7_06_遭遇戦/異国の軍隊は鉄の怪物の首を切れるか
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「アンリエッタ! 俺の側から離れるなよ!」
迫り来る鉄の化け物の進路上から退避したケヴィン隊長は、銃剣を構え、引き金に指をかけた。
散開した他の隊員も、銃口を向けて化け物を待ち構えている。
「撃て!」
合図と同時に一斉射撃。
12の銃弾は、猛スピードで突進してくるゴルゴーンに全弾直撃した。
しかし。
「ちいっ、怯みもしねえかっ!」
硬い装甲は、鉛の弾などものともしなかった。
全ての弾丸を弾き飛ばしたゴルゴーンは、速度を緩めず、兵士のひとりに猛進していく。
「狙われてるぞロラン! 回避しろ!」
「くっ!」
ロランはすんでのところで横に跳び、地面に前転しながら着地して、からくもゴルゴーンの体当たりから逃れた。
避けられたゴルゴーンは、ブレーキをかけ、ドリフト走行で地面を滑って反転する。
キャタピラーが乾いた大地を削り取り、轟音とともに塵煙を巻き上げた。
「また来るぞ!」
隊長の激が飛び、隊員たちは銃剣を接近戦用に構え直す。
回避運動直後のロランもすぐさま立ち上がり、しかし、走りだそうとするやいなや、突然パタリと地面に倒れた。
「ロラン!? どうした!」
異常に気づいた隊員たちが、口々にロランの名を叫ぶ。
だが、ロランは横たわったまま、誰の呼びかけにも応じない。
「起きろロラン! 起きろぉ!」
ケヴィンが必死の声をあげるも、彼はピクリとも動かなかった。
気絶したのか、あるいは――
最悪の事態を予期し、隊員たちに悪寒にも似た戦慄が走る。
(なんだ今のは!? ロランは狙撃されたのか!?)
隊長のケヴィンの心にも、一瞬の動揺が芽生えていた。
彼の抜群の動体視力をもってしても、あの瞬間に何が起きたか、全く見ることができなかった。
だが、迷っている時間はない。
鉄の化け物は、倒れたロランの脇を高速で通り越し、再び猛然と迫ってくる。
「全員、絶対に立ち止まるな! 信じがたいが、敵は見えない銃弾を撃ってくるぞ!」
確証があったはずはない。
しかし、そう考えて戦う以外に、この場の最善はありえない。
瞬時の命令伝達のための、ある種の比喩的なケヴィンの指示は、まさに真実を言い当てていた。
指向性エネルギー兵器、ネルザリウス。
不可視のエネルギーを標的に撃ち込む、ゴルゴーンの主砲兵装。
ロランを倒した攻撃は、本当に見えない銃弾だったのである。
そして、その脅威は、ひとりだけでは終わらない。
「隊長! ポールもやられました!」
ひとり、またひとり。
ゴルゴーンが土煙をあげて反転するたび、ケヴィンは部下を失っていく。
高速で移動し続ける巨体の前に、彼らは武器を突き立てることも、ましてや逃走を図ることもできずにいた。
しかし、戦意は決して失わない。
(このデカブツ、行動パターンが全く同じだぞ?)
倒されていく仲間の姿に歯ぎしりさせられながら、ケヴィンは敵を冷静に分析していた。
鉄の化け物は、1発撃ったら走ってくる。
それも、撃った位置から最も遠くにいる人間を目指して突っ込み、回避されてから反転して、近くの標的を狙撃している。
理に適わない行動パターンだが、どうしてか、敵はそういう攻撃方法を取っているのだ。
(罠にしても妙だ。が、こっちも銃弾を再装填する余裕はねえ。どっちみち、白兵戦しか残ってねえ)
彼らの使う燧石銃は、一発ごとに弾丸を篭め直さなければならない。
再装填には時間を要し、故に、その隙を狙われて、騎兵によって蹂躙されることも戦場では珍しくない。
だから彼らは、鉄の砲身の先にナイフをつけて、槍としても運用する二段構えの銃剣戦術を用いている。
「ミシェル! レジス! 奴が折り返してくる場所を狙え! 最短距離で攻めてくるぞ!」
端的すぎる指示だったが、部下たちは隊長の意図を寸分違わず理解した。
目で合図を送り合い、うちひとり、アグリッパが叫んだ。
「こっちだ化け物! このアグリッパ様を追ってきやがれ!」
ゴルゴーンから最も遠かった彼は、陽動のために走りだす。
ケヴィン同様、部下たちも全員、敵の行動パターンを理解していた。
「行ったぞアグリッパ!」
「ナメんな!」
追い迫ろうとするゴルゴーンから、一瞬で飛び退くアグリッパ。
