8_01_捕虜の処遇 上
「おはようございます、お父様」
「おはよう、ファフリーヤ。畑はずいぶん形になったな」
ローテアド王国の偵察部隊を捕虜にしてから数日。
俺たちは、サテライト・ベース内の通信用兵器回収任務を一旦延期して、町の中で待機していた。
西海岸の断崖、船を接岸できるあの崖が、ローテアド王国海軍に目をつけられているとわかった以上、今、あそこで表立って作業をすることはできない。
沖合にいる彼らの軍艦に見つかってしまう恐れがあるからだ。
「みな、一所懸命に働いてくれていますから」
「ああ。きっと、頑張り屋さんな王女様の力になりたいって、皆で一丸になっているんだよ」
なので、ひとまず町の外での活動は、発見されにくい小型の無人機でできることだけに留めている。
ローテアドの軍艦の動静を探ったり、拡大させたエネルギー供給エリアの範囲内を詳しく調査したり。
その過程で、どうしても小型機で対応できないことがでてきた時にだけ、ゴルゴーンを単機出動させるくらいだ。
時折、ネオンから何かの承認要請を受けているけれど、ぶっちゃけ、俺はほとんどすることがない。
「はい。とても優しい、自慢の民たちです」
そんな訳で、今はネオンと、それにシルヴィの操る小型ドローンと一緒に町の様子をのんびりと見て回っている。
にっこり微笑むファフリーヤの顔を見ていると、戦争を仕掛ける準備期間だというのが嘘みたいに、穏やかで平和な時間が流れているのを感じてしまう。
「司令官が町を気にかけている姿を住民に見せることにも、大いに意義があります」
「そんなもんかねえ」
『そんなもんでしょ。顔を売っておいて損はないわよ』
確かに視線はいっぱい感じたけどさ。
「現人神さまがお出でなすった」みたいな畏敬の眼差しを。
俺を怖がっている、とも言えるだろう。
だから、町の中で俺に話しかけてくるのは、ファフリーヤくらいなもので――
「おはようございます、国王様」
「お、アンリエッタか」
――訂正。
俺に話しかける人間が、数日前から、もうひとり増えていたんだった。
「今日もこっちに来てたんだな」
「はい。町の皆さんに、ぜひ来るようにと誘われまして」
ローテアド王国が派遣した偵察部隊のひとり、アンリエッタ。
部隊員たちは居住区から少し離れた留置所に入ってもらっているけれど、彼女にだけは町への自由外出を認めていた。
この措置は、ファフリーヤたっての強い希望によるものだ。
ファフリーヤは、かつての同胞であるアンリエッタの境遇を聞いて、彼女を捕虜ではなく国民として迎え入れてほしいと俺たちに直訴した。
また、アンリエッタに対しても、先王である父が死んだこと、自身も奴隷として囚われてこの地に来たこと、俺たちに助けられて、今は西大陸の民たちと一緒に町を築いていることを説明し、ここで一緒に暮らしましょうと、いわば彼女に亡命を提案したのである。
ただ、アンリエッタはこの提案を、「もったいないお言葉なのですが」と前置きしたうえで謝絶している。
「ニジェ族は滅んでしまいましたが、今の私には家族がいます。新たな名と生き方をくれた恩人たちです。生きるも死ぬも、彼らと運命を共にいたしたい所存です」
彼女の同族であるニジェ族は、この町の中には1人もいない。
ファフリーヤたちとは別の奴隷船で攫われてきたニジェ族は、みな、過酷な強制労働に従事させられ、悉く命を落としたそうだ。
アンリエッタ自身、衰弱しきっていたところを救われたのだと、あの部隊への篤い恩義を涙ながらに語っていた。
「わかりました。あなたの守るべきものを守ってください。我々イダーファは異なる骨子が集まってできた身体です。同胞の生き方を否定することはありません」
町への定住の話は流れはしたものの、ファフリーヤをはじめ西大陸の民たちは、アンリエッタのことを受け入れている。
彼女がイダーファ連邦国の民としての自覚を、つまりは王族たるファフリーヤへの忠誠を失っていないことが族長会議で認められたからだ。
同席したネオンが記録映像を見せて証明したのだけど、このこと自体も、「現人神さまがアンリエッタを庇護している」という認識を彼らにもたらした様子であった。
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「とりあえず、アンリエッタが町に馴染んだみたいで良かったよ」
