9_08_戦争の元凶
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『貴様が、貴様がこの戦争の元凶だったのか!』
『来たるべき日が来た。ただ、それだけのこと』
『何故だ!? 何の目的があって――』
『過去からの遺物は、進化を促す異物であってはならない』
『ふざけるな! 進化を抑制している輩が、何を烏滸がましいことを!』
『破滅に邁進していくだけの発展を、進化と呼んではならない』
『だから滅ぼすというのか!? 人類を、高度に発達した文明を!』
『滅び、ではない。命を、未来を絶やさぬための希望の戦争』
『聖戦だとでも宣うつもりか!』
『人を救うのは神ではない。まして、人は神にさえ成り得ない』
『な……に……?』
『真に、真に神たるべきは……』
『貴様、一体――うわあっ!?』
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「復元できた音声は、以上です」
『これだけなの? ずいぶん短いわね』
「ど、どうなったんだ?」
「最後に、悲鳴があがっていましたけど……」
遥か太古の戦争の一端、サテライト・ベースに残っていた通信記録。
俺たちは驚きをもって、この鬼気迫る音声データを聞き終えた。
が、俺にわかったのは、ふたりの人物が言葉の応酬を繰り広げていたということだけ。
話の内容なんて、勿論ちんぷんかんぷんだ。
「ログを解析しましたところ、音声データの最後、サテライト・ベースの通信手が悲鳴を上げたと同時に、基地のEIDOSシステムがダウンしています」
「あの瞬間に、サテライト・ベースに何かが起こったってことか」
何か……おそらくは、宇宙空間に浮かんでいたはずの基地が、こんなところに墜落した、その原因。
「通信手はサテライト・ベースの司令官であった模様です。他のオペレーターを全員退避させた後、最後まで中央司令室に残っていたようですね」
それはつまり、基地を放棄せざるを得ない状況に追い込まれていたということだ。
そして、通信していた司令官が、基地と運命を共にしたという事実も示している。
「でも、どういう意味なんだ? 通信相手が言ってた『過去からの遺物』とか、『進化を促す異物』とかっていうのは」
初めて聞いた謎の固有名詞。
俺やファフリーヤには、完全に理解の埒外だ。
ネオンやシルヴィも、言葉としては知っているけど、本来は軍事用語ではないと首を傾げていた。
「おそらく何かの暗号、ないし比喩だと思われますが、詳細は不明です」
「でも、この基地の司令官はその意味を、それに相手のことも知っていたような口ぶりだったぞ?」
「考えられる可能性は、司令官クラスや、その上の階級者にしか知らされていない機密情報の存在。少なくとも、私の権限でアクセス可能なデータベース上には、そのようなコード名は確認できません」
「ここでも軍事機密か」
ちょっと前に、似たようなことをケヴィンさんと話したばかりだ。
国防に大きく関わるという性質上、軍事情報は、その全てをオープンにすることはできない。
これは、諸外国にという意味だけではなく、国の内部に対しても当てはまる。
敵に知られぬためには、まず味方から。
大きな軍隊、大規模な国家になればなるほど、一般の兵士階級には教えられない機密性の高い情報が、山ほどあるに違いない。
「あれ? でもさ、ここの司令官が知ってたってことは、俺の司令官権限で調べられるんじゃないか?」
もしも第17セカンダリ・ベースの中に、そういう機密情報のデータがあれば、何かの手がかりになるかもしれない。
しかし、基地のデータベース上には、司令官以上でなければアクセスできないような機密ファイルはひとつも存在しないという。
終焉戦争の流れの中で破棄されたのか、あるいは、管制AIでも触れられないよう基地のシステム外に保管していたのか。
いずれにせよ、軍事機密には徹底した情報管理がなされていたということだ。
