8_05_秘密裏の交渉 下
「あなたがたの母艦を拿捕します。自国の最強戦力が無力化される姿をみて、自らの傲慢を悔いてください」
「ど、どういうことだ!?」
冷徹なネオンの宣告に、虚勢を張っていたケヴィンさんは顔色を失った。
「交渉決裂です。こちらの提示した条件を呑まないと言明している捕虜に、これ以上の慈悲を与えるつもりはありません」
ネオンは彼に背を向けて、「戻りましょう、司令官」と部屋の出口に歩いて行く。
ケヴィンさんは、しくじったか、とばかりに奥歯を噛みしめ、手足を震わせた。
が、数秒後には表情を取り戻し、拳を握って、俺たちに毅然と吠え叫んだ。
「確かに俺の部隊は敗北した! だがな! ローテアドの艦隊が、旗艦インゲボルグが、そう簡単に沈むと思うなよ!」
「そのようなことはいたしません。沈めてしまえば、おとなしく国に帰っていただくことができなくなりますから」
「……あ?」
決死の慟哭は、ネオンによって明後日の方向に流されてしまう。
困惑につぐ困惑に、ケヴィンさんは訳も分からず、ただただ狼狽えることしかできないでいた。
さすがに少し、気の毒だ。
「まあ、そういうことだよ。こっちのデメリットを考えると、撃沈ではなく拿捕じゃないといけないんだ」
憐憫の情にかられた俺は、こちらの意図を少しだけ仄めかした。
段取りとしては、教えるのはもう少し後のはずだったけど、ヒントくらいだったらネオンも許して……くれるだろうか?
「お、おいっ! 本当にどういうことなんだ!?」
が、ケヴィンさんはヒントではなく真意を明かせと、俺に飛びかかってきた。
もっとも、襟首を掴もうとしたその瞬間に、待機していた医療用アミュレット兵が戦闘モードに移行して、彼を取り押さえてしまったけど。
「教えろ! ローテアド海軍はどうなる!?」
床に押さえつけられながらも、必死の形相で叫び続けるケヴィンさん。
「噛み砕いて説明すると、『まずは模擬戦をしませんか?』ってことかな。もちろん本物の武器を使うし、模擬戦だなんて伝えないけど」
結局、俺は真相を明かすことにして、結果、彼の口は叫んだままの形で固まり、しばらくしてからこんなふうに動いた。
「……俺はさっきから、別の世界の人間と話をしてるのか?」
惜しい。
正解は、別文明のAI人格と、新人類になりかけの中途半端な青二才だ。
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「つまり、だ。お前らは、ローテアド海軍に本気で攻めさせておいて、それをコテンとあしらっちまおうって作戦を立てている……ってことなんだな?」
「うん、だいたいそんな感じ。コテンで済めばいいなってのが、俺の偽らざる感想だよ」
そう。
俺たちは、彼らの本隊に対しても示威目的の攻撃を仕掛ける作戦計画を立てている。
隊員たちの記憶から読み取った情報によれば、大型艦1隻と、その護衛艦4隻が決まった時間に沖合に待機していて、万が一のときは、彼らの支援や救出にあたる手筈になっているらしい。
「信じられねえ話だぜ。色んな意味でな」
「だろうねえ」
困惑を通り越し、もはや呆れ果てているケヴィンさん。
手のひらで額を擦って、滲んだ汗を拭き取っている。
俺も、その心情にしみじみと共感。
その後で、いたく真面目な顔をつくって、彼の目を正面から見据えた。
「そちらの兵士には絶対に死者を出さないと約束する。ただ、彼我の戦力差を正しく理解してもらえるよう、ローテアド海軍にはその旨を伝えない」
俺の言葉を反芻しながら、ケヴィンさんは目をつぶって深く考えこむ。
背後では、部屋を出て行く素振りを見せていたネオンが、足を止めて、不機嫌そうな気配を俺にぶつけていた。
「司令官、教えてしまうのが早すぎます。もっと絶望の淵に沈ませて、本隊に知らせるために脱走しようとするところまで待つべきでした」
……まったく、この好戦的AI娘は。
「そこまで追い詰めなくたって、充分協力してくれそうな流れだっただろ」
「旧人類の捕虜など、懐柔ではなく恐怖で操ればよいのです」
意見の食い違いで揉める俺たち。
その様子を見て、ケヴィンさんが頭を抱えだした。
「こいつら、まさか本気なのかよ……」
が、この呟きが、再びネオンの虎の尾を踏んでしまう。
「聞きましたか司令官。彼はまだ『まさか』などと言っているのです。ここはやはり、我が軍の恐ろしさを徹底的に体と心に刻み込んでおくべきです」
