7_02_偽神たちの見えざる手 下
「でも、まさか自分が死刑囚と同列の扱いだったとはなあ……」
少しだけ溜飲が下がったものの、俺はネオンの話の内容に、新たなショックを受けてもいた。
中途半端な兵士という烙印を押された俺は、軍にとっては、罪人にも等しい存在だったということなのか。
「見せしめの意味があるのかもしれませんね。おそらく帝国は、これまで以上に質の高い兵士の育成に躍起になっているのでしょう」
ネオンは、「これは憶測ですが」と断ったうえで、俺の身に降りかかった理不尽の背景について考えを語った。
「たとえ従軍予備学校の卒業単位を取りきれても、高い能力を有さない者は容赦なく切り捨てる。これを単なる教育上の脅しではなく、過去の事実として突きつけることで、生徒から、ただ卒業できればよいという思考を排除できます」
切り捨てられた実例を作り出しておくことで、有能な兵士を育てるための意識の植え付けに利用する。
それこそが、教官たちの目的だったのだろうとネオンは言う。
ありえなくはない解釈だけど、でも、俺には少し疑問が残った。
「そりゃあ、あそこはもともと落伍者をふるいにかける校風ではあったけど、そこまでやったら、志願者がいなくなっちゃうんじゃないか?」
「その対処として、鞭だけでなく飴もしっかり用意しているはずです。学生時代の成績や評価が、そのまま入隊後の給金や出世に反映されるなど、モチベーションを高める仕組みもいくつか設けていることでしょう」
食らいつくだけの人材はいらない。
優秀な人間だけを残して、恐怖と褒美で更なる高みを目指すよう仕向ける。
そういう教育方針か。
「問題は、帝国軍部が何故そういう方針に舵を切ったかです。〝切り捨て〟が以前からの伝統であったならば、司令官も噂くらいは耳にしていたはず。生徒の間に情報が出回っていなければ、意識の植え付けができませんから」
確かにそうだ。
この手の情報は、いわば公然の秘密みたいな扱いで、なんだったら学校側から意図的に流されたりするものだ。
でも、俺はそんな話を聞いたことはない。
同期の奴らだって、俺だけ配属先が告げられなかったあの瞬間には、怪訝な顔を浮かべていた。
つまり、俺の代から始まった方針ということになる。
ならば、その理由は?
「ですが司令官、これはあくまで私の憶測に基づいた予想に過ぎません。いずれ、エネルギー供給スポットを増設し、帝国の都市部を兵器の活動エリアに含める予定です。そうなった暁には、諜報用の無人機を潜り込ませて、帝国軍の内情を探ってみましょう」
あくまで予想。
だから調べる優先順位は低いし、すぐには調べることもできない、か。
「ただ、どうしても急ぎ知りたいということであれば、無人機ではなく、帝都に向かったイザベラに――」
言葉を止めたネオン。
その瞳が、仄かに赤く煌めいた。
「少々お待ちを」
そう言って、彼女はしばし動きを止める。
「タイミングよく、そのイザベラから連絡が入りました。帝都に向かう途中で、バーンメル地方の領主貴族に金彫刻1体が売れたとのことです」
「バーンメル? というと、ウィリンガー伯爵か」
帝都から少し離れたバーンメル地方。
そこを治める伯爵の名前は、俺も知っている。
有名な美術品の蒐集家で、かなりの目利きとして名の通っている人物だ。
「前に聞いたことがあるよ。あの伯爵が目をつけた芸術家の作品は、数年後には値段が倍以上に跳ね上がるって」
「イザベラも同じことを言っていました。売り込みに来る商人や芸術家が多いなか、本当に価値あるものにしか金を出さないとも」
その伯爵のお眼鏡に、あの金彫刻が適ったってことだ。
「ウィリンガー伯爵は、イザベラが提示した額の倍額を支払ったそうです。代わりに、新たな作品を数点、優先的に自分に回してほしいと、強く頼み込んできたそうです」