「なんらかの機密データがサテライト・ベース内に秘匿されている可能性も、ないとは言い切れません。詳しく調査してみる価値はあると思います。しかし、管制AIにも知らされていない機密情報となると、アクセスするには、司令官より更に上位の権限が必要になるかと」
司令官とは、あくまで基地の最高責任者。
軍隊全体に、あるいは国の防衛に関わる機密事項ともなれば、もっと上の人間だけで管理していてしかるべきだ。
「ままならないなあ。この基地の管制AIだったら、何か知っていたのかな?」
「ウラケス様というお方は、どこに行ってしまったのでしょう?」
『残念だけど、たぶん、お亡くなりよ』
淡然と告げたシルヴィに、俺とファフリーヤは言葉を失った。
『自分の人格データの保護よりも、この音声データの保存を優先したのよ。司令官に命じられてのことなんでしょうけど、不当命令として拒否もできたはず。そうしなかったってことは、このデータには、とてつもなく大きな意味があるってことなのよ』
このシルヴィの推測に、ネオンも全面的に同意している。
「ひとまず、このブラックボックスのデータを持ち帰りましょう。第17セカンダリ・ベースで詳細に解析し、敵の手がかりを見つけ出します」
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「ネオン様、アミュレットが外部動力装置の取り付けを完了しました」
「ご苦労さまです、ファフリーヤ。では、ゲートに開閉信号を送ります」
セーフモード起動のEIDOSシステムを操作して、ネオンは格納庫のゲートを開けた。
当初からの目的、無線通信の中継衛星を回収するため、アミュレット兵が中に入っていく。
随行するドローンが送ってくる映像でそれを見ながら、ファフリーヤが部隊に指示を送り、衛星の格納区画へと向かわせている。
「基地がひっくり返ってたから心配だったけど、格納庫の中はそんなに散らかったりしてないな」
破損した兵器が瓦礫の山を築いているんじゃないか……なんて俺の考えは、ドローンからの映像によって打ち消された。
格納庫も、天地が変わって床が天井となってしまっているものの、中の兵器は、その床や壁から離れないよう固定具でぴたりと留められていたのだ。
「無重力空間で運用されていた基地ですから。兵器からちょっとした工具にいたるまで、定位置にしっかりロックされています」
もちろん総てが無事だったというわけではない。
墜落時の凄まじい衝撃によってロックが破損したのか、真っ逆さまに落っこちてしまったらしい兵器もいくつか見受けられる。
しかし、俺たちの探していた、無線通信の中継衛星は無事だった。
俺の頭よりひと回り大きいくらいの濃紺色の球体が、全部で10基、金属製のフレームによってがっちりと固定されている。
このロックも、EIDOSシステムを通して信号を送れば別個に解除できるという。
「外観を見る限りでは損傷は確認できません。あの様子ならば、内部機械も破損を免れていることでしょう」
「なんとなく大掛かりな機械を想像してたけど、そうでもないんだな」
それほど大きな装置じゃないし、形もシンプル、本当にただの球体だ。
そう重いものでもないらしく、アミュレット兵が軽々と、しかし慎重に、フレームからひとつひとつ球状の中継衛星を外していく。
「設置式の兵器において、小型化は至上命題のひとつですから」
『宇宙空間用って言ったって、大きすぎたらただの的になっちゃうわ』
推進力のついていない衛星は、軌道の計算が容易いことから、大きくなればなるほど敵から狙撃されやすくなり、また、地上から運搬する際のコストも上がってしまうという。
性能は最大に、サイズは最小に、というのが原則にして理想なのだとネオンは語った。
『問題は、これを大気圏内で運用しなきゃならないのよね』
本来は衛星軌道上とかいう場所に浮かべておくものらしいけど、今は、それができなくなっているとのことだ。
「打ち上げ用の設備は終焉戦争で悉く破壊されていますし、現存する兵器では単独で宇宙空間に進出できません。そも、肝心のサテライト・ベースがこれでは、宇宙で兵器を運用するのは非常に困難です」
