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8_03_捕虜の処遇 下

「どういうことだ! サインがバレてるだと!?」

「どうもこうも、文字通りなんですよ。俺らの考え、作戦内容、過去の行動にいたるまで、総てを見透かされてます」


 険しい顔で愕然と問いただすケヴィン隊長に、部下たちが仔細(しさい)を報告する。


「この留置所の中には、脳波干渉試験とかいうための道具が仕掛けられてるそうです。俺らの脳みそってのは、物を考えたりするときに脳波とかいうよくわからんものを発してるんだそうで、それを検知して思考や記憶を探っているんだとか」


 この説明に、ネオンが少し訂正を加えた。


「そこまで完全なものではありません。隠している感情を読み取って、嘘かどうかを判別しているだけです」

「はっ、にわかには信じられねえ話だ」


 当然、ケヴィンさんは疑いの視線を向けてくる。

 その視線に、同調する部下がひとりいた。


「そうです、騙されないでください隊長。ありゃあ大嘘です。奴らは完全に心を読んでます」

「ああ、そうだろそうだろアグリッパ……あん?」


 同調風の、実は反対意見だった。


「そうでなきゃ、前の遠征で俺が現地の女に騙されて金を貢がされてたことを、こいつらが知ってるはずがねえ!」


 突然叫び出すアグリッパさん。

 ケヴィンさんはポカンと唖然(あぜん)

 周りの隊員たちは、また始まったよと(あき)れている。


「あのことは、俺は隊長にしか報告してねえんだ!」

「ばっ、待てアグリッパ、俺は誰にも言ってねえぞ!」

「言ってねえから問題なんです! 奴ら、俺の頭を覗きやがった! 借金がいまだに給金から天引きされてるなんて女房(かあちゃん)に知られたら、俺は殺されちまう!」


 女々しくも切実な咆哮を轟かせる彼を、隊員たちがため息混じりに鎮めにかかった。


「落ち着けってアグリッパ。マリーさんにゃ伏せとくって、何度も言ってんだろ」

「隊長からも言い聞かせてやってくださいよ。このバカ、自分から絡みに行っといて、こんなザマになっちまって」


 実際の話、やっているのが真偽の判定だけなんていうのは、もちろん大嘘。

 考えていることは全部わかるし、じっくり時間をかけて解析すれば、相手のこれまでの人生の大部分だって読み取れる。

 そして、その脳波干渉試験について「信じられるか!」と真っ先に噛みついてきたアグリッパさんに対し、ネオンは脳内の深い情報まで読み取って、隠していることを細大(さいだい)()らさずつらつらと列挙していった。

 結果、彼は数分で真っ青な顔になり、これ以上はご勘弁をと、床に(ぬか)づいて懇願する羽目になったのである。


女房(かあちゃん)にばれちまったら、俺は、俺は――」

「ああ、わかったアグリッパ! 信じる! やつらは悪魔だ」


 ケヴィンさんも訳がわからないながら、なし崩し的にアグリッパさんを(なぐさ)めるしかなくなった。


***


 とまあ、こんな感じで、ケヴィンさんとのファースト・コンタクトは、混乱につぐ混乱をもって幕を閉じてしまったのだ。

 俺はおろか、ファフリーヤすらまともに話をできなかったし、こちらの第一印象が良くなかったのは言うまでもない。

 おかげで今も、ケヴィンさんは俺たちに対して険悪な態度を取り続けている。


「陰湿野郎どもめ。人の頭ン中なんざ(のぞ)いてそんなに楽しいか?」

「捕虜に対して必要な措置を講じているまでです。ですが、最初に手札を明かし過ぎましたね。次からは、手法を悟らせないよう加減しながら精神を擦り潰すことにしましょう」


 そのケヴィンさんに、本当に悪魔じみたことを呟くネオン。

 彼女いわく、尋問は心を折るためのプロセスとしては有意義だけど、敵の情報を入手する方法としては非効率だという。

 じゃあ、どうするのかと思ったら、彼女はセカンダリ・ベースから脳波干渉試験のための機材を直ちに搬入し、留置所の建物を丸ごと記憶を読み取るための取調室に改造してしまったのだ。

