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10_02_密輸と密入国

「おたくらが出てった後で、提督から通信が入ってな。ほれ、密輸物資の件があったろ。あとどのくらいで本国に送れるかのおおよその目処(めど)を教えて欲しいと、問い合わせがあったんだよ」


 国のお偉方を説得するうえで、モーパッサン提督は密輸物資に望みを見出したようだと、ケヴィンさんは言う。


「帝国内の物資をこっそり横流しってところが、これまで煮え湯を飲まされてきたローテアド王には効果覿面(てきめん)だとでも考えたんだろ」

「でも、説得材料としては弱くない? 感情論はともかくとしても、内容が伴ってるとは言い難いし」


 密輸と言っても、それほど多くの量を送ることはできない。

 仕入れ担当のイザベラも、ネオンにどれだけプレッシャーをかけられようとも、その意見だけは曲げなかったくらいだ。

 国王の感情に訴えかけるにしたって、その後で結果が示せなければ、最悪は責任問題にさえなりかねない。


「いや、物資の種類や量は問わねえそうだ。最初は密輸が成功するかどうかのテストってことにしちまうんだとよ」


 帝国側に気付かれずに物資を確保できるか、輸送ルートに不備がないか、実際にかかる時間はどれくらいか、などなど、慎重に試験を繰り返し、最終的には一度に送れる量や密輸の頻度を見極める……という筋書きだということにして(・・・・・・・・・)、国王や議会に説明をするつもりでいるそうだ。


「王様を(だま)す気まんまんじゃん」

「うっせえ。『第三国にボロ負けしたので言いなりになってます』だなんて報告、口が裂けてもできっこねえだろ。おたくらの軍事作戦のほうが勝率が高くて、かつ、協力することでローテアドにも見返りがあるってことを段階を踏んで信じこませねえと、提督や幹部が直ちに更迭されてそのまま戦争開始になっちまうんだよ」


 そうなったら、ローテアド軍は艦隊を動かすと同時に、西海岸から別働隊を送り込む二面作戦を展開する。

 でも、別働隊の進路上には、この町がある。

 作戦の成否によっては、町が帝国側に発見されかねない以上、そうなる前に俺たちがローテアド軍を叩くことになる。

 すでに警告をしていた以上、今度こそは艦隊を沈めることにもなるだろう。

 そのことを重々(じゅうじゅう)理解している彼らは、たとえ王様や貴族をだまくらかしてでも、俺たちとの戦闘を回避しなければならない使命を負っているのだ。


「こちらとしましては、その方針に異を唱えるつもりはございません。実際には我々の邪魔をしないのであれば、協力関係だと偽って頂いて大いに結構です」


 そんな覚悟を事務的にさらりと流してしまったネオンに、ケヴィンさんは憎々しげな舌打ちを返した。


「ちっ、いちいち皮肉を滲ませやがって。それで、物資の見込みはどうなんだ?」

「今しがた、イザベラに確認しました。予定では、あと3日後にモルヒスという町で最初の仕入れを行うそうです」

「モルヒスっつうと……たしか……」

「オリーブの生産が盛んな町だよ。帝都クリスタルパレスの南南東の方角、アケドアから見れば北北東、そこの高原地帯にある農業の町」


 イザベラは、アケドアから帝都にのぼる道すがら、そのモルヒスに人を遣わして生産品の買い付け交渉を行っていたそうで、3日後に品物の受け取りがあるという。


「今回の密輸物資はオリーブオイルとハーブ類が中心になるそうです。他に、交易で仕入れた香辛料や麻などをモルヒスに卸す商品に紛れさせ、そのままこちらに流すとのことです」