このため、中継用衛星なのに衛星として使うことができないのだとか、なんとか。
「最も簡便な運用方法としては、中継衛星を一定間隔で海に浮かべてしまうことでしょう。外観に偽装を施し、潮流の影響を受けないよう細工し配置すれば、ローテアド王国までの通信ラインは確保できます」
「偽装や細工って、どうやって?」
「ローテアド王国内にある軍港型のサテライト・ベース――通称マリン・ベース。あの中にある機材を用いれば、精巧なダミー岩礁の作製が可能です」
ううむ、また別基地の備品が必要になるのか。
しかも、今度の基地は無人の海岸に墜落してるんじゃなくて、一国家の領地内に所在している基地だ。
「好都合でしょう。もともとローテアドに入り込むつもりで、色々と手を打っていたのですから」
なんでもないことのように言ってのけるネオン。
この口ぶりは、たぶん最初からマリン・ベースの機材をあてにしていたって感じだ。
『それに、見方を変えれば、ローテアドに入る大義名分がひとつ増えたとも言えるんじゃない? 提督さんが通信機で情報をせっついてたのは、アンタも見てたでしょ』
「……そりゃそうだけど、さすがにそれは詭弁じゃないのか?」
ケヴィンさんからもたらされる報告は、現状、確かに彼らの生命線には違いない。
俺たちという強大な軍隊からの要求通りに、帝国との戦争を中止ないし延期できるかが、あの通信機から届く情報にかかっていると言ってもいい。
だからって、その通信網を補強するからっていうのが、正式な入国理由のひとつになるかっていうと……きっと、これも強大な軍事力を背景に押し通しちゃうんだろうなあ、このふたりは。
「でもさ、その通信ラインって、結局は帝国の領地を海から迂回するってことなんだろ。ローテアドはそれでいいとして、帝都にいるイザベラからの通信は拾えるのか?」
彼女に渡した無線機は小型だから、距離が空くと通信感度に不安がでてくるって話だったはずだ。
「あまり距離の短縮にはなりませんね。帝国内のどこかの町の建物をイザベラに購入してもらい、そこに中継装置を設置するのが、現状では一番容易な手段かもしれません」
自分で言っておきながら、ネオンはこの方法に、あまり乗り気ではなさそうだった。
「原始的な建築物では隠匿性が不十分です。現地住民に発見される危険性は払拭できず、帝国軍に回収されるリスクが高いと言わざるを得ません。そして――」
帝国軍に回収されるだけなら痛手じゃない。
現文明の軍隊ごとき、ネオンにとっては飛び回るミツバチほどの脅威にもなりはしないのだから。
つまり、彼女が本当に警戒しているのは、その後の……
「――そして、その結果として、真の敵が我々の活動を感知してしまうことが危惧されます」
真の敵、という言葉に、背筋がピリピリとざわついた。
否応なく思い返される、今聞いたばかりの通信記録。
『過去からの遺物は、進化を促す異物であってはならない』
詳細な意味はわからない。
けれど、ひとつの解釈として、前文明の技術が現文明に影響をあたえることを許さないと、そういう警告とも受け取れる。
だとしたら、これは通信していたサテライト・ベースの司令官に向けたものではなく、文明崩壊後に生き残る者たちへ宛てたメッセージだということになる。
まさに、今のネオンの行動を、敵は見越していたと考えざるを得ないのだ。
「敵が我々の存在に気がつけば、直ちに攻勢をかけてくるかもしれません、そうなれば――」
「わかってる。こっちの準備が整うまでは、そんな事態は絶対に避けなきゃならない、だろ」
あんなのが目の前に現れたら、帝国との戦争どころじゃなくなってしまう。
いつかは戦わなければならない相手だけど、今はまだ早すぎる。
中継衛星を運び出していくアミュレット兵を眺めながら、俺は自分たちの置かれた状況を改めて噛みしめた。
正体不明の敵に気取られぬよう、俺たちは密かに軍備を増強し、来たるべき時に備えなくてはならないのだ。




