7_09_命の軽重が問われる世界で
俺たちはコックピットを離れて、ローテアド王国の兵士たちを収容した格納庫に降りてきた。
ネオンのほか、ファフリーヤも俺の背中に隠れながら、恐る恐る着いてきている。
「居心地はどうだい?」
収容スペースには、気絶した兵士たちが雑魚寝していて、その隙間に起きている3人が座っていた。配備した数体のアミュレット兵が、直立不動で彼らのことを見張っている。
3人の兵士の顔には、ピリピリとした緊張の気配が張り付いていた。
「いや、失言だったかな。この状態で、気分がいいはずもない――」
「なあ、この船は今、空を飛んでいるんだろう?」
兵士は、俺の問いには答えずに、逆に質問をぶつけてきた。
ヴェストファールは、彼らを収容してからすぐに発進し、地上を離れている。
逃亡の心変わりを防ぐため、脱出できない状況を作り上げるためだ。
もっとも、収容スペースは窓のない場所に設置していたから、彼らには外の様子は見えなかった。
「ああ、ターク平原の上空を飛行してる。あんたたちだって、この機が飛んできたところは見てただろ?」
「……何度も確認して悪いのだが、本当に、この船は地面に落ちないんだな?」
恐々と聞いてくる兵士たち。
うんうん、これが普通の反応だよな。
なんとなく、彼らに親近感を覚えてしまう俺である。
「誓って落っこちないから安心してくれ。あと、こっちの子には治療を受けてもらうぞ」
足を痛めている褐色の肌の女兵士に、再度、手当を受けるよう促した。
が、女兵士は顔を背けて、言葉を返そうとしなかった。
代わりに、別の兵士が答えた。
「気持ちだけ受け取っておく。捕まっている身分で申し訳ないが、我々は、君たちをまだそこまで信用できていない」
それはごもっとも。
でも、結構痛そうにしてるし、もしかしたら骨に異常があるかもしれない。
このままにしておくのも――
「せめて、応急処置だけでも受けて頂けませんか?」
俺の背中から、ファフリーヤが顔だけ出して、女兵士に話しかけた。
「あなたは、わたくしと同じ、砂漠の国の人間なのでしょう?」
ファフリーヤが話をしたがっていたのは、この女兵士だった。
顔を上げた女兵士は、はじめ、怪訝な顔をしてから、何かに気づいて、徐々に大きく目を見開いた。
「ファフリーヤ……様?」
愕然とした顔になる女兵士。
彼女は足の痛みも忘れて、ふらふらとその場に立ち上がった。
「そんな……アスィール王のご息女が、どうしてこの大陸に……」
「父をご存知なのですか? では、あなたは……」
ヘッドセットで通訳されているけれど、彼女たちは西大陸の言葉で話している。
だから当然、他の2人の兵士には、何を話しているのか伝わっていない。
と、女兵士は、痛めた足を折り曲げて、ファフリーヤにひれ伏した。
「ご無礼をお許し下さい、ファフリーヤ様。私は、イダーファ連邦国に生を受けたニジェ族の末裔です。元の名をニスリーン、今はアンリエッタという名前を、ケヴィンに貰い受けております」
イダーファとは、ファフリーヤの父がいくつもの少数部族をまとめて作り上げた連邦国家の名だ。
国王アスィールのもとに団結し、他国からの迫害に抵抗してきたが、最後は奴隷確保のために乗り込んできたラクドレリス帝国兵に蹂躙され、王と王妃は討ち死にし、国は滅び落ちてしまった。
アンリエッタという女兵士は、イダーファ連邦を構成する部族の一員であったらしい。
「では、あなたも、奴隷として?」
「はい。帝国の軍人に捕まり、船に乗せられて……」
「ケヴィンさんというのは、先ほどの戦いで、あなたを庇った御仁ですね?」
褐色の女兵士は、小さく頷いた。
「奴隷としてこの地に攫われてきた私は、逃げ出した先でケヴィンに救われ、新たな名前と生き方を――」
「待てアンリエッタ! それ以上しゃべるな!」
別の兵士が罵声を飛ばした。
