8_02_捕虜の処遇 中
「何度も言うけどさ、それはちょっとした不可抗力なんだって」
もう、何度も説明に説明を重ねた内容を、俺は今日もケヴィン隊長に繰り返す。
あの戦闘中、ゴルゴーン戦車の兵装、ネルザリウス砲は、低出力の非殺傷設定になっていた。
だから、撃たれた者は数時間程度で目を覚ますはずだったのだけど、ケヴィンさんは男気を見せてアンリエッタを庇った結果、指向性エネルギー攻撃を変なところにもらってしまったらしい(シルヴィ曰く、『ひとりだけ当たりどころが良かったわね』とのことだ)。
診断の結果、後遺症などは残らないということだったけど、意識の消失は丸2日ほど続いてしまい、アンリエッタや隊員たちにも、ひどく心配をかけさせることになってしまった。
「けっ、攻撃に不可抗力なんてあってたまるかってんだ」
「隊長、その辺にしとかねえと、反抗的ってことで粛清されますぜ」
言いたい放題な隊長の態度を見かねたのか、部下のひとり、ミシェルさんが宥めるように彼を諭した。
しかし、聞き入れるようなケヴィンさんではない。
「はっ、何言ってやがる。この部屋の中にいる限り、俺たちが何を考えてるかが丸わかりなんだろうが。だったら、わざわざ媚びへつらうこともねえってこった」
やれやれと首をすくめるミシェルさん。
俺たちと他の隊員との関係は割りと良好なのだけど、隊長のケヴィンさんとの溝だけが、なかなか埋まらない。
原因はいくつかあるけれど、うちひとつは、彼が意識を取り戻した直後にまで遡る。
***
「隊長さんが目を覚ましたって?」
捕虜にした偵察部隊を留置所に入れてから2日目。
ケヴィンさんの意識が戻ったとシルヴィ経由で聞かされた俺は、ネオンやファフリーヤとともに、すぐに留置所へとやってきた。
が、着いてみると、部屋のほうから何やら大きな声がしている。
「お前ら! この気味悪いのをさっさとどけろ!」
「隊長、そいつはあなたの体を診察してるんです、我慢してください」
どうやら、彼の容態を確認しにいった医療用アミュレット兵をめぐって、部下たちが事情の説明に追われているらしい。
「てっめえら! まんまと敵に懐柔されやがったな!」
「どのみち我々では勝てません。この鉄人形にしたって、人間とは膂力が段違いなんです」
声がしているのはケヴィンさんの部屋だけだ。
つまり、隊員たちも全員あそこに集合しているということになる。
「ちょうど良かった。彼らとも話をしたかったんだ」
ドアをノックしようとしたところ、横から声をかけられた。
「あ、ファフリーヤ様に国王様。いらしてくださったのですね」
廊下の向こうから歩いてきたのは、アンリエッタだった。
手には、水差しと濡れたタオルの乗ったトレイを持っている。
おそらく、ケヴィンさんの看病に使っているものだろう。
彼女はそれを一度床に降ろすと、ファフリーヤの前で膝をついた。
「このような手狭な場所にお出で下さいまして、感謝の極みでございます」
「頭を上げてくださいアンリエッタ。あなたの恩人の意識が戻ったと聞きまして、是非お話しをと」
で、ドアを開けてみたら、部屋の中は本当に手狭になっていた。
ベッドの上には、興奮して何か叫び続けているケヴィンさん。
その周囲には、医療用アミュレット兵が1体と、10名の隊員たちが所狭しとひしめきあっている。
「ん? おおベイル。それにネオンさん。わざわざ様子を見に来て頂いて、恐縮です」
現れた俺たちに気づいて、隊員たちが挨拶してくる。
気さくな彼らも、ネオンのことは敬称をつけて呼んでいた。
彼女が脅威を覚えるにあたう存在だと、理屈だけでなく肌で感じ取ったのだろう。
部下たちの振る舞いに、ケヴィンさんも俺たちが何者なのか、おおよその察しがついたようだった。
「ほお、てめえらか。俺らをこんな狭苦しい場所に押し込めやがった張本人どもは」
