7_08_尋問は締めすぎず緩めすぎず
「ベルトン王国の軍用ブーツの素材は山羊革だ。なのに君らのブーツには、山羊革の代わりに鹿革が使われてる。どういうことだろうな?」
俺の指摘に、兵士は二の句を継げずに黙りこんだ。
顔色こそ変えなかったが、動揺したらしい気配が計測される。
「その軍服も、ベルトンのものによく似せられてるけど、ボタンの素材とか、襟首の意匠とか、細かいところが違っている。これは、おそらくは手落ちじゃなくて、国の事情で同じ材料が手に入らなかったんだろ?」
ヴェストファールのカメラ画像で、彼らを見たときの違和感はこれだった。
最初は、デジタル合成処理による色の予測が間違っているんだろうかとも思った。
でも、光学映像になった後も、細部の違いは決定的で、つまり、彼らが偽物のベルトン王国兵だということは明らかだった。
「どこの所属かは知らないが、君たちは、ラクドレリス帝国に侵攻する部隊の先遣隊だ。極秘の作戦行動。故に、もしも帝国兵に見つかった時は、決して祖国の名を出さず、ベルトン王国兵のふりをするよう命じられている。従って、ベルトン王国ともさほど友好的な関係じゃない国の人間ということになる」
決して表情を変えないものの、この推測が正しいものだと、彼らの別の部分が如実に物語っている。
俺は、3人の周囲をゆっくりと歩いてプレッシャーを与えながら、核心へと迫っていった。
「本当だったら、君たちもベルトン兵の軍服をそっくりそのままに複製したかったはず。しかし、同じ素材を仕入れることができなかった。これは大きなヒントだ。現状、交易に支障が出ている国。それも、ラクドレリス帝国を攻めるという決断を下さなければならないような背景のある国。そしてベルトン王国とも仲違いしている国。全てを繋ぎ合わせれば、君たちの祖国の名前は自ずと割れてくる」
彼らの背後で足を止める。
ひとりの兵士が、生唾を呑み込んだのがわかった。
「海洋国家ローテアド王国。君たちは、そこの軍隊の偵察部隊だ。それも、この任務のために特別な訓練を受けた、極秘のチーム」
初めて、兵士たちから焦燥の気配が発せられた。
ローテアド王国。
件のベルトン王国の北に位置するウレフ半島を国土とする、海とともに生きる国だ。
国土面積が小さい代わりに、早くから船を駆って大洋に進出する技術を有していて、海洋貿易や遠洋漁業によって国を豊かにしてきた。
だが、十数年前から、大型軍艦の開発に成功した近隣諸国の襲撃に遭い、貿易船を拿捕される事件が続出。
国力の小さいローテアドには貿易船の護衛に割ける軍艦が少なく、大国の強大な軍事力の前に、為す術なく積荷を掠奪され続けた。
長い時間をかけて、いくつかの国と軍事同盟や国家間協定を結ぶことで、どうにか被害を抑えることには成功したが、しかし、近年のラクドレリス帝国による活発な海洋進出に伴う他国船への掠奪行為によって、被害が再び増加し始めた。
ローテアドの外交部も、一度は交渉による解決を試みたが、好戦的な軍事国家であるラクドレリス帝国との間には、同盟も協定も締結することはできなかった。
故に、ローテアドは戦争という最後の手段に踏み切って、敵国に部隊を派遣したのだ。
「まあ、そう固くならずに安心してくれ。俺たちは帝国の軍人じゃない。むしろ、あんたたちと同様、帝国と反目している立場だよ」
俺は冷たい声色をやめて、その前までのフランクな調子に再び戻した。
締めて緩めてを入れ替えて、相手の心を揺さぶることが、尋問や交渉においては重要な武器となる。
「それに、帝国軍にはまだ存在を知られていないっていう点においても、立場が似ていると言えるしさ」
ローテアド軍は、帝国を隠密に攻めるため、西の海岸線から兵士を送り込ませる計画を立てていた。
そのために、先遣隊の彼らに無人の荒野を進ませて、侵攻ルートの偵察を行っていたのだ。
なのに、俺たちというイレギュラーと、ばったり遭遇してしまう。
せめて、決行がもう2週間ほど早ければ、まだ第17セカンダリ・ベースはスリープモードのままだったのに、ぶっちゃけ、彼らの運が悪かった。
