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9_03_他国潜入の下準備 上

「こちらのケースが食器類、そちらのケースには組み立て式の棚や籠などが人数分入っています」


 ローテアド海軍との戦闘から1日後。

 俺とネオンは、 昨日まで捕虜だった偵察部隊の皆さんに、町で作った日用品類を渡していた。

 停戦会談を無事に終え、艦隊に丁重にお引き取りいただいた俺たちは、その日のうちに町に戻ってきたのだけれど、その中には12名の偵察部隊員の姿もあったのである。

 配給した日用品を受け取った彼らは、出会ったときのベルトン王国の偽軍服ではなく、ローテアド王国海兵隊の正式な制服を着用している。


「他に必要な品があればお申し出ください。単純構造の物品ならば、数分とかからず作成できますので」

「いやあ、ありがてえ。本国からの支給品は、ちっこかったり、薄っぺらかったり、どうも使い勝手が悪くてよお」 

「やっぱり、外国と交易できないことが原因なんですか?」

「国内でも作れないわけじゃねえんだが、資源の産出量に限りがあるからなあ。航路も陸路も封じられた現状じゃ、使用量を絞って限界を先送りするしかなくってよ」


 日用品の搬入先は、町の居住区に新たに設置した仮設兵舎だ。

 これは、昨日の停戦会談の後で、彼らの待遇が捕虜から客人へと変わり、留置所に入れておく必要がなくなったことに由来する。

 以下は、新居に移った部隊員さんたちの感想である。


「今度のは完全個室だってよ。ありがてえな」

「これで留置所暮らしともおさらばか」

「ぶっちゃけよお、たいして変わんねえよな。住み心地がいいって意味では」

「だな。留置所のくせに住環境として充分以上だったぞ。なんだよ、自動的に水が出てくるって」

「まったくだ、女房(かあちゃん)を一緒に住まわせてえくらいだったぜ。つーか、こっちの住居に連れてきちゃだめかなあ」

「馬鹿、それじゃ完全に亡命だろうが」

「今度は別の女に入れ込むんじゃねえぞ、アグリッパ」

「うぐっ、そいつは言わねえでくれって」


 後半のやりとりはさておき、評価は良好だ。



「よお、司令官殿。今日も変わらず暇そうだな」


 隊長のケヴィンさんが声をかけてきた。

 あいかわらず、俺に対する態度が刺々しい。

 あんなに強烈な戦いを見せつけられた後だっていうのに、本当、肝が()わった人だと思う。


「やあ、隊長さん。そちらも新任務(・・・)、お疲れ様」

「ふん、俺たちの駐留(・・)にご同意いただいて、感謝の限りだよ」


 そう。

 彼らはローテアド王国軍の偵察部隊あらため、今は駐留部隊としてこの町に滞在していた。

 これは、昨日の停戦会談の際、彼らに与えられていた任務が変更されたことに起因する。


***


「ふうむ、世界を滅ぼすほどの大戦争、か」


 高度に発展していた科学文明、それを終わらせた終焉戦争。

 ネオンの語った突拍子もない話を聞いて、モーパッサン提督は腕を組み、しばし瞑目して思索(しさく)に耽った。


「信じられん……と言いたいところだが、あの軍事力を前にして、そんな言葉は断じて口にできんな」


 自分たちの艦隊が、為す術もなく敗れた謎の兵器群。

 技術レベルが遥かに異なる鋼鉄の軍隊は、どれだけ常軌を(いっ)した話をも、信じざるを得なくする説得力に満ちていた。


「戦争後の経緯は省略しますが、人類は文明の構築をやり直すこととなり、現在は先進各国が競って大洋へと進出する大航海時代まで漕ぎ着けました。その様子を我々はずっと観察し、雌伏(しふく)(とき)を過ごしていたのです」

「興味を惹かれて止まない話だが、今、(わし)らローテアドが気にかけるべきは、そこではないようだ」


 (うなず)くネオン。

 長い前置きを終えた彼女は、話の(かじ)を、本質部分に向けて切っていく。


「世界地図もずいぶんと変わりました。国境ではなく地形の話です。(えぐ)られた海岸線、更地となった山麓、砕け散った島々……ひとつひとつ挙げていけば、枚挙に(いとま)がないほどに」

「想像するに怖ろしいな」


 モーパッサン提督は、首を小さく横に振った。


「かように凄絶(せいぜつ)なる戦争を起こした元凶が、いまも世界のどこかに潜んでいる……それは理解した。しかしだ。その戦争で、君たちはいったい何と戦っていたのかね?」


