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9_02_停戦会談

「映像? 配信? 彼女は何を言っているんだ、ケヴィン=ランソン?」


 ネオンの告げた決定事項に、頭の上に疑問符を浮かばせるモーパッサン提督。

 が、問われたケヴィンさんにしても、当然わかるはずがなく。


「えー、その……それについては、あちらの司令官殿が、とてもとてもわかりやすく詳解してくださいます」


 彼はススッと、それはもう軽やかに身を引いた。

 くそう、丸投げしやがったな。

 俺だって、うまく説明なんてできっこないのに。


「ええっと……そうだ、ここは論より証拠。実際に見ていただいたほうが早いでしょう。てことでシルヴィ、何か適当に頼む」


 咄嗟(とっさ)の思いつきで、ヘッドセット越しにシルヴィにお願いしてみる。


『はいはい。アンタも丸投げしてるじゃない』


 (あき)れ声のシルヴィは、俺たちの傍に飛翔ドローンを移動させると、立体映像を空中に投影して、画面を次々に切り替えた。

 どうやら、アミュレット兵や監視ドローンのカメラが捉えている風景であるらしい。


『はい、これが今の艦内の様子。こっちは艦を上空から撮影した様子。最後が、ここにいる人間の顔よ」


 最後の画面に切り替わった瞬間、自分の顔が映しだされたモーパッサン提督が、吃驚仰天(びっくりぎょうてん)して仰け反った。

 その様子も、しっかり画面に映っている。


「う、ううむ……驚かされたわい。確かに儂の顔、しかし、鏡ではない。その前の絵も、間違いなく旗艦インゲボルグの内観だった……」

「こんな具合に、離れた場所の様子を自在に映し出せるんです。話し声も伝えることができるので、会談の様子を乗組員全員に見ていただけます」


 いかにも知っていましたという(てい)で、饒舌(じょうぜつ)になってしゃべる俺。

 モーパッサン提督は、画面を覗き込みながら、更に「むむう」と低く(うな)った。


「しかしのう。こういう重要な話を、一般の兵士が見ている前で、というのはだな……」


 煮え切らない口ぶりの老提督を、ネオンが一刀両断にかかる。


「『会談の過程を見られることは上層部の沽券(こけん)に関わる』、などと憂慮(ゆうりょ)されているのであれば、ご心配には及ばないでしょう。ローテアド軍(あなたがた)の敗戦は、戦略戦術の巧拙(こうせつ)を問わず、兵士ひとりひとりの軟弱さゆえの必定(ひつじょう)だったのですから。この敗北を理由に、提督が会談の場でいかに劣勢に立たされようとも、文句を言える立場ではないはずです」


 あまりにも()()けな物言いに、提督は思わず苦笑を漏らした。


「そう、いじめんでやってくれ。海兵諸君は訓練通りの最高の働きをしてくれた。此度の敗北は、指揮官たる(わし)に全責任がある」


 諦観したようで、その(じつ)、覚悟を決めた老将の精悍(せいかん)なる面差(おもざ)しと声は、軍艦内に配置していたドローンによって、すでに海兵たちの目と耳に届いていた。



「我々からの要求はひとつです。ラクドレリス帝国への進攻作戦を放棄して、国に篭っておとなしくしていること」


 場所を彼らの旗艦インゲボルグの作戦室に移した俺たちは、会談に参加したローテアド海軍の上位階級者たちに、唯一にして絶対の要求を突きつけていた。

 提督を始め、歳も階級も遥かに高い人たちの集まりのなか、若輩者の俺は、ますます場違い感に包まれて縮こまっている。

 会談を取り仕切っているのは、もちろんネオンだ。


「……本当に、それだけで良いのか?」


 拍子抜けしたかのように、ポカンとした顔で確認してくるモーパッサン提督。

 臨席した護衛艦の艦長たちも、同様の表情をつくっている。

 大勢の部下の命をなんとしてでも救わんと身構えていた彼らは、盛大に肩透かしを食らって、自身の耳を疑っていた。


「戦後賠償など、最初から求めるつもりはありません。そもそも正式な戦争などではなかったのですから。ですが、我々の邪魔になるようならば、敵性国家と認定し、帝国ともども蹂躙するまでです」


 母国の危機に、彼らの顔つきが再び険しいものへと変わる。


 ただ、ローテアド王国を蹂躙するというのは、半分本気だけど、半分はハッタリみたいなものだ。

 なぜなら、ネオンは必要に迫られた場合を除いて、人類を殺戮(さつりく)するような意志は持ち合わせていないのだから。


 彼女の行動目的は、大きくふたつ。

 今の人類を新人類へと進化、いや、昇華させること。

 そして、新人類のための新国家を樹立して、コールド・スリープで眠りについた者たちを呼び覚ますこと。

 すなわちネオンは、人類の復興と繁栄を至上目的としているのだと、俺はそう解釈している。


(ただし、その目的の軸となる考え方は、あくまで新人類だけ(・・)を第一義としているみたいだけど)


 目的達成の過程(プロセス)として、ネオンは現文明の既存国家に対して戦争をしかけて、国という枠組みを破壊するという方針を打ち立てている。

 旧人類の文明社会を、根本から否定しているのだ。


(新人類ってのがどういう存在なのか、いまいちピンときていないけど……)


 単に、ナノマシンに適応できた人間、というだけではないはずだ。

 何か、今の人類とは決定的な違いがあるのだろう。

 生物的な構造変化か、それとも、精神的な超越か。

 ひょっとしたら、現文明の文化や思想などは、新人類にとってはひどく低次元な事象に過ぎなくて、だからネオンは革新しようとしているのか?

