8_09_制圧戦④/圧倒的軍事力
『ゴルゴーン全機、各敵艦の周囲海面を砲撃! 連続射出のインターバルは2秒! 断続的に掻き回すわよ!』
直後、海が爆ぜた。
そうとしか思えないほどの巨大な水しぶき、いや、水柱が、そこいらじゅうからいくつも上がった。
ゴルゴーン部隊が、出力を高めたAGNI弾頭徹甲榴弾を艦隊の周りの海に次から次へと撃ちこんで、海中で大爆発を起こしているのだ。
もちろん艦への直撃は避けているけれど、艦隊の周辺海域は魚も泳げないほど波が荒立ち、天に上った海水が大雨のように打ちつけて、さながら嵐の海域を作り出している。
艦体は大波にぐらぐらと揺さぶられ、陣形を維持するどころか、まともに航行することさえ困難になっていた。
「た、隊長! これでは、甲板上の兵士たちが――」
「いや待て、旗艦インゲボルグが反転してくるぞ」
暴力的に荒れた海にも怯まずに、大型艦が、三度海岸線へと舵を切った。
他の護衛艦が大波に翻弄されているにもかかわらず、最大船速でゴルゴーン部隊に迫っていく。
『あいつら、まだ頑張ってるわよ』
「被弾覚悟で接岸するつもりのようですね。艦から降りて白兵戦ならばと、淡い希望に縋っているのでしょう」
『愚かね』
俺としては哀れでならない。
囚われている12人の兵士のために、彼らは貴重な軍艦を失う危険を犯してまで、最後まで圧倒的な敵に戦いを挑んでいる。
単に、この戦場からは脱出不可能という判断をしただけなのかもしれないけれど、それでも、これを勇敢と呼ばずにいられようか。
『どうするネオン? 面倒だし、1隻くらい沈めちゃう?』
「こちらが妥協する必要はないでしょう。もっと念入りに心を折ればいいだけです」
その勇敢な兵士たちに、ネオンはとどめの一撃を放つつもりでいる。
俺を見向いた彼女の手のひらには、いつもの青い球体が浮かんでいた。
「というわけです、司令官。彼らから抵抗の意思を完全に摘むため、【スピアーグレイ】の使用を許可願います」
「……承認する。無傷でいけるんだよな?」
承認してから確認するスタイルの流され司令官、俺。
「もちろんです。この文明の人間ならば、今のところ6分の5の確率で、見るだけで震え上がるというデータがございます」
6人中、5人が震え上がった……?
「なあ、それって――」
「来ましたよ」
聞き返す間なんてなかった。
何かが上空を、視認できない速さで飛んでいった。
そして、数秒してから、ゴオ、という爆音が地上にいる俺たちの耳をつんざいていく。
「い、今のやつ、飛び越えてった後で音が――」
『当然でしょ。音速を超えてるんだから』
さらりと流すシルヴィ。
視認できなかった何かは、細長い投槍のようなシルエットだけを遥か高空に浮かばせて、とんでもない速度で大きな弧を描き待機している。
「地表への衝撃波を避けるため、高高度にて旋回させています」
「ま、待ってくれネオン。承認してから数秒しか経ってないのに、アレはどっから出てきたんだ?」
「もちろん第17セカンダリ・ベースの格納庫からです。マッハ5に加速しながら航行してきましたので、どちらかというと、発進までのプロセスに時間を取られていますね」
「マ、マッハ?」
これには俺も混乱させられた。
それなりに慣れてきたつもりだったけど、久しぶりに目の前の事実に頭が着いてかない状況に陥っている。
偵察部隊の皆さんなんて、半数以上が腰を抜かして震えていた。
「戦略偵察機【スピアーグレイ】。【VPF−6エンジン】を搭載した、高高度高速偵察任務のための機体です」
紹介されるのを待っていたかのように、スピアーグレイと呼ばれた航空兵器は、高い空から海面まで、刹那のうちに下降してきた。
瞬間、海の上には物凄い高さの水しぶきの壁が伸びていく。
着水寸前で水平飛行に移行したスピアーグレイは、超高速の衝撃波で海を引き裂きながら、一瞬で旗艦インゲボルグの真横を通過した。
「総員、何かに掴まれぇ!」
衝撃波と荒波を横腹に受け、ぐらりと傾く大型軍艦。
振り落とされまいとする叫び声がここまで届き、その必死の海兵たちに、高く上がった水しぶきが暴雨のごとく降り注ぐ。
甲板上は、もはや阿鼻叫喚の地獄の世界と化していた。
あまりの光景に、ケヴィンさんが思わずトレーラーから身を乗り出して叫んだ。
「お、おいっ、艦を沈めるつもりか!?」
『そんな訳ないでしょ』
必死の叫びを、シルヴィの呆れた声が軽くいなす。
『ちゃんと転覆しないよう計算してるわ。ほら、もう1回いくわよ』
「バカ待て!」
無論、敵兵の静止など聞くシルヴィではない。
再び、スピアーグレイが流星のように落ちてくる。
白いしぶきが城壁よりも高く上がって、大時化のように海を荒らした。
もはや、縦一列の艦隊戦術もなにもない。
5隻の軍艦は、ぐわんぐわんと大波に揺られて、散り散りに翻弄されている。
「な、なあネオン。あれって、本当にBランク以下の兵器なんだよな?」
「もちろんです。セカンダリ・ベースの外で使用承認手続きが可能な兵器は全てBランク以下。スピアーグレイもその例に漏れず、兵装ランクBの航空戦力です」
わかっているけど、全く信じることができない。
『たかだか極超音速じゃない。それも、ギリギリでマッハ5を出してる程度の兵器だし、Bランクくらいが妥当でしょ』
当然だと言わんばかりのシルヴィ。
この言い方って、あれより上のスピードを出す兵器もあるってことだよな?
一体、何と戦うつもりだったんだろう、彼女たちの文明の軍隊は。
「ギリギリとは申しましても、スピアーグレイは旋回性能に秀でており、マッハ5を維持したままで複雑な空中戦闘機動が可能です」
「エアー……何だって?」
『せっかくだし、お披露目しておこうかしら』
余計なことを聞いちゃったかと思ったけれど、後の祭り。
スピアーグレイは極超音速を保ったまま、高空から低空に、あるいは逆方向に、旋回したり宙返りしたりと、ぐにゃぐにゃびゅんびゅん飛び回っては、衝撃波で海を波立たせ、艦隊を弄んでいる。
もちろんこれも、艦を沈めないよう計算されているんだろうけど、見つめるケヴィンさんたちはハラハラと気が気じゃない様子だ。
「あの飛び方って、自身への風の抵抗も凄いんじゃないか?」
『風圧もそうだけど、断熱圧縮による機体表面の温度上昇が凄まじいわよ。あまりに高温になるから、それに耐えられる特殊合金じゃないと、機体が一瞬で爆発しちゃうんだから』
なにそれ、超怖い。
「とはいえ、そんな問題を抱えていたのは何世代も前の兵器です。現在のセカンダリ・ベースに配属されている高速兵器には無縁の話ですので」
呑気に会話しながら戦場を見つめている俺たちに、小刻みに震えたケヴィンさんが質問してきた。
「お、お前らの軍の戦闘は、いつもこんな訳わかんねえことをやってるのか?」
「だから言ったじゃん。『理解できたつもりになっておくくらいが丁度いいんだ』って」
しばらくの間、スピアーグレイは解き放たれた猟犬のように、高速で獲物を甚振り、蹂躙し続けた。
旗艦インゲボルグの甲板から、大きな白い旗が振られるまでに、そう時間はかからなかった。




