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9_01_敗軍の将

『敵艦より降伏の意思表示がされちゃったわ。どうするネオン?』


 旗艦インゲボルグから上がった白旗を見て、ネオンに指示を仰ぐシルヴィ。

 こころなしか、まだまだ暴れ足りなげな雰囲気が、声色の中に見え隠れしている。


「スピアーグレイによる蹂躙(じゅうりん)を停止。直ちにドローンによる勧告を実施。航空輸送機ヴェストファールを発進させ、敵艦隊甲板にアミュレットFタイプを投下してください」


 てきぱきと紡がれていく命令に、脇にいたケヴィンさんが慌てだした。


「お、おい! まだ何かする気なのか!?」

「いえ、もう戦闘は終わりました。前言の通り、艦隊を拿捕(だほ)するためにこちらの兵士を送り込みます」


 ネオンの手のひらから、立体のモニター画面が浮かび上がる。

 空撮ドローンからの映像らしい。

 映っていたのは、少し離れた場所に着陸待機させていた3機のヴェストファール。

 離陸して、こちらに飛んできたヴェストファールは、ゴルゴーン部隊の上空を通り越し、艦隊の真上に近づくと、速度をゆっくり落としながら貨物室のハッチを開いた。

 中には、大量のアミュレット兵がずらり整然と並んでいる。


「アミュレットで編成した空挺部隊です。全機に降下用のフライト・バックパックを装備させています」


 3機の輸送機には、それぞれ30体ずつアミュレット兵が搭載されているそうだ。

 それらは通常のアミュレットとは違って、背中に円盤状の装備品を、背嚢(はいのう)のように背負っていた。

 と、次の瞬間、そのアミュレットたちが行進するように歩き出し、開いたハッチから次々に飛び降りた。


「お、おい、ネオン!?」

「問題ありません」


 垂直に落下していくアミュレット部隊。

 一定の間隔に連なって、海に向かって真っ逆さまに……いや、背中の円盤装備が青白い光を発し始めた。

 同時に、アミュレットの体勢も変わる。

 どうやら、円周部分の隙間から強力な風が噴出していて、噴き出す向きを自在に変えては、空中でアミュレットの姿勢を直立させた模様である。

 落下の速度もみるみるうちに緩まっていき、最後のほうなど、まるで羽毛のように、真下に浮かぶローテアドの軍艦へと、ふわりふわりと下降していた。


「何だよ、ありゃあ。空飛ぶ船ってのは聞いてたが、兵隊まで飛んでるじゃねえか……」


 唖然呆然と、その様子を眺めるケヴィンさん。

 甲板上の海兵たちも、空から着艦してくる鋼鉄の怪人(アミュレット)を、まさに仰天して見つめることしかできないでいる。


「アミュレットにはいくつかの換装用パーツや追加プログラムがございます。今回は、輸送機から海上の艦隊へと直接降下するための空挺用装備(バックパック)とプログラムを選択しています」


 ゴルゴーン戦車が様々な戦術コンテナを着脱可能なように、アミュレット兵も、作戦に応じて装備や技能を変更できるのだそうだ。


「ちっ。これも、『念入りに心を折る』ってやつかよ」

「確かに示威(じい)活動の一環ですが、艦体に損傷を与えない配慮でもあります。あの高度ならば、アミュレットは無傷で着地できるのですが、艦の甲板が傷んでしまいますので」


 まあ、金属の塊が落下してくるわけだもんな。


「艦内を掌握次第、旗艦インゲボルグを接岸させます。向こうの提督とやらに話をつけますので、司令官、準備してください」

「ああ、うん。やっぱり俺の役割なんだよな、それ……」


 気が重い。

 非常に重い。

 かたや、一国の海軍艦隊の提督と、かたや、従軍予備学校から切り捨てられた兵士未満。

 経歴には歴然たる差しかなく、そんな敗軍の将(あいて)に、俺は対等以上の立場から物を言わなければならないのである。


 ・

 ・

 ・


「お初にお目にかかります。あなたがモーパッサン提督で、お間違いないですね?」


 艦内に送り込んだアミュレットたちは、軍艦を占拠したのち岸壁まで接岸させて、数人の士官を外に連行してきた。

 そのうち、一番豪勢な身なりをした老将官に、俺は慇懃(いんぎん)に確認をとった。


「いかにも。(わし)がこの艦隊の指揮官、シャルル=ド=モーパッサンである」


 威厳ある声色が、先刻まで戦場だった海岸に静かに染み入る。

 頭髪も(ひげ)も真っ白で、かなりお歳を召されていそうなのに、体格はガッチリしていて上背もあった。

 顔つきも下手な兵士より遥かに勇壮で、まさに老練の将といった風格の人物だ。


「降伏した身で不躾(ぶしつけ)ではあるのだが、貴君らの軍の指揮官にお目通り願いたい」

「あ、それ、俺なんです」

「ぬ?」


 その勇壮な顔の眉間に、大きく(しわ)が寄る。


「司令官のベイル=アロウナイトと申します。こちらはネオン。海岸に布陣した軍勢の指揮は、我々が()っていました」


 厳密には、兵器を動かしていたのはシルヴィなんだけど、わざわざ相手を混乱させることはない。

 話をスムーズに進ませるため、俺はケヴィンさんにも説明をお願いした。


「提督。色々と信じられないでしょうが、彼の言っていることは真実です」

「おお、無事のようだな、ケヴィン=ランソン」

「はっ。偵察任務中に彼らと遭遇、交戦し敗北しました。現在は部隊全員が捕虜となっております。拘束されていない理由については、決して温情的措置によるものではありません」