 あるいは、道徳や倫理感も、ともすれば、人の存在意義にいたるまで――


(……っと、いけないいけない。思考が()れ過ぎてるぞ。会談の方に集中しないと)



 深みにはまりそうになっていた考えを一旦破棄して、目の前のことに意識を向け直す。


 作戦室の中では、モーパッサン提督らが緊迫と焦燥の()()ぜになった面持(おもも)ちで、ネオンの要求を検討していた。

 そも、帝国との戦争を今この場で中止決定する裁量権(さいりょうけん)なんて、彼らは持ちえていないのだ。

 決定権を有するのは、当然ながら国王であり、さらに、国王に決定を翻意(ほんい)させようとするからには、発言力の強い貴族に働きかける必要もある。


(戦争への道を選ぶのにだって、かなりの政治的な根回しや衝突があったんだろう。それを盤面(ばんめん)からひっくり返すとなれば、国内の反発はさけられない)


 帝国に戦争を仕掛けられないことで、ローテアド王国に与えられるメリット、被るデメリット。

 少なくとも、差し引きでは絶対にプラスになどなりはしない。

 メリットなんて、俺たちに直ちに国を滅ぼされないという、大きなマイナスがなくなるだけなのだから。

 デメリットだけが宙ぶらりんになってしまう状況で、先の戦闘を見ていない王侯貴族たちを、いかにして納得させようものか。

 モーパッサン提督は、重々しい雰囲気でネオンに尋ねた。


「我々が退くのは、もはや、やむを得まい。その代わりに……などと申し上げられる立場ではないのだが、貴君らが帝国を攻める時期を、およそでいい、教えてもらえないだろうか」

「残念ながら、明言はできません。当面は準備期間にあてねばならないとだけ回答しておきます」


 帝国の敗北時期がわかれば、国内の説得材料になる。

 そう見込んだ提督の問いは、空振りに終わった。


「我々には我々の行動指針がございます。ローテアド国内の押さえ込みに必要ならば、記録映像の提供程度はいたしましょう」


 今しがたの戦闘の映像を渡す用意があるとネオン。

 投影機材も貸し出すので、これをもって脅威と技術力を同時に証明せよと彼らに告げる。

 しかし、モーパッサン提督は渋い顔だ。

 戦争の最前線を知らないお偉いさんを納得させる材料には、これでも弱いと懸念している。


「差し出がましい聞き方になってしまうが、準備など、本当に必要なのかね? 儂らは今日の戦いしか知らぬ身だが、それでも、貴君らが帝国進攻に時間を要さねばならんとは、どうしても思えんのだよ」


 彼の推測は(おおむ)ね当たっている。

 俺たちはラクドレリス帝国に戦争を仕掛ける、これはもう決定事項だ。

 やろうとすれば、今日これからでも帝都を陥落させられる武力が、セカンダリ・ベースにはあるはずだ。

 だけど、それは今すぐにじゃない。

 もっと言えば、他のどの国に対してだって、宣戦布告するには時期尚早なのである。

 その理由は――


僭越(せんえつ)ながら、提督。おそらく彼女らの倒すべき敵は、帝国だけではない、ということなのかと」


 折衝(せっしょう)苦慮(くりょ)する提督たちに進言したのは、室内に控えていたケヴィンさんだ。

 彼は、最も俺たちを知っているローテアド軍人として、この会談に同席させられていた。

 現場の兵士でありながら、敗戦後の国の未来を占う重要な場で上層部に意見を述べるという、あまりに重大な役割を負っている。


「はっきり申し上げて、先方の有する軍事力は異常の一言。会談前にあちらの司令官殿も申していたように、大陸の全国家を相手取ろうとも勝利できるであろう武力が、現実として存在しています。これは提督も……いえ、艦隊の海兵全員の心に、脅威として刻み込まれているとおりです」


 言葉を選びつつ、私見を語るケヴィンさん。

 そう、これはあくまで私見なのだ。


「ならば、なぜその武力で今すぐに帝国を攻撃しないのか。憶測ですが、この軍隊には、他に戦わねばならぬ強大な敵が存在するのでしょう」


 ネオンたちの文明を滅ぼした敵。

 終焉戦争を引き起こした黒幕。

 このことは、ケヴィンさんには教えていなかった。

 いや、偵察部隊の人たちはおろか、ファフリーヤたち西大陸の民にだって言っていない。

 なのに、彼は洞察力だけで、俺たちの、いや、ネオンの背景に辿り着いてしまった。


 提督さんや士官たちの視線が、俺とネオンに集中する。

 ネオンは静かな声で、ケヴィンさんの語った見解を肯定した。


「隠しだてするほどのことでもございません。今ここで、我々の背景をお教えしましょう。信じる、信じないの判断は、ご自由になさって頂いて結構です」

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