9_07_サテライト・ベースの真実
『ドローン全機、サテライト・ベース内に入ったわ』
西海岸に到着した俺たちは、直ちにサテライト・ベースの探索に着手した。
シルヴィの指揮のもと、ヴェストファールから大量のドローンを飛び立たせ、前回発破でこじ開けた穴から中に突入。
あれこれあって遅れていた調査任務が、ようやく開始されたのである。
『じゃあ、この前もやったみたいに、お願いね、ファフリーヤ』
「はいっ。今回は格納庫を目指せばよいのですね」
以前のように、シルヴィはドローンの操作をファフリーヤに任せるつもりだ。
ただ、この間とは違う点も見受けられる。
「エリア・マップより、格納庫へのルートを最短距離順に8つ選択しました。この全てに、3機編成にしたドローン小隊をそれぞれ向かわせます。ゲート等により通路が封鎖されていた場合、その小隊には迂回ルートを探させるか、任務を付近のエリア・サーチに切り替えて他小隊のサポートに回します」
ファフリーヤに託されたドローンは、前回の1機から24機に大幅に増えていた。
すべてを手動操縦することはできないので、事前にルートを設定して、部隊を割り振り進行をオペレートする、まさに指揮官の仕事を任されているのである。
『さっきの戦闘映像を見て、部隊指揮に興味を持った様子だったから、全面的に任せてみることにしたの』
例によって、事前にやりかたを教えてみたらすぐさまに理解したというファフリーヤ。
逆さまにひっくり返って埋まっているサテライト・ベースの中を、エリア・マップと見比べながら、ドローンたちのルート進行を見守っている。
「第3小隊、降下していたゲートに阻まれました。別ルートを検索、迂回させます……あっ、第7小隊もゲートにぶつかっちゃいました」
やはり基地内は、各所でゲートが降りていた。
ドローン各隊は格納庫への道を探すのに、何度もルート変更を余儀なくされている。
『こっちもゲートばっかりよ。辛抱強くやるしかないわね』
うんざりしたように言うシルヴィ。
ファフリーヤと平行して、彼女もドローン部隊を基地内で操っていた。
ただし、目指しているのは格納庫ではなく、サテライト・ベースの頭脳、中央司令室だ。
「中央司令室って、第17セカンダリ・ベースにあるのと同じものなのか?」
「はい。EIDOSシステムにアクセスするには、ここからセーフモードでの起動手続きを実行する必要がございます」
「それって、基地にエネルギーが通ってなくてもできるのか?」
動力源であるDGTIAエネルギーを生み出すためのコアパーツは、この前来た時に俺たちが持ち帰ってしまっている。
「完全な起動は不可能です。しかし、管制AIを呼び出すだけなら、また、基地のブラックボックスにアクセスし、ログを読み込むくらいであれば、外部動力を用いた緊急措置にて行えます」
その緊急措置ってのに、司令官の権限が必要なのだそうである。
そうこうやっているうちに、ファフリーヤの指揮するドローン部隊が格納庫エリアのゲートに辿り着き、少し遅れて、シルヴィのドローン部隊が中央司令室へのルートを開拓した。
「ここも、ゲートが閉じちゃってますね」
が、格納庫の入り口は固く閉ざされ、中に入ることができなかった。
『ドローンの進路を辿って、アミュレットに外部動力装置を運ばせるわ。先に司令室のシステムをセーフモードで動かせば、【ULaKS】にゲートを開けてもらえるはずよ』
「ULaKS?」
また知らない名称が出てきたぞ。
「サテライト・ベースの管制AIの名前です。ウラケスは私と違い、宇宙空間での基地運営に特化したAIで、衛星通信設備の管理も担当していました」
10分ほどして、アミュレット兵が中央司令室に辿り着いた。
何やら棺のような大きさの箱を運び込み、何本ものコードで接続している。
これが、外部動力装置とやらであるらしい。
「町のエネルギー・プラントで生産したDGTIAエネルギーが蓄積されています。基地全体を動かせるほどの容量ではありませんが、短時間のシステム仮復旧や、ゲートの開閉程度であれば難なくこなせます。ということで、司令官――」
「ああ。お待ちかねの承認手続きだな」
俺の目の前に、立体映像が起動した。
いつもの青い球体と違って、セカンダリ・ベースの壁面に描かれた模様が浮かび上がる。
