8_04_秘密裏の交渉 上
『おい、なんか光ったぞ。これで通信とやらができてるのか?』
「ああ、ちゃんと聞こえてるよ」
『うおっ!? 本当に声がしやがった』
「静かに。あまり大きな声を出すと、他の隊員さんたちにバレるって」
装着しているヘッドセットから、ケヴィンさんの声が響いている。
町の居住区へと戻った俺たちは、あのあと部屋に連行され、軟禁されたであろうケヴィンさんと、無線通信で話していた。
収容している12人のうち、隊長であるケヴィンさんにだけは通信機端末を渡してあった。
『すげえ技術だな、こんなに薄っぺらなのによ』
彼に渡したのは、皮膚貼付型ウェアラブル・デバイスとかいう、紙よりも薄い透明のシート状の端末だ。
音声通信ができるほか、発信機やバイタル・チェッカーとしての機能も有している。
潜入工作の時などに用いられるというこのデバイスを、彼は左の手首にずっと貼りつけていた。
このことは、他の隊員には知らせていないし、ケヴィンさんも教えていないはずだった。
「それで、用件は? 今しがたの愚痴を蒸し返したい訳じゃないんだろ」
『けっ、蒸し返してやりてえところだが、今回は勘弁してやらあ』
なお、極秘の会話をしている間柄ではあるんだけど、俺たちと彼との間の溝が埋まっていないのは演技ではなく本当のことだ。
ケヴィンさん個人の感情としては、俺たちとは話なんてしたくもないに違いない。
しかし、彼は11人の部隊員の命を預かる優秀なリーダーであり、同時に、国の命運を背負った誇り高き軍人でもある。
感情では受け入れられずとも、理屈のうえでは、また、戦略的軍略的な打算のうえでは、俺たちと一定の関係を築かなければならない責務がある。
だからこれは、持ちつ持たれつの関係などではない。
利用し利用され、あるいは、食うか食われるか。
彼は切迫した駆け引きを、強大な軍隊相手に打たねばならない使命を帯びている。
いや、すでに打ち合っているのだ。
『さっき、海岸線の調査が終わったと言っていたな。ということは……』
「ああ。船を接岸できそうな場所は全部確認したし、潮の流れもだいたい読み取った。結論としては、どこからどう攻められても、問題なく迎撃することができるってさ」
『ふん、吠え面をかくなよ……と言ってやりてえところだが、おたくらが言う以上、はったりでも、伊達や酔狂でもねえんだろ?』
「もちろん。ローテアド海軍との戦闘は、あんたたちの時と同様、いや、それ以上に一方的なものにするから、そのつもりでいてくれ」
そう、俺たちは、ケヴィンさんたちの故郷、ローテアド王国の海軍と一戦交えるつもりでいる。
それも、敵側であるケヴィンさんも了承のうえでという、ちょっと特殊な事態になっているのだ。
事の発端は、再び、ケヴィンさんが目を覚ました日まで遡らなければならない。
***
「お話は終わりましたか?」
隊員たちが、動揺していたアグリッパさんを落ち着かせ、かつ、ケヴィンさんに事情を説明しきったタイミングで、俺とネオンは再び留置所を訪れた。
部屋の中では、ケヴィンさんが警戒しながらも医療用アミュレットによる診察を受け、それを数名の隊員たちが見守っていた。
その数名の隊員を、ケヴィンさんは全員部屋の外に出し、まずは自分ひとりで話がしたいと要望。
ネオンもこれを了承した。
「……なんだ、その、さっきは部下が見苦しいところを見せちまったな。このとおり謝罪する」
立場の悪化を恐れたのか、それとも、さすがに外聞がよくないと思ったのか。
少し前まで興奮していたケヴィンさんは、やけにしおらしい態度になって、こちらに陳謝している。
「構いません。我々はあなたがたの見苦しい過去をすべて網羅していますから」
「そいつはつまり、俺たちが反抗の意思を捨ててないのも知っているってことだな?」
頷く俺たち。
加えるなら、ここからの脱出は考えているけれど、この国の民に危害は加えないと了解しあっていることもわかっている。