 老将の力の(こも)った真摯(しんし)な眼差しが、ネオンの赤い瞳をじっと見つめる。

 彼はその深い慧眼(けいがん)をもって、自分たちの未来永劫に潜み続ける真なる脅威を見極めようとしているのだ。

 ネオンは、やはり無感情な声色で、無機質に事実を述べ伝えた。


「人間の最大の敵は、常いかなる時代、文明においても、やはり人間です」


 提督は、再び目をつぶって思惟(しい)に耽りだす。

 しかし、今回は短かった。


「そうか……うむ、今のはすんなりと信じられる。人の敵は人。ああ、なんと皮肉なる真理であろうことか」


 彼は、脱力したように肩の力を抜くと、大きな溜息を吐き出して、どうしてか俺のことを見た。


「ベイル殿、であったかな。儂らローテアド海軍は、貴君らの要請に従い現海域を離脱、本国へと帰投することとする」


 ああ、そうか。

 俺が司令官なんだよな。

 そりゃあ、ネオンじゃなくて俺に言うよな、うん。


「だが、帝国侵攻作戦に関しては、直ちに中止するとは約束できん。察しはついておるだろうが、作戦は軍の一存ではなく、国として決定しているのだ」

「構いません。ですが、国に帰り、戦争中止のために関係各所に働きかけるという言質だけは、この場で取らせていただきます」

「うむ。それはしかと約束しよう」


 深々と頷くモーパッサン提督。

 その言葉を待っていたのか、ネオンが瞳を赤く光らせた。


「では、今の約束の一助として、こちらからも贈り物をさし上げましょう」


 作戦室にアミュレット兵が入ってきた。

 手には、何かの機材を抱えている。

 士官たちが何事かと身構えるなか、アミュレット兵はトランク・ケースくらいの大きさの機材を机の上にゆっくり置いて、そのまま静かに退室していった。


「これは……?」

「通信機という、離れていても直接我々と会話ができる装置です。携行式ですが、卓上設置型なのでやや大きめ、しかし、長距離通信接続が可能で、我々の基地からローテアド王国までをカバーできます」


 とにかく国内を押さえ込め。

 どうしてもできず、不都合なことが起きたなら、直ちにこちらに連絡しろ。

 贈り物の通信機には、そういう意味が込められている。


「……格別の配慮に感謝する。当方も最大限の努力を改めて約束する。ついては、信頼できる部下を数名、貴君らの国に残すこととしたい。食糧などは持参するゆえ、貴君らを煩わせることはない」

「我々を妨害しないのであれば、一向に構いません。その者たちが暮らす住居も、こちらで提供しましょう」

「重ね重ね、感謝してもしきれんな。では、この任務、引き続き(・・・・)ランソン隊に任せることとする」

「……は?」


 まさかの展開に、思わず声が出てしまったケヴィンさん。

 これは間違いなく貧乏くじだと、慌てふためいて反論した。


「お待ちください提督! 私の部隊は偵察任務に就いていたうえ、直前まで捕虜に――」

「儂らは本国で王や議会に作戦延期を認めるよう働きかけねばならん。ケヴィン=ランソンよ。おぬしらの部隊はこの地に留まり、有益な情報を蒐集(しゅうしゅう)し、逐一(ちくいち)報告するのだ!」


 一兵士の反対意見など、国家存亡の危機を前にしては、聞き入れられるはずもありませんでしたとさ。


***


「あんの狡辛(こすから)狸爺(たぬきじじい)が。ろくでもねえ任務を言い渡しやがって」


 この町に駐留し、国内の政治工作に仕える情報を集めよという、最重要任務を与えられたケヴィン隊長以下12名。

 敗戦という辛酸を味わわされて、そこに留まれというのもさることながら、公然とスパイ活動をせよという意味をも併せ持つ、至って無茶苦茶な命令だ。

 しかもそれを、さっきまで戦っていた俺たちの前で堂々と命じるんだから、モーパッサン提督もとんでもない胆力の持ち主である。


 まあ、食糧だけじゃなくて衣類なんかも定期的に届けてもらえるらしいし、こちらも少しくらいの援助はしてあげてもいいということになり、彼らは町に居住することになったのだ。

 一応、表向きは。


「だいたいなあ、てめえら、最初から俺らをここに留めておくつもりだったんだろ。聞き分けがいいどころか、通信機械まで渡したりと、用意が周到すぎるだろうが」

「さて、どうでしょう。単に、戦闘のために持参していた装備のひとつだったかもしれませんよ」

「はっ、言ってやがれ。不満こそあれ、こっちも任務だ。存分にスパイ活動をさせてもらうから、覚悟しておけ」

「別にこちらは妨害も排除もいたしません。なぜなら――」


 ネオンの瞳が仄かに赤く光を発する。

 同時に、町の上空を哨戒していた飛行ドローンたちが、ケヴィンさんの直上に集まり球体状の編隊を組んだ。

 数十機の小型ドローンが作り上げた大きな球の陣形は、まるで、一つ目巨人の目玉のように、異様な気配でケヴィンさんのことを見張っている。


「――侵入者を捕虜にしておくのも、正式に住まわせておくのも、なんらの違いはありませんから」


 裏切りやスパイのリスクなんて織り込み済み、直ちに発見できる監視警戒態勢も敷いている。

 少し前に、シルヴィも言っていたことだ。


「へっ、警邏(けいら)は万全だから、逃げられやしねえってか?」

「逃亡したところで追うつもりはありません。こちらに害ある行動をしない限り、自由に出入りしていただいて結構です。もっとも、害ある行動は未然にすべて潰しますが」


 射竦(いすく)めるように睨み合うネオンとケヴィンさん。

 数秒の間、緊迫した空気が現場に流れた。

 が、先にケヴィンさんが視線を外して、頭をガリガリとかき始めた


「けっ、本当に路傍(ろぼう)の石っころだな、俺たちの扱いは」


 悪態をついているものの、それほど気に病んでいるふうはない。

 むしろ、ネオンが自分たちをどう思っているか読んだ上で、あえて絡んできていると解するべきだろう。

 自国に有利な情報を引き出して、モーパッサン提督に届けるために。


「でもさ。あんたはどのみち、任務がなくても残っただろ。アンリエッタのためにさ」

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[良い点] ケヴィンさん有能すぎる中間管理職でもっと応援したくなる [一言] ファフリーヤちゃんかわいい
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