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7_06_遭遇戦/異国の軍隊は鉄の怪物の首を切れるか

***


「アンリエッタ! 俺の側から離れるなよ!」


 迫り来る鉄の化け物(ゴルゴーン)の進路上から退避したケヴィン隊長は、銃剣を構え、引き金に指をかけた。

 散開した他の隊員も、銃口を向けて化け物を待ち構えている。


「撃て!」


 合図と同時に一斉射撃。

 12の銃弾は、猛スピードで突進してくるゴルゴーンに全弾直撃した。

 しかし。


「ちいっ、(ひる)みもしねえかっ!」


 硬い装甲は、鉛の弾などものともしなかった。

 全ての弾丸を弾き飛ばしたゴルゴーンは、速度を緩めず、兵士のひとりに猛進していく。


「狙われてるぞロラン! 回避しろ!」

「くっ!」


 ロランはすんでのところで横に跳び、地面に前転しながら着地して、からくもゴルゴーンの体当たりから逃れた。

 避けられたゴルゴーンは、ブレーキをかけ、ドリフト走行で地面を滑って反転する。

 キャタピラーが乾いた大地を削り取り、轟音(ごうおん)とともに塵煙(じんえん)を巻き上げた。


「また来るぞ!」


 隊長の(げき)が飛び、隊員たちは銃剣を接近戦用に構え直す。

 回避運動直後のロランもすぐさま立ち上がり、しかし、走りだそうとするやいなや、突然パタリと地面に倒れた。


「ロラン!? どうした!」


 異常に気づいた隊員たちが、口々にロランの名を叫ぶ。

 だが、ロランは横たわったまま、誰の呼びかけにも応じない。


「起きろロラン! 起きろぉ!」


 ケヴィンが必死の声をあげるも、彼はピクリとも動かなかった。

 気絶したのか、あるいは――

 最悪の事態を予期し、隊員たちに悪寒にも似た戦慄が走る。


(なんだ今のは!? ロランは狙撃されたのか!?)


 隊長のケヴィンの心にも、一瞬の動揺が芽生えていた。

 彼の抜群の動体視力をもってしても、あの瞬間に何が起きたか、全く見ることができなかった。

 だが、迷っている時間はない。

 鉄の化け物は、倒れたロランの脇を高速で通り越し、再び猛然と迫ってくる。


「全員、絶対に立ち止まるな! 信じがたいが、敵は見えない銃弾(・・・・・・)を撃ってくるぞ!」


 確証があったはずはない。

 しかし、そう考えて戦う以外に、この場の最善はありえない。

 瞬時の命令伝達のための、ある種の比喩的なケヴィンの指示は、まさに真実を言い当てていた。

 指向性エネルギー兵器、ネルザリウス。

 不可視のエネルギーを標的に撃ち込む、ゴルゴーンの主砲兵装。

 ロランを倒した攻撃は、本当に見えない銃弾だったのである。

 そして、その脅威は、ひとりだけでは終わらない。


「隊長! ポールもやられました!」


 ひとり、またひとり。

 ゴルゴーンが土煙をあげて反転するたび、ケヴィンは部下を失っていく。

 高速で移動し続ける巨体の前に、彼らは武器を突き立てることも、ましてや逃走を図ることもできずにいた。

 しかし、戦意は決して失わない。


(このデカブツ、行動パターンが全く同じだぞ?)


 倒されていく仲間の姿に歯ぎしりさせられながら、ケヴィンは敵を冷静に分析していた。

 鉄の化け物は、1発撃ったら走ってくる。

 それも、撃った位置から最も遠くにいる人間を目指して突っ込み、回避されてから反転して、近くの標的を狙撃している。

 理に適わない行動パターンだが、どうしてか、敵はそういう攻撃方法を取っているのだ。


(罠にしても妙だ。が、こっちも銃弾を再装填する余裕はねえ。どっちみち、白兵戦しか残ってねえ)