仮に人質を取ったり、殺害に及ばねばならないような事態になってしまうなら、その時は逃走を断念すると、彼は部隊員全員を納得させていた。
「ですが、アンリエッタの処遇については、意見が割れているようですね」
「……そのことに関して、あんたたちにも確認しておきたい」
ケヴィンさんは神妙な顔つきになって、反対に問い返してきた。
「もしも……いや、まだ仮定の話ですらねえんだが、アンリエッタがこの国に亡命を希望したら、受け入れることは可能か?」
「可能です。我が国は、もともと戦争難民を受け入れて規模を拡大する予定でした。亡命者も同様です。ですが……」
「ですが、何だ?」
「おそらくアンリエッタ本人は、あなた方に着いていくという意志を曲げないでしょう」
この町には、確かにアンリエッタの同胞たちが暮らしている。
でも、その中には、彼女の一族であるニジェ族はいない。
「同じ西大陸の民とはいえど、あくまで他部族。今の彼女にとっては、あなた方こそが家族であり居場所であるに他なりません」
「……そうか。まあ、俺自身はアンリエッタの意向次第だと思ってる。他の連中の意見は様々だ」
静かに笑みを零したケヴィンさん。
が、彼の顔はすぐに引き締まる。
「しっかし、難民を受け入れる予定とは、おたくらも本気で帝国と戦争をするつもりでいるんだな」
「無論です。今はそのための準備期間。この場所を帝国に知られる訳にはいきません。あなた方には、このまま母艦へと戻り国に帰るか、それとも拘束され続けるか、ふたつの選択肢がございます」
そう、ここからが本題なのだ。
偵察部隊の今後の処遇と、それによってローテアド軍が被る損害。
どちらも捨てることのできないケヴィンさんは、この折衝で、なんとかしてこちらの譲歩を引き出さねばならない。
「ひとつ目の選択肢だが、俺たちを無事母艦に戻してもらえるとして、条件は?」
「ローテアド軍の帝国侵攻作戦を、直ちに中止していただきます」
要するに、俺たちの邪魔をしないでくれっていうことだ。
ケヴィンさんには、軍の上層部を説得してもらうか、もしくは、なんらかの虚偽の報告をしてもらう。
もちろん、俺たちや町のことは秘密にしたうえで。
できないなら、解放せずに軟禁を続けることになる。
そう告げたところ、ケヴィンさんは、ニヤリという不敵な笑みを口元に浮かべた。
「みっつ目を選ばせてもらおうか」
「……どういうことでしょう?」
「俺たちローテアド軍との、共同軍事作戦を――」
「却下します」
彼の起死回生の提案は、ネオンによって撥ねつけられた。
「我が国に、他国との軍事同盟など不要です。不利益こそ被れど、得られるものは何ひとつとしてありません」
「敵の敵が味方とは限らねえか。まあ、道理だ。だがな、ラクドレリス帝国という強大な相手に挑む以上、戦力はいくらあってもいいはずだろ?」
「ゴルゴーン単機にさえ勝てないあなた方を戦力に数える道理はございません。我々が帝国軍を蹂躙し終えるまで、国に篭っておとなしくしていてください。そうすれば、ローテアド王国には危害を加えません」
「強気なことだな。陸じゃあ負けたが、海戦ならわからねえぜ?」
冷たくあしらうネオンと、なおも食い下がるケヴィンさん。
尊大な態度をみせているが、彼の額には、玉のような大粒の汗が浮いていた。
(命懸けの虚勢……この人は今、国を守ろうと必死に戦っている)
帝国に対する自軍の勝率を上げ、かつ、俺たちという脅威からも自国を守る。
そのために彼が辿り着いた答えが、国家間の軍事同盟。
一介の軍人でありながら、それも捕虜という立場でありながら、命を賭して俺たちとの協定を成就させようと、孤軍奮闘しているのだ。
「どうやら、最低限の示威行為だけでは何もご理解いただけなかったようですね」
だが、そんなケヴィンさんの一世一代の大立ち回りは、虎の尾っぽを踏んでしまう。
無感情なネオンの、氷のように冷たい声が、この場の空気を凍らせた。
「あなたがたの母艦を拿捕します。自国の最強戦力が無力化される姿をみて、自らの傲慢を悔いてください」