怒りとも、焦りともとれる声色が、格納庫の壁に反響する。
「まあ、落ち着けって。おたくらの国のことは一切話してないよ。なんなら、通訳して内容を教えてやるから」
場を取り繕おうとした俺のことを、兵士は獣のごとく睨んできた。
(まあ、気休めにもならないよな)
会話の中身はわからずとも、アンリエッタは明らかに何らかの情報を俺たちに伝えている。
軍事機密をいつ話されてしまうとも知れない状況であり、彼らはそれを、どんなことをしても防がねばならない立場にある。
そう、どんなことをしてもだ。
……仕方ない、こういうときは、こっちも少しだけ情報を出してやろうか。
「故国の王女と感動の対面を果たしたんだ。ちょっとくらい、浸らせてやってもいいだろ」
「故国……? では、あの少女が?」
思わず聞き返した兵士は、そのあとでハッと口をつぐんだ。
俺たちの視線の先では、ニスリーン……いや、今はアンリエッタだと名乗った少女が、滂沱と涙を零しながら、亡国の王女に、自が身に起きた経緯を話せぬ非礼を詫びている。
ファフリーヤは「よいのですよ」と彼女を抱きしめて、同じように大粒の涙を流していた。
「なあ、他のことは話さなくてもいいけど、これだけは教えてくれ。あんたたちは、あのニスリーンって子を、奴隷として扱ってるのか?」
兵士は口を開きかけ、しかし、奥歯を強く噛み締めた。
が、唇をわなわなと揺らしながら、こんな言の葉を紡いでくれた。
「……アンリエッタは、俺たちの仲間であり、家族だ」
その言葉に、俺は、どれだけの眩しさを感じたことだろう。
「ネオン。彼らを町に連れて行こう」
「よろしいのですか?」
ネオンは、彼らに聞こえないよう、会話をヘッドセットでの通信に切り替えた。
『本隊への連絡方法など、いまだ機密事項を聴取できておりませんが』
彼らの祖国、ローテアド王国は海洋国家だ。
軍隊の規模こそ他国に劣るが、海軍の練度はこの大陸でも傑出している。
彼らをこの大陸に送り込んだのも、その海軍の保有する軍艦によってなのだろう。
もしかしたら、その軍艦はいまだ沖合に停泊していて、彼らからの合図を待っている可能性がある。
合図がないことで、偵察部隊に何かがあったと考えて、新たな部隊を派遣してくる可能性だってある。
なにより、彼ら自身が逃げるために、町の人間たちを殺害しようとする危険性だってある。
……けど。
「いいさ。たぶん彼らは、命の重さと軽さを噛みしめてきた歴戦者だ。任務の遂行か仲間の同胞か、天秤にかけざるを得ない立場だとしても、即断はきっとできない」
昔、俺はある退役軍人に、こんな話を聞かされたことがある。
『戦場を経験すればするほど、俺たちは人としての呵責に苛まれていったよ』と。
その言葉を、俺はどういうふうに解釈すべきか、今までずっと持て余していた。
でも、今日の彼らをの戦い方を見ていて、少しだけその意味がわかった気がする。
怪訝そうに様子を窺っている兵士たちに、俺は今後の処遇を伝えた。
それは同時に、こちらの機密を明かすことでもあった。
「俺たちはこのターク平原内に、帝国に知られず町を築いてる。住んでいるのはアンリエッタと同じ、奴隷船で攫われてきた西大陸の民たちだ」
最低限にも満たない説明だったけど、歴戦の軍人である彼らは、俺の言いたいことを十全に理解してくれた。
そして、こう約束してくれた。
「……決して、町の者には危害を加えないと約束する。今眠っている9人にも、必ず守らせる」
『嘘は吐いていないようです』
ヘッドセットからネオンの声。
言われるまでもない、この精悍な面差しを見ればわかる。
「着いたら留置所に入ってもらうけど、帝国軍に捕まるよりは待遇がいいはずだ」
「……承知した」
以降、俺と兵士の間に会話は生まれず、ファフリーヤとアンリエッタの話が遮られることもなかった。
ヴェストファールはスピードを上げて、俺たちの町に帰投した。