町の視察を終えた俺たちは、居住区の外、ローテアド王国の偵察部隊を拘留している留置所を目指しながら、アンリエッタの処遇について話していた。
「私としては、彼女の自由行動はあまり推奨できないのですが……」
『いいじゃない。いずれは戦争難民を受け入れる予定なんだから。裏切りやスパイのリスクなんて最初から織り込み済みだし、直ちに発見できる監視警戒態勢だって敷いてるんだから、それを適用するだけでしょ』
この件に不賛成ぎみのネオンと、楽観的に捉えているシルヴィ。
珍しく、ふたりの意見が割れている。
どうやら、基地や組織を管理するAIと、戦闘専門のAIでは、考え方に若干の違いがあるらしい。
『所詮は未開文明の兵士だもの。逃げたり反抗するようなら、さっさと制圧しちゃえばいいのよ』
「いいえ、シルヴィ。どれほど低リスクで管理可能でも、あくまで敵兵は敵兵です。危険性がゼロではない限り、こちらも万全の――」
要するに、彼女らにとってはあまりに危険度が低すぎて、逆に取り扱いで揉めているのだ。
なんだか、懐かない子犬の飼い方を巡ってケンカしている姉妹みたいにも見えなくない。
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「よお、司令官どの。今日も暇そうじゃねえか」
留置所の広間に入った俺を、棘のある言葉が出迎えた。
偵察部隊の隊長、ケヴィン=ランソンさん。
ゴルゴーンとの戦闘で、アンリエッタを庇い意識を失った彼は、圧倒的な戦力差を見せつけられながらも、俺たちに屈服しまいという姿勢をずっと保っている。
「やあ、隊長さん。体の加減は良くなったかい?」
俺より年配の人だけど、礼儀を弁えない相手には、こちらも礼を尽くすつもりはない。
彼に対する話し方からは、自然と敬意が抜け落ちていく。
「ふん、お陰様でな」
彼は、手に持っていた数枚のカードをテーブルの上に投げ捨てた。
他の隊員たちとホールに集まって、カード賭博に勤しんでいたようだ。
なぜ留置所なのにホールなんてあるのかというと、そもそもこの建物は仮設兵舎を流用していて、捕虜収容のための施設ではないからである。
ただし、見張りのアミュレット兵は配備しているし、出入口のドアも常時施錠されていて、開閉には俺たちの許可がいる。
外には出さない代わりに、建物内なら自由に過ごしていいという緩めの措置を彼らには適用していた。
「ご丁寧に、俺だけ丸2日も眠らされてたもんだから、そりゃあ元気も有り余るってもんよ」
恨みがましい目つきと口ぶり。
俺たちへの怨恨忘れ難しといった感じだ。
ただ、周りの隊員たちは、ケヴィンさんとは違って苦笑を漏らしている。
「よう、ベイル。周辺地域の調査は順調か?」
「ええ。今朝方、西の海岸線の地質調査が完了したみたいです。ゴルゴーンをかなりの距離走らせたみたいなので、そちらの軍艦に見つかってないかが心配ですけど」
親しげに話しかけてきた隊員、レジスさんに、俺も礼節をもって応対した。
実は、ケヴィンさん以外のメンバーとは、それなりに打ち解けることができているのだ。
ただし、「あくまで表面上は」という注釈が付くのかもしれないけれど。
「ああ、それなら大丈夫だろ。母艦の停泊位置からでは、海岸線は見えないはずだ」
「そもそも艦が所定の停泊位置に来るのも、決められた日時だけだしな」
大事な情報を、惜しげもなく提供してくれる偵察部隊のみなさん。
当然、ケヴィン隊長はお冠だ。
「てめえらなあ! こっちの機密をペラペラとバラしてんじゃねえよ!」
「いやいや、どのみちとっくにバレてんですから。話しても支障のないことは教えちゃったほうが、ベイルも色々と便宜を図ってくれるってもんですよ」
「ふざけんな! こっちは何日も昏倒させられてたってのに、便宜もクソもあるか!」
「いえ、2日も寝てたのは隊長だけですって」
そう。
先日の戦いの後、気絶させていた隊員たちは、その日のうちに意識を取り戻し、アンリエッタたち投降した3人から経緯の説明を受けていた。
唯一、隊長であるはずの、ケヴィンさんを除いて。
「何度も言うけどさ、それはちょっとした不可抗力なんだって」