鋭い視線が、ギロリとこちらを射抜いてくる。
囚われの身であることを感じさせない強い眼光は、研ぎ澄まされた刃物のような切れ味だ。
でも、周りの部下がその眼光を曇らせた。
「いえ隊長、狭いのは俺らが隊長の部屋に集合しちまったからです」
「全部で6部屋も割り当ててもらってます。俺らの国の収容所より、よっぽど環境に恵まれてますぜ」
「……あん?」
当惑しているケヴィンさんに、俺は意趣返しの意味も篭めて、ちょっと高圧的に説明を施した。
「留置所の部屋数の都合で、2人で1部屋に入ってもらってるんだよ。この部屋には、あんたとアンリエッタが――」
「アンリエッタと同室だっただと! てめえ、嫁入り前の娘になにさせてやがる!」
彼は再び、真っ赤になって怒りだした。
興奮して沸点が低くなっているのか、それとも、もしかしたら文化的にそういうことにうるさい地域の出身だったのか。
しかし、アンリエッタがそれらの憶測を否定した。
「いいえ、ケヴィンはただ照れているだけです。10代の頃からずっと軍役一辺倒で、女は娼館で触れた以外は知らないと――」
「ばっ、バカヤロウ! 変なことを敵に話すな! ていうか、誰がこいつに言いやがった!?」
「――と、ネオンさんが昨日教えてくださいました」
「……は?」
目を点にするケヴィン隊長。
俺も、ちらりとネオンを見向くと、彼女は澄ました調子で、
「ええ、そういうことです」
と、静かに頷いた。
「お、ファフリーヤ様もいらしてるぞ」
ここで、隊員のひとりが俺たちの後ろに控えていたファフリーヤの存在に気づいた。
同時に、彼ら全員が姿勢を正して、頭を下げて礼を示す。
仲間の故国の王女とあって、彼らはファフリーヤに対する礼儀を欠かさなかった。
「てめえら、なに敵にペコペコしてやがる!」
「隊長、今来てるお方は、滅亡したイダーファ連邦国の姫君です」
「……イダーファだと?」
興奮していたケヴィンさんでさえ、一瞬で声のトーンを落とした。
ただ、その神妙な面持ちが、どうにも怖く見えてしまったようで、ファフリーヤは彼に挨拶できずに、俺の後ろに隠れてしまった。
「そんでもって、今はこの軍事国家……いえ、人口規模では町程度だということですが、ここの司令官の婚約者だそうで」
「敵軍の司令官がいるのか? おまえたち、会ったのか?」
「ええ、そりゃあもう。今、隊長の目の前にいるんですから」
水を向けてもらった俺は、彼のベッド脇へと進んだ。
「はじめまして、ランソン隊長。司令官のベイル=アロウナイトです」
俺の自己紹介を聞いたケヴィンさんは、小馬鹿にするように、はん、と鼻を鳴らした。
「こんな若造が、司令官様とはな」
ごもっとも過ぎて、俺も、思わず苦笑を漏らしそうになる。
「まあ、お察しの通り、俺はお飾りだよ」
「はっ、そうだろうよ。歳が足りなきゃ、覇気も足らねえ。死線を越えたって面でもねえ。おおかた、世間知らずの貴族の御曹司か、どこかの軍から逃げ出してきた脱走兵ってクチか」
挑戦的な目を向ける隊長に、部下のひとりが進言した。
「隊長、そのあたりは聞き及んでます。帝国の従軍予備学校にいたそうですが、卒業寸前で切り捨てられたって経緯があるそうです」
「あん?」
怪訝な顔になるケヴィンさん。
さっきから表情の変化が忙しない。
俺は、今度こそ苦笑しながら事情を説明した。
「あんたが寝ている間に、他の隊員さんには俺の経歴を包み隠さず話してあるんだ。だから、挑発して情報を引き出すなんてことはしなくて平気だよ」
「へっ、そうかよ」
吐き捨てるように相槌を打ちながら、彼は片手を小刻みに動かした。
しかし。
「隊長、そのハンド・サインも無駄ですぜ。全部読まれちまいました」
「なんだと?」
「バレてるんですよ。サインどころか、頭ン中、全部」
「……は?」
部下からの理解不能な報告に、再び、ケヴィンさんの目が点になった。