「うわ、これはまた、いい箔付けになりそうなことを」
あの金彫刻は、当然ながら、名の通った芸術家の作品というわけではない。
なのに、あのウィリンガー伯爵が倍の金額を出し、更には追加購入を熱望しただなんて、きっと貴族たちでさえ耳を疑うような話だ。
「話題性十分だと、イザベラも喜んでいましたよ」
この噂が帝都を駆け巡るのに、そう時間はかからないだろう。
彫刻を売ったイザベラにも、問い合わせが殺到するに違いない。
「噂が広まり次第、残る彫刻も貴族に高値で売りつけるとのことです。物資の調達も平行して行うとのことでしたので、現状で必要な物品を彼女に伝えました」
こちらの町で必要な物資、特に食糧の調達を、イザベラは帝都のフレッチャー商会本部から行うつもりでいるそうだ。
「そういや、物資の受け取りって、どうするつもりなんだ?」
ヴェストファール輸送機で帝都に乗り付けるわけにもいかないし、アミュレット兵を使うのもだめだ。
どちらもあまりに目立ちすぎる。
だからって、俺が行くのもよくないだろうし……
「司令官が危惧されている通り、基地の兵器は使えません。ですので、金鉱に捕らえているイザベラの私兵を使います」
ああ、そういやいたな、そんな奴ら。
「彼らの中から従順そうな人間を選び、逃げられないよう徹底的に心を折ってから、イザベラ同様、通信機と発信機を体に取りつけ、運搬業務に従事させます」
「……ああ、うん、あの指輪ね」
不穏な前半部分は、聞こえなかったことにしよう。
「今回は指輪型ではなく、同じ機能で体に埋め込むタイプを使用します。指輪では、指を切り落とされたら逃げられてしまいますので」
「そ、そうか……」
結局、物騒な内容が聞こえてきてしまう。
しかし、確かに腹の据わった元兵士なら、脱走のために指を捨てるくらいはやってのけるだろう。
でも、それなら体に埋め込んだところで……いや、ネオンなら、摘出できない場所に仕込むに違いない。
心臓の真横とか、首の血管の裏側とか。
「そういやあれって、基地から離れても使えるのか?」
今更の疑問だけど、イザベラが行こうとしている帝国の首都クリスタルパレスは、基地から500キロ以上離れているはずだ。
「通信機も、自律稼働兵器と同様にDGTIAエネルギーで動いています。ですが、音声通信や位置情報の発信程度であれば、内蔵しているエネルギー量だけでも1年は使えるでしょう」
それだけ保つなら、大丈夫っぽい。
「どちらかといえば、問題は通信感度ですね。現在は中継点となる通信衛星等がありませんから、かなりの距離を直接通信しなければなりません。遮蔽物が多い場所では、音が途切れてしまうかもしれません」
「衛星って、どっかで聞いた言葉だな」
「サテライト・ベースの説明の時ですね。宇宙空間に浮かべた中継衛星を挟むことで、送受信の距離を縮めて、通信を安定させることができます」
どうやら、空よりも高い世界で活動する機械のことであるらしい。
「その衛星ってのは用意できないのか? イザベラや、運搬要員の私兵と連絡がつかなくなるのはまずいだろ?」
「第17セカンダリ・ベースにはございません。地上に通信用の設備を作ることなら可能ですが、中継点となりうる地点は人の目が多く、現状では建設困難です」
帝国の町領付近に、誰にも見つからないよう建物を設置するのは、今のエネルギー生産量や供給範囲では難しいそうだ。
地下に埋めるという手もあるそうだけど、深く埋めるには大きな工事が必要になるし、浅く埋めたら見つかる可能性が高くなる。
「ただ、サテライト・ベースの格納庫にならば、あるいは、通信中継機能を有した宇宙用兵器が残っている可能性がございます」