 留置所の中で生活している彼らの脳波は常にモニタリングされ、今も何を考えているのか、俺たちに丸わかりになっている。


 ただ、この状況に開き直って悪態をついてくるケヴィンさんも、なかなかに肝が()わっていると思う。


「部隊のリーダーって、やっぱり度胸があるんだな」


 などと感心していたら、向こうでミシェルさんが首を振っていた。


「いんや、そうでもねえんだぜ。隊長は、気絶中のアレ(・・)のせいで()ねちまってるだけなんだよ」

「ああ、アレですか。いまだに引きずってるんですね……」


 アレとは、埋まらない溝の原因その2のことだ。


「てめ、ミシェル! 誰が拗ねてるってんだ!」

「隊長、ぶっちゃけあなたが快復したのは、アンリエッタの献身的な看病のおかげなんですから、いい加減そこは認めてください」


 気絶していたケヴィンさんに対して、俺たちはほとんど手を出していなかった。

 最初に体調を診断し、点滴くらいは施したけど、その後の看病は全面的にアンリエッタがやっていたのだ。

 体を清拭(せいしき)したり、汗を吸った衣服を着替えさせたりなど、甲斐甲斐しく、それこそ奥さんのように世話を焼いていた。

 その中には、排泄物の処理まで含まれる。

 このことが、ケヴィンさんの不興を買ってしまったらしい。


「ふざけんな! あんな娘っ子に(しも)の世話までさせやがって! こんな屈辱があるか!」

「いや、俺たちは強制してないぞ。助けてもらった恩義があるからって、彼女が自分から名乗りをあげたんだ。それを屈辱とか言うなよ」


 俺たちだって、医療看護プログラムとやらを走らせたアミュレット兵を介抱役として何機か用意していたのだ。

 でも、起きた後で話がこじれる可能性があるからと、アンリエッタが堅持(けんじ)した。

 事実、目覚めた直後に診察にあたらせたアミュレットを、ケヴィンさんは『気味悪い』とまで言ってたし。


 それに、アンリエッタにとって、看病はケヴィンさんへの恩義のみならず、自分があくまで彼らの仲間だと表明する意味だってあったはずだ。

 それを理解していた他の隊員たちも、一斉に非難の声を隊長にぶつけ出した。


「隊長、たとえ照れ隠しでも、今のは俺らもフォローできませんぜ」

「そうですよ。寝てる間にちょっと見られて(いじ)くられたくらいで――」

「変な言い回しするんじゃねえ! まだ嫁入り前の娘に、何やらせてんだって話だ!」

「じゃあ、責任とって隊長がお嬢を嫁に貰ってやればいいじゃないすか」

「アホかてめえ!」

「いや、隊長。俺らは冗談抜きであなたとアンリエッタにくっついちまって欲しいんです。隊長がこの町の縁者になれば、隊が生き残る確率が上がるんで」

「馬鹿も休み休みにしやがれ!」


 ついには卓上のカードをまき散らし、ケヴィンさんが暴れだした。

 隊長を任されるだけあって、腕っ節はかなり強い。

 それを必死で止める隊員たち。

 最後は、見張りのアミュレット兵が動いて、彼を拘束。

 片腕で体を軽々と(かつ)いで、部屋まで連行していった。


「覚えてやがれ、てめえら!」


 荷物のように運ばれながら、なおも(わめ)き続けるケヴィン隊長。

 結局、今回も彼との間の溝は埋めることはできなかった。

 ただし、これにも「あくまで表面上は」という注釈が付くかもしれない。


 連行されていく間際、ケヴィンさんは俺に、さっきまでの敵視とはまた違う、真剣な眼差しを向けてきた。

 ほんの一瞬、部下たちには気づかれないようにして。

 同時に、ヘッドセットからネオンの声。


『この騒ぎは部屋に戻る口実のようです。彼は、我々と極秘に話をしたいと考えています』


 俺たちは留置所を後にして、町の居住区画に戻った

 ケヴィンさんから通信(・・)が入ったのは、それからすぐのことだった。

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