 敗戦に次いでもたらされたバッド・ニュースに、士官たちの顔が一斉に陰った。

 しかし、モーパッサン提督の顔色には、反対に若干の気配の緩みが感じられる。

 おそらく、捕虜にされたとはいえ偵察部隊全員が無事であることと、かつ、その情報が制限されていないこと、なにより、温情ではない理由で捕虜を自由にしているということから、敵は自分たちを取るに足らない路傍の石としか見ておらず、少なくとも、直ちに兵士が殺害されることはないと思ったのだろう。


 これは、端的かつ適確に情報を伝えたケヴィンさんのファイン・プレーであり、同時に、こちらの思惑通りでもあった。

 『機嫌を損ねさえしなければ危害はない』という、いわば条件付きの安全保証を相手に与えた訳だけど、そういう状況は、交渉においては攻めの思考の妨げになる。

 とはいえ、老提督の表情には依然として濃い警戒の色が浮かんでいて、負け戦後の不利な交渉でありながら、一筋縄ではいかない駆け引きを打ってきそうな雰囲気があった。


「しかし、この歳で司令官とはのう」


 隣の士官がビクリと震えて提督を見向いた。

 敗れた側が、その戦闘直後に露骨に悪態をつくというのは、駆け引きにしたって薄氷を踏み過ぎている。

 ここでも、ケヴィンさんが情報を端的に提供した。


「本人が『お飾り』だと認めていましたが、驚いたことに、彼らは命令系統や部隊人員なしでも成立する軍隊組織であるようです」


 身も(ふた)もない言い回しに、別の士官もギョッとした目になった。

 ……ケヴィンさんも、大概に度胸の塊だよなあ。

 でもまあ、後半部分の解釈は、言い得て妙、ってやつだと思う。

 兵器の出動に承認プロセスが必要ではあるけれど、司令官(おれ)がネオンに唯々諾々(いいだくだく)とやっているせいで、形式上だけのものになっちゃってるし。


「ふむ……君の言いぶりからして、やはり彼らは帝国の軍人ではないのだな?」

「そのようです。むしろ、敵対関係にあると言えるでしょう」


 ここからは、再び俺が説明を引き継いだ。


「帝国に(しいた)げられた者を集めて、ターク平原の中に国を築いています。まだ集落程度の人口規模ですが、軍事力に関してならば、この大陸の全国家を敵に回しても、勝利をもぎ取れます」

「……先の戦闘を(かんが)みるに、大言でも壮語でもないようだのう」

「もちろんです。わざと艦隊を呼び寄せて攻撃させたのは、戦闘に持ち込むことこそが、我が国がもっとも有利に事を運ぶ手段だからです」

「では、(げん)に勝利し優位に立った貴君らは、我らローテアド海軍に何を望む?」


 柔和な言葉とは裏腹の、ギラリという眼光が俺を射抜く。

 断固飲めない要求を通さば、この場で相討(あいう)つ覚悟があると、老兵の瞳は語っていた。

 思わず俺は、ゴクリと生唾を飲み込んでしまう。


(これが、本物の指揮官の格ってやつか……)


 相手に呑まれつつある俺を見かねたのだろう、控えていたネオンが口火を切った。


「差し当たりましては、これから停戦会談を実施します」


 突然、俺から場を預かった少女に、怪訝(けげん)な顔をするモーパッサン提督。

 すかさず、ケヴィンさんが近づいて耳打ちした。


「彼女が、この軍の実質的なトップです」

「むむ? こんなうら若き女性がか?」

「何度か話をしましたが、おそらく、あれは人間ではありません」

「なんと」


 全部、丸聞こえなんだけどね。

 もっとも、ケヴィンさんも当然それを承知で情報を伝えて、交渉がスムーズに進むよう計らってくれているのだ。

 彼はあくまでローテアドの兵士だけど、ここで話がこじれることは、自国の未来に絶望をもたらすと身にしみて理解している。


「会談とは銘打ちましたが、こちらの要求を一方的に突きつける場となりますので、ご了承ください」

「これはこれは、初手から手厳しいのう」

「また、会談の様子は、艦隊の全兵士に向けて中継放送します。リアルタイム映像をドローンを使って配信しますので、そのおつもりで」

「……なんじゃと?」

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