その模様に、俺は手のひらをかざした。
「申請者、管制AI:NEoN。申請内容、サテライト・ベースのEIDOSシステム仮復旧に係る第17セカンダリ・ベースのアクセス・コード使用承認」
「承認する」
紋様が光の粒子になって消えていく。
それと同時に、ネオンの瞳が赤く輝いた。
「アクセス・コード使用。実行者、第17セカンダリ・ベース管制AI:NEoN。承認者、第17セカンダリ・ベース司令官、ベイル=アロウナイト」
彼女の周りに、いくつもの立体映像の画面が現出した。
文字や数字の羅列が、すごい速さで流れている。
この映像、前に似たものを見たことがある。
第17セカンダリ・ベースの中央司令室、あそこの司令官席に座ったときにも出てきた、EIDOSシステムのコンソール画面群だ。
「システムをセーフモードにて起動……失敗、エラー多数、複数方向から接続リトライ……エラー、エラー、応答なし、エラー、エラー……信号到達、システムの再起動を開始、エラー発生箇所の自動修復……完了。EIDOSシステム、セーフモードにて立ち上がります」
画面に流動していた文字列が、ぱっ、と消えた。
代わりに、基地の紋様が表示される。
海岸から覗けたサテライト・ベースの壁面、あそこに描かれていたのと同じ紋様だ。
ネオンの瞳が放つ光が、ますます強く明滅した。
「システムの診断を開始、同時に、保存データへアクセス……破損箇所膨大。システムの完全修復を一時断念し、ブラックボックスの解析に移行します」
「ブラックボックス?」
俺の疑問に、作業中のネオンに変わってシルヴィが答えた。
『データ・ログっていう、いつどこで何が起きたかの記録を保管しておく媒体のことよ。保存後のデータはEIDOSと切り離されるから、システムが使えない緊急時でも参照できるの。他に、管制AIの人格データの避難所にも――』
「いいえ、シルヴィ。どうやら避難は失敗したようです」
解析を続けていたネオンが、説明していたシルヴィを言い差した。
「失敗って、何があったんだ?」
「サテライト・ベースの管制AIが、どこにも見当たりません。システム上にも、基地のデータ・フォルダにも、ブラックボックスの中にも、ULaKSの存在の痕跡が確認できません」
「なんだって!」
痕跡、という言葉のニュアンスを、どう捉えていいのかはわからない。
でも、墜落して壊れた基地と、その基地を管理するAIの不在。
このふたつの事実が示しているのは、決して良い意味ではないはずだ。
「それじゃ、この基地はもう誰にも動かせないってことなのか?」
「そのようなことはありません。仮に管制AIがいなくとも、外部信号……お待ちください……これ、は――?」
不自然に、会話が途中で打ち切られる。
「どうしたんだネオン? やっぱりだめなのか?」
「……いいえ、見つかりました。ブラックボックスの奥底に、一部のログと、サテライト・ベースの最後の通信記録だけが残っています」
「最後の、通信……?」
ネオンは立体映像の画面を新たに起動した。
画面上には何かの模様と、増えていく二桁の数字、単位はパーセント。
そして、その下には左端から右に伸びていく横長の棒が表示されている。
数字の値が少しずつ大きくなるにつれ、下部にある横棒も比例して長くなっていく。
たぶん、何かの処理をしていて、その進捗が視覚的にわかるようになっているのだろう。
「オリジナルのデータは破損していましたが、この部分だけを抜き出したコピー・ファイルが大量に生み出され、別個の記録領域にそれぞれ保存、同時に厳重な暗号化を施していたようです。そのうちのひとつが生き残っていました」
通信記録をなんとしてでも味方に残そうという、強い意志の宿った行動であるとネオンは言う。
おそらくは、この基地の司令官が指示したものだろう、とも。
「あと12秒で暗号化を解除できます。解除後すぐに音声を再生しますので、聞き逃さないでください」
横棒が右端まで届き、数字が100パーセントを示した。
そうして聞こえてきた第一声に、俺は度肝を抜かれることになる。
『貴様が、貴様がこの戦争の元凶だったのか!』
悠久の時を経て、文明を崩壊させた大戦の、その真実の一幕が、今、衝撃的に蘇った。