「……まあ、こんなことじゃ安心はできないか。極秘の任務中に姿を見られてしまったうえ、全員が拘束されているんだ。でも、同じ立場の君たちなら、これがやむを得ない判断だったというのは、わかってくれるだろ?」
そう、彼ら偵察チームにだって、自分たちの存在を知った者を見逃すという選択肢はない。
任務遂行のためならば、仮に相手が民間人であろうとも、殺害も辞さない覚悟で彼らはこの地にやってきているはずなのだ。
問題は、彼らの有する殺害手段の一切が、ゴルゴーンには通じなかったというだけで。
「いきなり信用しろとは言わない。こちらも安易に拘束を解くわけにはいかない。ただ、おとなしく言うことを聞くのなら、これ以上の攻撃は加えない」
「……我々の命は、保証するというんだな?」
「ああ。あんたたちだって、俺たちが何者なのか、情報が欲しいだろ?」
この言葉が、彼らの決心の後押しになった。
3人はおとなしく拘束を受け入れて、気絶した仲間と一緒に、ヴェストファールの格納庫に収容された。
***
「あー、つっかれたぁ」
ヴェストファールのコックピットに戻った俺は、くたくたと脱力して、座席にへたり込んだ。
「お疲れ様でした司令官。なかなか堂に入っていましたよ」
『及第点ね。あの様子なら、あいつらも無駄な抵抗はしないんじゃない?』
「シルヴィが戦闘中に心を折ってくれていたのと、ネオンがサポートしてくれたおかげだよ」
せっかくの褒め言葉だけど、あれを自分の手柄だと誇ってしまうほど、俺は自惚れてはいなかった。
ただ、ささやかな達成感が、胸の鼓動を弾ませている。
「お父様、お疲れ様です。敵兵を前に堂々としていて、とても格好良かったです」
コックピットに残っていたファフリーヤも、俺のことを労ってくれた。
「ありがとう。ファフリーヤにも、ずいぶんと助けられたよ」
「え? わたくしも、ですか?」
むしろ、ファフリーヤこそが最大の功労者と言ってもいいだろう。
この子が事前に彼らを発見し、軍服の違和感についてじっくり考えられていたことが、尋問に大きく役立った。
シルヴィも、戦闘中にずっと音声を拾っていて、叫ばれていた名前の響きから、彼らがこの大陸の北域の人間だってことを特定できた。
さらに、尋問中はネオンがずっと彼らのバイタルデータを監視して、精神状態の揺らぎをヘッドセットから逐一教えてくれていた。
ここまで情報が揃いきっていたからこそ、俺は有利に駆け引きを打つことができたのだ。
「ところでお父様、あの人たちは、今、どちらに?」
「格納庫だよ。片隅に簡易的な拘束スペースをこしらえて、アミュレットたちに見張らせてる」
「暴れだしたり、しないでしょうか?」
「ああ、それは大丈夫じゃないかな」
彼らは経験豊富な軍人だ。
戦場で、命に直結する判断を何度も迫られ、乗り越えてきた歴戦の猛者。
だから、今この瞬間に愚行を犯すことはないだろう。
これがもし、生き残ったのが3人だけだったのなら、彼らは玉砕の道を選んでしまったかもしれない。
しかし、部隊の全員が生存していて、かつ、正体もすでに見極められてしまっている。
おまけに、俺からは『情報が欲しいだろ?』と、駆け引きの余地が残っていることまで匂わされた。
こうなれば、彼らもただ死ぬわけにはいかなくなる。
是が非にでも情報を得て、たとえ誰かひとりだけでも本隊へと持ち帰る、そういう思考になってくれたはずだ。
「ただ、彼らを町に連れて行くかどうかは、少し悩みどころでさ」
秘密を秘密にしておくには、当然、誰にも明かさないことが重要だ。
たとえ、絶対に逃亡不可能な捕虜であっても、うかつに情報を与えてはいけない。
秘密の町に、今の段階で他国の軍人を入れるかどうかは、慎重に判断を下さなければならない。
それに、いきなり大人数の外国人を運び込んだら、西大陸の民たちに不安を植えつけてしまう恐れがある。
(場合によっては、町から離れた金鉱のほうに、イザベラの私兵たちと一緒に放り込んでおくべきか)
……などと考えていたところ、ファフリーヤが、おずおずとこんなことをお願いしてきた。
「あの、それならば、お父様。わたくしに、彼らのひとりとお話することをお許し頂けないでしょうか」




