2_01_太古の軍事力
「……どこ、だ、ここ?」
眩しいくらいに白い部屋の中で、俺、ベイル=アロウナイトは、ぼんやりと目を覚ました。
「やけに、明るいな……」
開けたはずの目が霞む。
窓もないのに、この部屋は全体が明るさで満ちている。
どうやら、天井が光を発しているらしい。
それに、壁も床も真っ白で、表面がつるつるに磨かれているから、よけいに明るく感じられる。
まるで、貴族の屋敷かと見紛うほどの丁寧な造りだ。
そんな部屋の中で、俺はベッドであるらしき台座の上に横たわっていた。
「体、重……」
起き上がろうとして、しかし、腕がまったく動かなかった。
というより、身体が全然動かない。
かろうじて首がわずかに回るだけだ。
苦労しながら頭を少しだけ傾けて、自分の体をどうにか目で確認した。
すると。
「あれ? 服が変わってる?」
俺の着衣は、従軍学校の制服から、白い無地の羽織に着せかえられていた。
部屋同様に純白で、清潔感のある服だ。
「それに、なんだ? 腕に刺さったこの柔らかい管は?」
俺の腕には、細くて透明なチューブが貼りついていた。
チューブは、ベッド脇の箱と繋がっていて、中には何らかの液体が流れているようだった。
「血を抜いてる……? いや、逆なのか。何かを俺の体に入れている?」
「何か」の正体はわからない。
確認しようにも、体の自由が効いてくれない。
手足の拘束は外れていたけど、あまりの体の倦怠感で、とても起き上がれそうになかった。
「どうなったんだ? 落とされて、肺が焼ける感じがして……でも、今はなんとも……枷だって外れて……」
混乱しながらも、記憶をひとつずつ丁寧に辿っていく。
そして、嫌な記憶を思い出した。
『はっきり言って、貴様に兵士の適正はない!』
「っ……!」
頭を強く殴られた気がした。
悔しさで、奥歯を強く噛み締めていた。
『お前さんはな、生贄なんだ』
決めていたのに……兵士になって、国のために、誰かのために戦おうって……なのに、こんな仕打があっていいのか。
『恨むなら、お前の中途半端な鈍臭さにしてくれよ』
言いようのない怒りが、憎しみが、胸の奥からふつふつと沸き上がってくる。
抑えきれない感情が涙となって、目から溢れて流れていく。
「ちく、しょう……」
か細く消えた俺の孤独な嘆き声は、しかし、誰かに届いていた。
『憎しみを晴らしたいですか、ベイル=アロウナイト?』
凛とした綺麗な声が、真っ白く光る部屋に響いた。
「誰だ!?」
誰か居るのか!?
どうにか頭を動かして、声の主を見ようとする。
しかし、見える範囲には誰もおらず、気配のひとつも感じない。
「誰なんだ? 姿を見せてくれ!」
叫びながら、頭の中にはこんな言葉が蘇っていた。
『この神殿にはな、おっかない異教の魔神が棲みついてるのさ。』
「まさか、本当に魔神なのか……」
あまりに非現実的な俺の呟きに、答えが返ってきた。
『私は、この【第17セカンダリ・ベース】の管制AIプログラム。識別コードは【NEoN】です』
「プログ……? コード……?」
……えっと、なんの呪文で?
『あと2分ほどお待ちください。この状態では意思の疎通に支障をきたすと判断し、パーソナル・ボディを準備しています』
呪文が続く。
俺はポカンと呆然になって、何も言うことができないでいた。
『人工筋繊維の調整が完了しました。可動正常、通信状態良好。素体をメディカル・ルームにリニア輸送します』
数秒して、壁の中からガゴンという音がした。
次いで、その壁が、引き戸のようにスライドしていく。
(何かが、いる?)
中から足音。
誰かが出てくる。
その姿を見た俺の頭は、この部屋のように真っ白になった。
「改めて挨拶いたします。私は【第17セカンダリ・ベース】の管制AI、識別コード【NEoN】と申します」
現れたのは、この世のものとは思えない美女、いや、美少女だった。
端正な顔立ちに、透き通るような白い肌。
腰まで届く銀色の髪は長く艶めいて、瞳はルビーのように赤く輝いている。
その綺麗な赤い目が、俺のことをじっと見つめていた。
ただしその顔は、感情の一切が抜け落ちているかのような、石の彫刻みたいな無表情をしていた。
(これが魔神、なのか……?)
魔的といえば、魔的なのかもしれない。
彼女は、人だとするには完璧な美の結晶体だった。
感情を排除した麗容は、人知を超えた芸術作品であるかのようで、およそ人間だとは思えない。
(それに、着ている服も、全く見たことがない)
初めて見る意匠に、何とも知れない不思議な素材。
体のラインに薄くぴったりと張り付いたそれは、金属的な光沢があるものの、鎧や防具ではなさそうだった。
布地には見えないけれど、柔軟性に優れているようである。
その斬新な服が、彼女のふくよかな胸を強調している。
なんというか扇情的で、俺は思わず見つめ続けて――
「触ってみますか?」
「ぶっ!?」
無感動な声で、しかし衝撃的な台詞が、彼女の口から発された。
「あなたが私のボディを視認してからの10秒間、視線が各部を捉えていましたが、中でも胸部に注がれていた時間が、全体の79.41パーセントにあたり……」
「申し訳ありませんでしたぁ!」
力の限りに謝る俺。
言っていることはわからないけど、全面的に俺が悪いのはよおくわかる。
「謝罪は不要です」
怒るでもなく、蔑むでもなく、冷淡ですらない無機質さで、彼女はベッド上の俺を見下ろした。
「では、場の雰囲気も和んだところで」
和んでません。
心臓が今もキリキリ締めつけられてます。
「あなたの現状、そして、私の要望を、端的に説明させていただきます」
彼女――ネオンがそう述べると同時に、白い部屋が徐々に薄暗くなっていった。