激突されるかどうかのギリギリの位置で、見事に巨体を躱しきる。
「向きが変わるぞ!」
土埃をあげ、地面をドリフトで滑るゴルゴーン。
その滑り終わりの位置で、ミシェルとレジスが待ち構えていた。
「狙い通りだ!」
彼らは、ゴルゴーンのドリフト後のターン地点を予測して走り寄っていた。
先に着いたミシェルが、ゴルゴーンに背を向け腰を落とし、両手を組んで下に構える。
後続のアタッカーの踏み台となるために。
「飛べぇレジス!」
「うおっしゃあ!」
ミシェルの両手に足を載せ、レジスは高々とジャンプする。
腕力によるサポートを受け、彼の体はゴルゴーンの車高を越えた。
その手には、鋭利な銃剣を振りかざしている。
「くらえ化け物!」
真上から突き降ろされる銃剣の刃は、しかし、ゴルゴーンを捕らえることはできなかった。
ゴルゴーンは瞬間的に加速して、空中のレジスの攻撃を掠らせることもしなかった。
「くそっ! デカいくせに、なんて瞬発力してやがる!」
「だが、回避したってことは!」
「よし、アグリッパ、もう一度陽動を――」
指示を出そうとしたケヴィンは、驚くべきものを目にした。
陽動を務めきったはずのアグリッパが、いつの間にか、地べたに倒れて動かなくなっている。
「アグリッパ!?」
焦燥に呑まれそうになる心を、強い意志で押しとどめるケヴィン。
しかし、驚愕は隠しきれない。
(まさか、加速したあの一瞬のうちに、アグリッパを仕留めていたというのか!?)
鉄の化け物が反転した。
直後、またひとり味方が大地に倒れこむ。
倒した相手を流し見もせず、化け物はスピードを上げて迫ってくる。
今、進路上にいるのは、自分と、そして、後ろにいる――
「ちいっ!」
「きゃあっ!」
飛び退くケヴィンとアンリエッタ。
だが、アンリエッタのタイミングが遅れた。
すぐに立ち上がったケヴィンと対照に、アンリエッタは這いつくばったまま、その場から動けなくなっている。
(まずい、足を負傷したか)
ドリフトで煙を巻き上げて、反転に入るゴルゴーン。
今度の狙いは、最も近くにいるのは、まだ起き上がれないアンリエッタだ。
「くそっ、立つんだアンリエッタ!」
負傷した彼女の元へと走るケヴィン。
アンリエッタは、銃剣を地面に突きながら、どうにかして立ち上がる。
しかし、右足を引きずって、走ることができなかった。
「うおらぁ!」
駆けながら、ケヴィン構えていた銃剣を、ゴルゴーン目掛けて投擲した。
豪腕から放たれた刃は、風を裂いて飛び、鋼鉄の悪魔に直撃する。
だが、車体には掠り傷ひとつつかず、動きを止めることさえできなかった。
(なにか、打つ手は……)
ケヴィンの背筋に、ぞくりと戦慄。
見えない攻撃が来ることを、彼は本能で直覚した。
同時に、足が大地を強く蹴った。
「逃げろアンリエッタ!」
「きゃっ!?」
飛びかかるようにアンリエッタを突き飛ばすケヴィン。
少女の体が、1メートルほど横に逸れる。
ゴルゴーンがネルザリウスを放ったのは、その直後だった。
「がはっ!?」
糸が切れたように、ケヴィンの体が膝から崩れた。
「ケヴィン!?」
慟哭するアンリエッタ。
しかし、その声に彼が反応することはない。
「隊長ぉ!」
「くそ野郎めが!」
倒されたケヴィンの姿に、ミシェルとレジスが目の色を変えて憤怒した。
「今度は俺が陽動する! 奴め、上に乗られるのだけは嫌がっていた。弱点は、きっと頭だ――」
が、その作戦は実行に移されることはなかった。
彼らの咆哮の直後、ミシェルとレジス、それに付近の数人が、一斉に地面に崩れ落ちた。
「みんな!?」
愕然とするアンリエッタ。
まだ、ゴルゴーンはケヴィンの脇を通り過ぎていない。
それどころか、反転した場所から動いてさえいなかった。
(行動パターンが変わった? 違う、あいつは最初から、どこからだって私たちを、それも同時に狙うことが……)
もはや戦場に立っているのは、アンリエッタを含めてわずかに3人。
味方の大半を失い、何よりリーダーを失い、彼女らに戦意は残されていなかった。
呆然と項垂れている3人に、鉄の怪物がゆっくりと近づいて、静かに、悠然と語りかけた。
『武器を捨てて投降しなさい。そうすれば、アナタたちの命も、気絶している者の命も保証するわよ』
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