6_09_手放してはならないもの
『アミュレット部隊とドローン部隊、全機、サテライト・ベースの中に入ったわよ』
ファフリーヤの才能にびっくりしていた俺とネオンに、ひとり黙々と仕事をこなしていたシルヴィから報告が入った。
『通路は真っ暗ね。システムは完全に沈黙してるみたい』
「了解しました。このまま基地内を探索しつつ、エネルギー生産区画へのルートを進んでください」
『わかったわ。ああ、ついでにどう? ファフリーヤも基地の探索をやってみない?』
「え、わたくしも、ですか?」
突然の提案に、驚いた様子をみせるファフリーヤ。
『中に入れたドローンの1機を使っていいわよ。カメラを暗所用に切り替えてあるから、灯りのついてないサテライト・ベースの中でもよく見えるわ』
そう言うと、シルヴィはファフリーヤの前にドローンからのカメラ映像を表示して、その右下に、サテライト・ベースのエリアマップを映しだした。
広い迷路みたいな地図は、第17セカンダリ・ベースに保存されていたデータだという。
そこには、カラフルに色分けされたエリアと、いくつかの光点が表示されている。
『マップ画面の右下に丸いボタンがあるでしょ。そこを触るとフロアが切り替わるわ、あと……』
「えっと、ここですね。それから……」
ファフリーヤが地図の使い方を覚えている間に、俺はずっと気になっていたことをネオンに尋ねた。
「なあ、ネオン。あの中には生存者とかって、いないのかな?」
前文明の人類の生き残りたちは、どこかで目覚めの時を待っているという話だった。
ならば、あの基地にいた人員も、もしかして。
「通路に灯りがないということは、今のサテライト・ベースにはエネルギーが通っていません。コールド・スリープに入っていたとしても、装置を維持することができない以上……」
幼いファフリーヤがいることに配慮してか、ネオンはそこで言葉を切った。
「そっか……やっぱり、世の中色々とままならないな」
「はい。ですが、システムの方は生きている可能性が残っています」
ファフリーヤの見ている画面と被らない位置に、別の画面が立ち上がる。
ベース内に突入したアミュレット兵が見ている映像のようだ。
中は灯りがなく真っ暗で、おまけに通路の天地がひっくり返っている。
でも、墜落したという割には、中の設備はそれほど壊れたりしていなかった。
「生命を維持することはできなかったのでしょうが、大破まではしていません。エネルギーさえ復旧させれば、サテライト・ベースの管制システムが蘇るかもしれません」
「じゃあ、修理さえできれば……」
「ですが、今回はコア・パーツと遠距離供給システムを回収するに留めます。ここのパーツで町のエネルギー・プラントを稼働し、供給スポットとして整備すれば、この場所もエネルギー供給エリアの500キロメートル圏内にかろうじて収まりますから」
こちらの自律稼働兵器を、ここで自在に活動できるようにしてから、大々的な修理に着手するつもりだそうだ。
「問題は、すんなりパーツを回収できるかどうか。おそらくサテライト・ベース内は、通路の各ゲートが閉じた状態になっています。アミュレットで破る必要がありますが、用意してきた兵装で手こずるようですと、一度補給に戻らないといけなくなりますね」
「そのゲートってのはそんなに堅いのか。さっきのIDADは?」
「内部での使用は推奨できません。威力が高すぎて、基地設備に重大な損傷を与えかねませんから」
さっきは地上のゴルゴーンにも衝撃が伝わってきたくらいだもんな。
ここでも、ままならない話になっているってことか。
『ねえ、お話中なんだけど、ちょっといい?』
むむ? と反応する俺たち。
シルヴィが、いつもより控えめな声調で、俺たちの話に割り込んできた。
「どうしましたシル――え?」
何故か驚いているネオン。
言葉を止めて固まってしまった。
『うん、そうなのよ。ルート検索、完了したの。ゲートを壊す必要なしに』
ん? なんだ、順調にいったんじゃないか。
「お父様、ファフリーヤも頑張りました」
「お、そうかそうか。すごいぞ、ファフリーヤ」
膝の上で、俺のことをじっと見ていたファフリーヤ。
例によって頭を撫でてあげると、屈託のない笑顔が花のように咲いた。
『そう、ファフリーヤがすごかったのよ』
「……へ?」
どういうこっちゃ?
『それがね、エネルギー生産区画には、アタシの動かしてるアミュレットたちが最短ルートで先行してたでしょ。でも、降りているゲートに阻まれて、何度もルート変更を余儀なくされてたの、それを――』
「まさか、ファフリーヤがなんとかしちゃったとか?」
『本人に聞いたほうがよくわかるわ。ファフリーヤ、何をしたのか説明してあげて』
ファフリーヤは、手慣れた様子でエリアマップを操作すると、どこかの通路を拡大表示した。
「えっとですね、わたくしはドローンの1体をお借りして、中の様子を調べていました。そうしたら、この場所のゲートが、ひしゃげて下まで降りきっていなかったんです。もしかしてと思って、その上のフロアも見てみたのですが、今度は、その直上から少し離れた場所のゲートが降りていませんでした」
そこで、ファフリーヤはシルヴィに頼んでドローン部隊を動かしてもらい、いくつかの場所のゲートを確認するよう、ピンポイントで指示を出したのだという。
ドローンを向かわせた先にあったゲートは、総てが歪んで、下まで降りきっていなかった。
「たぶんですけど、何らかの強い衝撃によって、基地全体に歪みが生じていたみたいなんです。壁や天井をよく見ると、変な違和感がありました。それで、見せていただいたマップと、実際に見た壁の厚みや歪みの具合から、こんな感じで衝撃が伝わっていったのではないかと――」
人差し指で基地の3Dモデルの真ん中をジグザグになぞるファフリーヤ。
『信じられる? この子、レーダー・スキャンもなしに内部構造の損傷範囲を言い当てて、閉まってないゲートを割り出しちゃったのよ』
「ログ記録を確認しましたが、確かにファフリーヤが、シルヴィの探索よりも先に、通行可能なゲートを発見していました」
おかげで、ドローン部隊は開きっぱなしの通路を次々探し当て、無事にエネルギー生産区画に到達したという。
後は、アミュレットたちに同じルートを進ませるだけ。
エネルギー生産は止まってるけど、コア・パーツは損傷していないだろうとのことだ。
『……ねえ、アンタ』
ゴルゴーンの車内ではなく、俺のヘッドセットからシルヴィの声がした。
『この子は絶対に逃しちゃだめよ。こんな逸材、どこ探したって見つからないわ』
『彼女を拾えたのは望外の幸運でした。間違っても嫌われたりしないでください。いなくなったら新国家全体の損失です』
ネオンまで、ヘッドセットから俺に釘を刺してくる。
ファフリーヤに聞こえないよう、俺を餌にした囲い込み作戦が展開されている。
唯一声を出せない俺は、ふたりの圧力にただただ耐えながら、ニコニコ笑っているファフリーヤの頭を優しく撫で続けた。
数十分後、アミュレットたちは無事にコア・パーツを回収し、俺たちは町へと帰投した。




