7_07_戦術には心を折るためのギミックを
「敵残存兵、武器を放棄し、投降の意志を示しています」
戦場から遠く離れた空の上、輸送機ヴェストファールのコクピット。
淡々と戦闘の終わりを告げたネオンの声に、戦況をモニターしていた俺とファフリーヤは、揃って安堵の溜息を吐いた。
「負けるとは思ってなかったけど、心臓がバクバクいってるよ」
「わたくしも、息が詰まってしまいそうでした」
ようやく緊張から解き放たれ、しかし興奮冷めやらぬ俺たちは、無意識に饒舌になっている。
『状況終了ね。まあ、ざっとこんなものかしら』
9人を気絶させ、残り3人を降伏させたシルヴィも、上機嫌で余韻に浸っているようだ。
だが。
「『こんなものかしら』ではありません。『無傷で捕縛』という司令官との約束を反故にしてどうするのです」
珍しく怒っているネオン。
確かにひとりだけ、最後に足を挫いていたみたいだった。
でも、あれだけ激しい戦闘でその程度なら、誤差にも入らないと思う。
『う……悪かったわよ。でも、接近戦に持ち込むことは、ネオンだって了承してたじゃない』
「あ、やっぱりアレって、わざと至近距離まで近づいてたんだな」
遠距離攻撃を全然しなかったから、何かあるんだろうとは思ってたけど。
『一種の示威行動よ。見えない位置から撃つだけじゃ、脅威と認識されないわ』
「……何をされたのかも気づかれず、捕縛後に反抗的になられても手間ですので」
不承不承といった感じで、作戦に同意したことを認めるネオン。
そうだよなあ。
捕虜にした時のイザベラとか、状況が全然わかってなくて面倒くさかったもんな。
「じゃあ、わかりやすい攻撃パターンを組んでたのも、何か狙いがあったんだ?」
『ううん。あれは単純に、戦場を突っ切ったほうが敵を驚かす効果が高いと思っただけ。走り抜けて、近場の敵からひとりずつ削って恐怖心を刻んでみたんだけど、予想外に粘られちゃったわ』
粘られたという割に、シルヴィの声に悔しさは滲んでおらず、むしろ楽しそうに話している。
『まあ、実際楽しかったわよ。相手はなかなかに善戦してくれたし、見事な連携攻撃も見せてくれたしね』
「ああ、ふたりがかりで飛び上がって、ゴルゴーンに取りつこうとしたやつか」
『そうそうアレアレ。乗られるのは嫌だったから、思わず加速しちゃったけど』
正直、俺もあの攻撃には見惚れてしまった。
躱されたとはいえ、初見のゴルゴーンの頭上を、ああも見事な連携で奪ってしまうとは。
あんな戦術、帝国の従軍予備学校でだって習わない。
というか、巨大な怪物とやりあえるような戦闘術なんて、教えている軍隊があるとは思えない。
「サバイバル技術の応用ではないでしょうか。おそらく彼らは、敵地偵察のエキスパート部隊なのでしょう」
崖や大岩を乗り越える要領ってことだろうか。
それにしたって、ゴルゴーンの未来位置を予測したりとか、ひとりひとりが、かなりの戦術戦略に精通していることは間違いない。
「あの人たちは、どこの国の兵隊さんなのでしょうか。ひとりだけ、肌の色が私と同じ女性がいましたが」
モニター画面を覗きながら、ファフリーヤが呟いた。
最後まで残った兵士たちは、ゴルゴーンを通じてシルヴィが武装解除させた後、今は、気絶した仲間を介抱するよう指示を出した。
ただ、足を怪我した女兵士には手伝わせることができないので、彼女には人質的な意味合いも篭めて、ゴルゴーンの近くに座ってもらっている。
「やっぱりあの女兵士、西大陸から連れて来られた人間なのかな?」
「どうなのでしょう。奴隷として強制的に従軍させられているのかとも考えましたが、リーダー格と思しき男が彼女を庇っていましたし、何か事情があるのかもしれません」
これは、彼らに色々と尋問しないといけないようだ。
ヴェストファールは進路を西にとり、戦闘のあった場所へと向かった。
***
「……それで、なんで腰抜かしてんの、この人ら?」
現場に着いてみたら、気絶させなかった3人全員が地べたにへたり込み、怯えたような目で俺たちを見ていた。
