7_01_偽神たちの見えざる手 上
「コア・パーツの組み込み作業、完了しました」
「おお、ついに完成かぁ」
淡々としたネオンの報告に、俺は感無量の声を漏らしていた。
サテライト・ベースを発見してから1週間後。
町の郊外、荒野を均した広大な敷地に、エネルギー生産プラントが出来上がったのである。
「今回は、結構時間が掛かったよなあ」
「精密機械を大量に使用している性質上、これまでの突貫工事のようにはいきませんでした」
完成したのは、巨大な半球ドーム型の、窓のない白い建屋。
内部では、中央部に置かれた大きな円柱型の機械、プラントの核とも呼べるDGTIAエネルギー生成装置が、多くのパイプやコードで様々な機械群と繋がって、動き出す時を今か今かと待ち受けている。
その様子を、俺たちはドームの外側から、整備ドローンのカメラ越しに眺めていた。
『各部の最終チェックも終わったわ。後は、システムの接続だけよ』
ヘッドセットからシルヴィの声。
彼女は、プラント内を整備するためのアミュレットやドローンの部隊を管轄している。
「お疲れシルヴィ。じゃあネオン、頼んだ」
「了解しました、司令官」
返事と同時に、ネオンの瞳に仄かな赤光が灯る。
「EIDOSプログラム起動、第17セカンダリ・ベースよりリモートで接続。システム検証……オール・クリアー。エネルギー生産プラント、稼働します」
直後、プラントから、グワンという重低音が轟いた。
音はだんだんと大きく、断続的に鳴るようになり、まるで巨大な熊が唸り声をあげているかのように、無人の荒野に響き渡る。
「DGTIAエネルギーの生成を確認。遠距離非接触供給システムも動作正常。このプラントから半径500キロメートル圏内におけるエネルギー供給が可能となりました」
これで、エネルギーの生産量が前より上がったうえ、ゴルゴーンなど自律稼働兵器の活動範囲が広がったことにもなる。
「ただし、ある程度のエネルギー量が貯蔵されるまでには、まだしばらく時間がかかります」
……だよなあ。
もともとセカンダリ・ベース1基のエネルギー生産量で、フルチャージには400日以上っていう話だったんだ。
産みだせる量が2倍になったとしても、結局200日くらいはかかる計算……いや、実際にはそんな単純計算じゃないんだろうけど、なんにせよ、すぐに戦争ができるほどのエネルギー量は、簡単には貯まらない。
「肝要なのは生産供給体制が整うことです。使えるエネルギー量と供給範囲が増加すれば、探索に回す無人機も増やせますから」
そうすれば、別のセカンダリ・ベースやエネルギー・プラント跡地への遠征が、早い段階で可能になる。
パーツを手に入れ、エネルギーの供給拠点が更に増えれば、ますます遠くに進出していけるようにもなる。
「何事も、積み重ねが大事ってことか」
「『ローマは一日にして成らず』ですよ、司令官」
前にも聞いた、ネオンの文明の諺だ。
でも、そう言う割には、たったの一晩明けただけで、どえらい変化がしょっちゅう起こっていたような……
「まずは、先日発見したサテライト・ベースの調査に着手します。管制システムが生きているかもしれないうえ、故障していない兵器も残っているでしょうから」
サテライト・ベースの墜落現場は、町からギリギリ500キロメートルの範囲内に収まっている。
DGTIAエネルギーが届くようになったので、兵器の稼働時間を気にせず探索ができるようになった。
念のため、もう少しエネルギーを貯蓄し終えてから、本格的な調査を実施する計画を立てているそうだ。
「管制システムってことは、あの基地にも、ネオンみたいなAIがいたんだよな?」
「もちろんです。サテライト・ベースを含めた全てのセカンダリ・ベースは、独立した管制AIによって制御されています」
基地がスリープ・モードに移行してからも、管制AIだけは眠りにつかず、最低限のメンテナンスと基地周辺の簡易調査、危険の排除、そして、それらを実施できるだけのエネルギー生産を行っているそうだ。
「でも、エネルギー生産装置は動いてなかったんだろ?」
「緊急用の貯蔵エネルギーで、システムだけは保護している可能性がございます。ただ、エネルギー生産の有無に関わらず、スリープ・モード中の基地は外部からの信号の一切を受けつけません。通常モードに復帰するには、その基地の司令官権限を持つ人物か、セカンダリ・ベースを統括する【プライマリ・ベース】の司令官ないし副司令官による承認プロセスが必要です」
補足としてだが、スリープ・モードは、省エネルギーで基地やシステムを維持する機能であると同時に、基地の所在を敵勢力に知られないようにするための機構でもあるのだそうだ。
熱や音などで感知されないよう、稼働は必要最低限だけにして、さらには外観を土で覆うなどの隠滅作業も行われる。
第17セカンダリ・ベースも土中に潜り、そこから悠久の時間が流れたことで、地上は鬱蒼とした密林地帯に変わり果てた。
「正確には、密林の木々がカモフラージュにちょうど良かったので、あえて残しています」
当時とは気候が変動していて、放っておいたら荒野になってしまうところを、基地周辺の温度や湿度を調整し、密林を維持しているそうだ。
「じゃあ、上に乗ってるピラミッド遺跡も、あれもカモフラージュのために?」
「いえ、あれは少々事情が違いまして」
話が少し逸れるのですが、と前置きして、ネオンはピラミッド遺跡について説明を始めた。
「ラクドレリス帝国が今のように栄えるよりもずっと前の時代、あの密林の近くには先住民族の集落がありました。密林の中にも度々入ってきたので、現人類への適応診断もかねて基地からナノマシンを散布し、危険な森であると知らしめました。ですが、その結果、彼らは森に神が棲んでいると考え、神殿を建て始めてしまったのです」
神の怒りを鎮めるために、豪勢な住居を提供しなければ。
先住民族たちは、そんな結論に至ってしまったらしい。
「森に入ってほしくなかったのですが、事故に見せかけて工事を妨害すると、彼らは『神はもっと大きな神殿を望んでいるのだ』とよけいに解釈をこじらせてしまいまして……」
結局、ネオンは先住民族たちのしたいままに神殿を完成させて、不可侵の神の森として畏れさせておくことを選んだのだという。
「その後、彼らの集落は滅び、長い時間が経過してから、今度は帝国の人間たちが遺跡を調査にやって来ました。ナノマシンを散布し数人を殺害したところ、彼らは未知の猛毒だと騒ぎだしました。遺跡の中には毒の空気が溜まっていると。以降、帝国軍がピラミッドの存在を秘匿し、誰も近づけないようにしていましたので、私はこれに便乗することにしました」
便乗ってことは、もしかして。
「じゃあ、俺を連行してきた兵士たちの言ってた、『毒の熟成には、生きた人間が必要』だとかって話は、ネオンがでっちあげたのか?」
「そう誤解するような実験結果が出るよう、ナノマシンを制御していました。帝国軍の科学者たちは、数年おきに死刑囚を遺跡に運びこませては、ナノマシンの適応診断に無償で協力してくれましたよ」
毒を浴びた人間の体内で、より強力な毒素が作られる、なんてことを奴らは言っていた。
けど、全部ネオンの手のひらの上で、いいように転がされていただけってことだ。
復讐心が和らぐことはないけれど、ほんの少しだけ溜飲が下がったかもしれない。