 彼らの使う燧石(マスケット)銃は、一発ごとに弾丸を()め直さなければならない。

 再装填には時間を要し、故に、その隙を狙われて、騎兵によって蹂躙(じゅうりん)されることも戦場では珍しくない。

 だから彼らは、鉄の砲身の先にナイフをつけて、槍としても運用する二段構えの銃剣戦術を用いている。


「ミシェル! レジス! 奴が折り返してくる場所を狙え! 最短距離で攻めてくるぞ!」


 端的すぎる指示だったが、部下たちは隊長の意図を寸分違わず理解した。

 目で合図を送り合い、うちひとり、アグリッパが叫んだ。


「こっちだ化け物! このアグリッパ様を追ってきやがれ!」


 ゴルゴーンから最も遠かった彼は、陽動のために走りだす。

 ケヴィン同様、部下たちも全員、敵の行動パターンを理解していた。


「行ったぞアグリッパ!」

「ナメんな!」


 追い迫ろうとするゴルゴーンから、一瞬で飛び退くアグリッパ。

 激突されるかどうかのギリギリの位置で、見事に巨体を(かわ)しきる。


「向きが変わるぞ!」


 土埃をあげ、地面をドリフトで滑るゴルゴーン。

 その滑り終わりの位置で、ミシェルとレジスが待ち構えていた。


「狙い通りだ!」


 彼らは、ゴルゴーンのドリフト後のターン地点を予測して走り寄っていた。

 先に着いたミシェルが、ゴルゴーンに背を向け腰を落とし、両手を組んで下に構える。

 後続のアタッカー(レジス)の踏み台となるために。


「飛べぇレジス!」

「うおっしゃあ!」


 ミシェルの両手に足を載せ、レジスは高々とジャンプする。

 腕力によるサポートを受け、彼の体はゴルゴーンの車高を越えた。

 その手には、鋭利な銃剣を振りかざしている。


「くらえ化け物!」


 真上から突き降ろされる銃剣の刃は、しかし、ゴルゴーンを捕らえることはできなかった。

 ゴルゴーンは瞬間的に加速して、空中のレジスの攻撃を(かす)らせることもしなかった。


「くそっ! デカいくせに、なんて瞬発力してやがる!」

「だが、回避したってことは!」

「よし、アグリッパ、もう一度陽動を――」


 指示を出そうとしたケヴィンは、驚くべきものを目にした。

 陽動を務めきったはずのアグリッパが、いつの間にか、地べたに倒れて動かなくなっている。


「アグリッパ!?」


 焦燥に呑まれそうになる心を、強い意志で押しとどめるケヴィン。

 しかし、驚愕(きょうがく)は隠しきれない。


(まさか、加速したあの一瞬のうちに、アグリッパを仕留めていたというのか!?)


 鉄の化け物が反転した。

 直後、またひとり味方が大地に倒れこむ。

 倒した相手を流し見もせず、化け物はスピードを上げて迫ってくる。

 今、進路上にいるのは、自分(ケヴィン)と、そして、後ろにいる――


「ちいっ!」

「きゃあっ!」


 飛び退くケヴィンとアンリエッタ。

 だが、アンリエッタのタイミングが遅れた。

 すぐに立ち上がったケヴィンと対照に、アンリエッタは這いつくばったまま、その場から動けなくなっている。


(まずい、足を負傷したか)


 ドリフトで煙を巻き上げて、反転に入るゴルゴーン。

 今度の狙いは、最も近くにいるのは、まだ起き上がれないアンリエッタだ。


「くそっ、立つんだアンリエッタ!」


 負傷した彼女の元へと走るケヴィン。

 アンリエッタは、銃剣を地面に突きながら、どうにかして立ち上がる。

 しかし、右足を引きずって、走ることができなかった。


「うおらぁ!」


 駆けながら、ケヴィン構えていた銃剣を、ゴルゴーン目掛けて投擲(とうてき)した。

 豪腕から放たれた刃は、風を裂いて飛び、鋼鉄の悪魔に直撃する。

 だが、車体には(かす)り傷ひとつつかず、動きを止めることさえできなかった。


(なにか、打つ手は……)


 ケヴィンの背筋に、ぞくりと戦慄。

 見えない攻撃が来ることを、彼は本能で直覚(ちょっかく)した。

 同時に、足が大地を強く蹴った。


「逃げろアンリエッタ!」

「きゃっ!?」


 飛びかかるようにアンリエッタを突き飛ばすケヴィン。

 少女の体が、1メートルほど横に逸れる。

 ゴルゴーンがネルザリウスを放ったのは、その直後だった。


「がはっ!?」


 糸が切れたように、ケヴィンの体が膝から崩れた。


「ケヴィン!?」


 慟哭(どうこく)するアンリエッタ。

 しかし、その声に彼が反応することはない。


「隊長ぉ!」

「くそ野郎めが!」


 倒されたケヴィンの姿に、ミシェルとレジスが目の色を変えて憤怒した。


「今度は俺が陽動する! 奴め、上に乗られるのだけは嫌がっていた。弱点は、きっと頭だ――」


 が、その作戦は実行に移されることはなかった。

 彼らの咆哮の直後、ミシェルとレジス、それに付近の数人が、一斉に地面に崩れ落ちた。


「みんな!?」


 愕然(がくぜん)とするアンリエッタ。

 まだ、ゴルゴーンはケヴィンの脇を通り過ぎていない。

 それどころか、反転した場所から動いてさえいなかった。


(行動パターンが変わった? 違う、あいつは最初から、どこからだって私たちを、それも同時に狙うことが……)


 もはや戦場に立っているのは、アンリエッタを含めてわずかに3人。

 味方の大半を失い、何よりリーダーを失い、彼女らに戦意は残されていなかった。

 呆然と項垂(うなだ)れている3人に、鉄の怪物がゆっくりと近づいて、静かに、悠然と語りかけた。


『武器を捨てて投降しなさい。そうすれば、アナタたちの命も、気絶している者の命も保証するわよ』


***

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― 新着の感想 ―
[一言] 「全員、絶対に立ち止まるな! 信じがたいが、敵は見えない銃弾・・・・・・を撃ってくるぞ!」 銃弾なんて、そもそも見えないよ。
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