう前に、迅速に行動願います」
よくできました、とシルヴィ。
褒められたファフリーヤが、嬉しそうに笑っている。
モニターの画面の中ではアミュレットが、一緒に降下した黒い直方体を解体して、ガチャガチャと組み立てなおしていた。
どうやら直方体は、主にパイプ状のパーツの集合体であったようで、そのパイプとパイプが接続されて、もとの大きさの2倍以上ある籠のような形ができあがっていく。
「おい司令官殿。一番暇そうだからお前さんに聞くんだが、ありゃ何の作業なんだ?」
「俺もちょっと説明を聞いたくらいなんだけど、地上の人や物品を秘密裏に航空機で回収するための装置らしいよ」
「どうせまた、理解不能な技術が満載なんだろ?」
『そうでもないわよ。今回使うデプスフロートは、格納庫で埃をかぶってた兵器だから』
シルヴィがこう言っているように、今回の装置は、いつもの派手な兵器や道具とは趣きが違っていた。
『コンテナ・フレームが完成したわ。物資の積み込みに移るわね』
ふたつ出来上がった籠型の骨組みコンテナの片方に、アミュレットはテキパキと木箱や樽を運び入れ、あっという間に物資の過半数を積載した。
そこに、上から黒色のシートをかぶせていき、コンテナをすっぽりと覆ってしまう。
これも隠密性第一ってことなんだろうけど、なんとも地味な作業である。
『じゃあ、ひとつ目を飛ばすわよ。ファフリーヤ、オペレートよろしくね』
「はい、シルヴィ様。ボンベよりバルーンにガス注入を開始します」
黒く覆われたフレームの上で、同様に黒い何かが膨れていく。
膨らみは、数秒のうちに真っ黒い球体となって、音もなく宙に浮かび上がった。
「バルーン、正常に膨らみました。地上を離れて浮上していきます」
上昇していく球体は、括りつけられたワイヤーをピンと張り、繋がったコンテナ・フレームを引っ張りあげて、一緒に空へと運んでいく。
かなりの速さで、ぐんぐんと昇る球体は、黒いというにはあまりに純黒で、まるで、夜空よりさらに深い闇が空間に濃縮されているかのようだった。
その様子を映すドローンのカメラ画像を、ケヴィンさんが身を乗り出すようにして覗いていた。
「あれがデプスフロートっていう装置か?」
さっきまで身を縮こまらせていた彼は、いまや真剣そのものの鋭い目で、夜闇に溶け込みながら浮上する黒球を睨んでいる。
「はい。気球という大変に古めかしい道具でして、中に空気より軽いガスを充満させることで浮力を与えています。また、今使用しているバルーンおよびシート類は夜間の隠密回収任務用の特別製で、表面に光の吸収率99.9997パーセントの特殊黒色素材が使用されています」
『つまり、光を全然跳ね返さないから、人の目にはとてつもなく深い黒にしか見えないってことよ』
俺も、映像と窓の下を交互に覗きこむ。
位置は把握できているのに、どれだけその場所を眺めても、暗い夜空に、それよりも闇い深黒の穴が空いているようにしか見えなかった。
意識して目を凝らしていてもこれなのだから、何も知らない人が空を見上げても、物体が浮いているとは思えまい。
「ヴェストファールを移動させます。風の影響による気球の移動予測地点へと先行し、回収準備に移ってください」
『風向、風速、ともに最前のシミュレーション通りね。あと54秒で、この機と同じ高度に到達するわ』
後部ハッチに、格納庫内から別のアミュレットが現れた。
腕部に筒状の装置を装備していて、銃のように構えている。
黒い気球が、この機と同じ高さまで上がってきて、それと同時に、上昇速度が遅まった。
『バルーンには最大高度が設定されてて、到達するとガスが抜けて自動減速するようになってるわ。そこをフックするの』
すかさず、アミュレットが筒の先端をフレームに向け、何かを発射した。
銃弾じゃない。
撃ちだされたのは短い矢のような留め金で、そこから細い金属製のワイヤーが伸びている。
ヴェストファールに付いているワイヤー・ウインチの小型版ってところだろう。
ワイヤー・フックは、デプスフロートのフレームとガチャリと接続、巻き取られたワイヤーが気球ごとコンテナを手繰り寄せ、近づいたそれをアミュレットが掴み、輸送機内へと引き入れた。
「1機目のデプスフロートが格納されました。速やかに2機目の起動に移ります。2機目には残りの物資のほか、地上で作業していたアミュレット4体も搭載してください」
順調にオペレートを進めていくファフリーヤ。
地上のアミュレットがもうひとつの気球も作動させ、再び空へと上がってくる。
「たいした手際だ。音もなく光もなくかよ」
「いつもながらに凄いよな」
「……って、お前が感心してんじゃねえよ」
ケヴィンさんが舌を巻き、ついでに脳天気な俺にツッコミを入れていく。
視認困難な純黒の塗料に、わずか数分で完了する工程。
発見される可能性なんて、ほとんどないと言えるだろう。
『ま、気球自体はおまけみたいなものなんだけどね。デプスフロートっていう装置は、本当はフレームのほうに内蔵されてる特殊システムを指してるのよ』