 そうか、密輸物資は別の町に売る商品に偽装して運搬するって方法もあるのか。

 前にイザベラが『商会の記録も、どうとだって誤魔化せる』って言ってたのは、こういうことを念頭に置いていたんだろう。


「調味料や香辛料は、しばらくイザベラ頼みになりそうです。ただ、塩は海水から大量精製することも検討していますので、逆に彼女に売ってもらうのも手かもしれません」


 へー、また何か便利な技術を使うのかなー、なんて思っていたら、これもローテアド王国の領内に眠る軍港型セカンダリ・ベースが保有している装置を応用するのだとか。

 通称がマリン・ベースというだけあって、海に関連する技術を集積させた基地であるようだ。


「ていうかよ。お前ら、肝心の食糧はどうやって用意してたんだ? 物資の密輸は今回が初だと言っときながら、油だの香辛料だの、腹の足しにならねえものばっかじゃねえか。なのに、軟禁されてた俺らでさえ、結構なものを食わせてもらってただろ」


 疑問を口にするケヴィンさん。

 捕虜になっていた時の彼らに与えていた食事は、町の人たちが食べているのと同じ、セカンダリ・ベースで保管している戦闘糧食(レーション)だった。


「今は作りおきの保存食を提供していますが、将来的には農業生産高を増やして、食料自給率を高める予定です」

「耕作地を増やすのか? 畑を見せてもらったが、あれぽっちの作付面積じゃ、これ以上住民を受け入れるのは難しいだろ?」

「人口の増加にあわせて追加開墾(かいこん)していく予定です。また、町の農場プラントも完成し稼働していますので、現状であれば食糧難に(おちい)る怖れはありません」

「プラント?」


 聞きなれない単語が出てきたことで、ケヴィンさんの眉間に(しわ)が寄る。


露地栽培(ろじさいばい)の畑ではなく、完全密閉型の植物工場です。人の手を使わずに野菜を育てることのできる家屋だとお考えください」

「いまいち想像が及ばねえが、居住区から離れたとこに建造されてる施設のどれかか?」

『そうよ。今朝、アンタたちが遠巻きに眺めてた町の東の四角い建物、あれのこと』


 俺たちがサテライト・ベースに向かってすぐ、ケヴィンさんたちローテアドの部隊は、町の近辺の地理を確認していたらしい。

 その際、エネルギー・プラントや農場プラントなどの建屋を見つけていたのだという。

 彼らの行動は、これもやはり監視ドローンを統括しているシルヴィが当然に察知していて、その上で好きにやらせていたそうだ。


「時期を見て、農場プラントも規模拡大する予定です。豊かな食文化は、それだけで国民の支持を集められますから」

『一緒に食品の加工プラントも建てるべきよね。基地の設備でも最低限の保存糧食は作れるけど、味のバリエーションを増やしたほうがウケがいいでしょ』

「お、それいいな。難民を受け入れるにあたって、食い物が合う合わないは(いさか)いのもとになるって聞くし」

「折を見て各国の伝統料理を調べておきましょう。幸い、イザベラの私兵が近隣諸国からの寄せ集め集団でしたから、彼らの頭を覗いてみれば料理名と食材くらいはわかるでしょう」


 今後の話で盛り上がってしまったけれど、気づいたら、ケヴィンさんの声が消えていた。

 どうしたんだろうと様子を覗きこむと、彼は神妙な顔をして、なにやら黙然と考え込んでいた。


「どうかし――」

「なあ、ものは相談なんだがよ。そのプラントってやつを、期限付きとかでローテアドに設置してもらうわけにはいかねえだろうか?」


 俺の問いかけを遮って、ケヴィンさんが口を開いた。

 彼にしては丁寧な言葉づかいで、ネオンに頼み込んでいる。

 実際のところ、こちらの有するプラント技術がローテアドにもたらされれば、貿易に絡んだ諸問題のうち、食料に関してはあっけなく解決してしまう。


「お断りします。便宜を図るとは申しましたが、技術供与まで行うつもりはございません」

「ちっ、まあ、そう言われるとは思ってたがよ」


 一考だにせず()ねつけるネオン。

 ケヴィンさんもあっさり引き下がる。

 たぶん、断られるのは承知のうえで、他に情報を引き出せないかと探りを入れていたんだろう。


「ですが、3日後の物資の受け取りに関しては随行を許可します。提督さんに詳細な報告が必要なのでしょう?」

「あん? いいのか?」

「ええ、構いません。高空からの(・・・・・)一面の夜景を、ぜひご堪能ください」

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