あんなに勇ましく戦っていた姿からは想像できないくらいの怖がりようだ。
「シルヴィ、何をやったんだ?」
『アタシじゃないわよ失礼ね。今度は空から鉄の怪鳥が現れたって、勝手に腰を抜かしたのよ』
気絶している仲間を手当てしていた彼らは、空から降りてきたヴェストファールに吃驚仰天。
おまけに、中から出てきたのは人間だけでなく、アミュレットという鉄の兵士。
戦意を失い、しかし仲間を置き去りにもできず、どうしようもなくなった結果がこれなのだと、シルヴィから説明があった。
「てことは、最初からヴェストファールで現れたら、それだけで示威行動になってたんじゃないか?」
「かもしれません。ですが、ファフリーヤのように空を怖がらない者がいる可能性がありますし、戦って負けを認めさせたほうが後々従順に扱えます」
『それに、こうやって敗戦直後に更なる脅威を見せつけてやると、簡単に心をパッキリ折れるわよ』
このAIたち、超怖い。
「……ええっと、そうだ、彼らは何か供述したのか?」
『いいえ、自分たちからはなんにも。気絶者を介抱しなさいって指示には従ったけど、言葉を一言も発しないわ』
見れば、彼らは腰を抜かしていながらも、俺たちの様子をつぶさに観察しては、後ろ手で何かを合図しあっている。
「なるほど。捕縛後の意思疎通は全部ハンド・シグナルか。どう見ても一般兵じゃないな」
完全に戦意を喪失しているわけではないようだ。
これは油断ならないぞ。
……などと警戒していると、すぐ傍にいるネオンから、ヘッドセットに通信が入った。
『おおよそですが、解析はできています。おそらく、司令官の見立て通りかと』
ふむ、そうなると、予定通りに尋問だな。
俺は、にこやかに見える表情を作って、兵士たちに話しかけた。
「そう怯えないでくれよ。あんたたちに聞きたいことがあるんだ」
俺が数歩を踏み出すと、彼らは反射的に身を屈めて警戒姿勢になった。
が、うちひとり、唯一の女兵士は、足を抑えて、苦痛に顔を歪めていた。
「彼女には手当が必要ですね」
ヴェストファールの中で治療を受けさせましょうと提案するネオン。
だが、女兵士は顔を背けて、こちらの医療提供を拒んだ。
「そうだな。そっちのふたりもさ、まずは食事でもどうだい?」
俺も、他の2人にフランクに語りかけてみたけれど、彼らも険しい顔でこちらを睨みつけ、敵の施しは受けないと、はっきりと態度で示した。
「そう片意地を張るなよ。相手はこんな若造なんだぞ? 見たところ、この隊のメンバーは、みな、歴戦のベテラン兵士なんだろう?」
なおも鷹揚な態度で、兵士たちとの対話を試みる。
彼らへの尋問役は俺がやると、輸送機の中で取り決めていた。
(俺の予想が正しければ、こいつらは……)
推測は皆に話してある。
ネオンも、おそらくそうだと言ってくれた。
ならば、後はそれを証明するため、従軍学校で叩きこまれた尋問テクニックを駆使するだけだ。
俺は、愛想のいい軽妙な口調から、唐突に冷淡な声色に切り替えた。
「その軍服、ベルトン王国のものだな?」
ラクドレリス帝国の東、他国をふたつ隔てて横並びに位置する国家、ベルトン王国。
近隣各国の軍隊の装備は、従軍学校時代、嫌というほど覚え込んだ。
「言葉は通じてるはずだ。ベルトンの公用語は、帝国と同じフォリサル語。まさか、君たち全員、聾唖者の部隊ってわけじゃないだろ?」
兵士たちの顔色は変わらない。
ハンド・サインも送らず、視線を合わせることさえしなかった。
しかし、彼らの間には、すでに何らかの合意が形成されているものと窺える。
そうして、ひとりの兵士が、重い口をようやく開いた。
「その通りだ、我々は――」
「だけど」
その口を、俺は強制的に固まらせる。
「ベルトン王国の軍用ブーツの素材は山羊革だ。なのに君らのブーツには、山羊革の代わりに鹿革が使われてる。どういうことだろうな?」
鋭く急所を穿った指摘に、兵士は二の句を継げずに黙りこんだ。