「ダメだって。たかだか先遣隊を傷めつけたって、ローテアドの事情は変わらない。本隊を圧倒的兵力で叩くほうが、武力示威としても手っ取り早いんだからさ」
「無論、本隊は絶望的な戦力差を見せつけた上で降伏させます。その前哨戦として――」
「いや、だから、力ずくでなくとも言うことを聞いてくれるのなら――」
「ああ、もうわかった! 俺が全面的に間違ってた! そういうことなんだろ!」
やけっぱちのケヴィンさんの叫び声が、俺とネオンの口論に終止符を打った。
攻撃を宣言されている側の兵士が敵の仲裁に入るという、謎すぎる状況である。
「それよりだ。さっき言ってた『協力』ってのは何のことだ?」
「隊長さんには、ローテアドの艦隊を呼び寄せてもらうことになる。帝国の船に見つからないよう、タイミングはこっちで指示するから」
「……その口ぶりだと、緊急時の連絡方法についてもバレてるみてえだな」
「ああ。やってくれないなら、あんたたちを人質として海岸に並べて、俺たちが合図を行うことになる」
呼び寄せる場所は、彼らが上陸した西海岸のあの断崖地点。
広大なターク平原を挟んだ海岸線上なら、ドンパチやっても帝国の街からは何も見えないし聞こえない。
唯一、航海中の船舶にさえ見つからなければいいだけだ。
「ちっ、拒否権なんざねえじゃねえかよ」
彼は再び額に手を当て、捨て鉢にでもなったように天を仰いだ。
「身をもってわかってんだよ、てめえらの実力は。ローテアドの軍隊なんて目じゃねえことも、この戦闘を止めることができねえってのもだ」
彼の言う『この戦闘』とは、俺たちとローテアド軍との戦いとも、ローテアドと帝国との戦争とも、どちらにも受け取れる。
「そこの若造……いや、ベイルっつったか。お前さんの言うとおり、ローテアドが帝国を攻めなきゃならん事情はどう足掻いたって変わらねえ。たとえ、俺たち偵察部隊を犠牲にしてもだ。だから、戦いはするが殺さないと言っているのが、実際のところ、絶妙な妥協点だっていうのも判らない話じゃねえ。立場上は、断じて認めちゃならねえんだろうがな」
ケヴィンさんは、大きく息を吐き出すと、機密事項をしゃべりはじめた。
すでにバレてることだけど、自ら明かすことで、俺たちに協力する意向であると暗に伝えてくれているのだ。
「緊急時の脱出方法は用意してある。決められた日時に西海岸から合図を送ると、海軍の艦隊が俺たちのことを救出するため、最大船速で水平線から現れる」
「その情報はこちらも確認しています。しかし、あなたたちに知らせていないだけで、偵察部隊を見捨てるという選択肢があるかもしれません」
「そいつはねえよ。俺たちの部隊がもたらす情報は、帝国攻略の要だからな」
そして、彼の部隊には、どんな危険に曝されようとも誰かひとりは必ず生き抜き、確実に本隊に情報を届けるだけの力量がある。
「この話はよ、まだ他の連中にはしないでくれねえか。自惚れるつもりはねえが、何の情報も持ち帰れずに捕まるようなヘマは、おたくらみたいな怪物軍隊が相手じゃない限り、あり得ねえことだった」
「では、その怪物からプレゼントをさし上げましょう」
ネオンは紙よりも薄い透明なシートを取り出すと、ケヴィンさんに手渡した。
「皮膚貼付型のウェアラブル・デバイスです。薄く伸縮自在で、可視光線をほとんど遮らないため、傍目からは装着していることがわかりません。通信機能がありますので、手首にでも装着しておいてください」
「ウェアラ……なんだって?」
「腕に貼っておくと、離れていてもこっそり俺たちと話ができる道具だよ。たぶん」
投げやりな俺の補足説明に、ケヴィンさんが「おいおい」と呆れ返った。
「たぶんって、お前もわかってねえのかよ」
「理解できたつもりになっておくくらいが丁度いいんだよ。この怪物軍隊に身を置くならさ」
変な具合に達観している俺のことを、歴戦の軍人は複雑な表情で眺めている。
「お前よお、自分からいいように利用されにいってねえか?」
「それで目的が達成できるのなら、俺はそういう生き方に殉じるだけだよ」
何かを言おうとした彼の口は、しかし、それ以上動くことはなく、続くかもしれなかった会話は、ここでプツリと打ち切られた。
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