6_08_時には原始的手段も必要
「あ! この崖です! ここから上陸したんです。だから、印は、この下の……」
軽快にドローンを飛行させ、目標の崖を見つけたファフリーヤ。
そのまま崖の下方に移動していくと、少し離れた波打ち際の岸壁に、例の模様が大きく顔を出していた。
ただし、向きが上下逆さまにひっくり返っていたけれど。
『BF波レーダー【クレアヴォイアンス】、スキャン開始』
シルヴィが、模様の辺りを中心にレーダーで観測する。
金鉱制圧の時のように地中を透視し、埋もれている構造物を3Dのモデルとして表示した。
『間違いないわ、サテライト・ベースよ』
浮かび上がった3D映像は、数時間前にネオンが俺たちに見せた球体、サテライト・ベースとやらに相違なかった。
ただし、球の天地が完全に入れ替わってしまっているほか、映像で見たときにはあった角や羽のようなパーツは、多くが折れてなくなっていた。
「壊れてる、のか?」
『内部の様子はわからないけど、たぶんね』
「あれ? このレーダーで見れないの?」
「サテライト・ベースには、BF波を遮断する特殊な樹脂素材が壁の一部に用いられています。ですので、ベース内部の様子はクレアヴォイアンスでは掴めません」
実際に入ってみるしか、内側を確認する術はないそうだ。
「じゃあ、中には誰が行くんだ?」
『もちろん、アンタじゃないわよ』
シルヴィはゴルゴーンを少し移動させ、バック走行でコンテナを崖際へと寄せた。
ファフリーヤの操るドローンからの映像でも、崖のギリギリに止まったコンテナが確認できる。
『コンテナの後部ハッチ展開。ワイヤー・ウインチ接続したアミュレットを、崖上から懸垂下降させるわ』
車体に振動。
同時に、映像上のコンテナの後部がゆっくりと開いていく。
中からは、背部にワイヤーをくっつけたアミュレット兵が3体。
掘削用のプラズマ・ドリル装置1機を抱えて、ワイヤーを伸ばして下へと降りていった。
「あのプラズマ・ドリルを用いて、ベース入口までの突入口を築きます」
ドリルを起動したアミュレットたちは、轟音とともに崖壁を掘削し始めた。
そうして、ものの10分もしないうちに横に長い穴を開けきって、サテライト・ベースの出入口へと到達した。
「入り口に到着しました。シルヴィ、セキュリティ・コードにアクセスしてください」
『……だめね。一切の接続を受け付けないわ。エネルギー切れか、完全に死んじゃってるのか、それすらわからない』
鍵を差し込んで回したけど、うんともすんとも言わなかった、ということのようだ。
「仕方ありません。原始的で好みではありませんが、発破して抉じ開けましょう」
今、言葉に物騒な響きがあったような……
「シルヴィ、【IDAD】の用意を。司令官とファフリーヤは、ヘッドセットの防音機能を作動させて耳を守ってください」
「な、何するつもりなんだ!?」
不穏な指示に、俺たちは慌てて耳をガードする。
ドローンからの映像では、アミュレット兵たちが、無光沢の黒色をした何か、半球を少し平らに潰したようなハンチング帽に似た形状のもの――ただし、サイズは俺の肩幅と同じくらいに大きい――を持って穴に入り、少ししてから再び外に退避していた。
『わざわざ岸壁側から横穴を掘ったのは、このためってことよ!』
なぜか血気盛んなシルヴィ。
いや待て、答えになってな――
『爆縮!』
ズズンと、大きな地響きがゴルゴーンの車体を揺らした。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
思わず抱き合う俺とファフリーヤ。
今の揺れは、一体?
『クレアヴォイアンスで再スキャン……入口部分の開通を確認。地盤への影響は軽微、海岸線が一部崩れたけど、これなら大規模な崩落は起こらないわ』
「成功ですね。アミュレットを突入させましょう」
「な、なにが起きたんだ?」
ドローンの画像を見ると、横穴から謎の煙がもくもくと上がっていた。
ネオンの指示を受けたアミュレット兵たちは、その煙の中に臆すことなく入っていく。
「なあネオン、今のは?」
「Bランク兵装【IDAD】。正式名称を、【インプロージョン・ディストラクテッド・アグニ・ダイナマイト】といいます」
直前にアミュレットたちが運んでいた、ちょっと大きなハンチング帽のような物体。
あの黒い兵器こそが、さっきの振動と煙の正体だという。
「そうですね、特殊な攻城兵器、という説明が最も簡便でしょうか。持ち運び可能かつ使い捨ての破城槌とお考えいただければ」
破城槌とは、分厚い城門や城壁に穴を開ける、城攻めのための大掛かりな兵器だ。
今の時代なら大砲で壊したほうが手っ取り早いけど、ひと昔前まではよく使われていたと、従軍学校の講義で習った。
「つまり、サテライト・ベースの壁をぶち抜いた……ってことでいいのか?」
「その通りです。司令官は、従軍学校時代に火薬の取り扱いについて学んでいましたよね?」
話した覚えのないことを知っているネオン。
たぶん、最初に会ったときの脳波干渉試験ってやつで、俺の過去は隅から隅までチェック済みなんだろう。
もっとも、こんなことで目くじらを立てるつもりはない。
「ああ、危険物だからって安全管理を徹底的に叩きこまれたよ。間近で爆発を体験する実地演習までやらされた」
材木で掘っ立て小屋を生徒に作らせて、そこに大砲用の火薬の袋を運び込み、火種を放って事故を再現する……という無茶苦茶な授業があったのだ。
あまりの爆風と轟音に、思わず尻もちをついてしまった生徒は、決して俺ひとりじゃなかった。
「その爆風を拡散させず、内向きに集中させる技術がインプロージョン。それを火薬に依らず、【AGNI】という熱エネルギーを用いて攻城兵器化したのが、IDADです」
またも新しいエネルギー名が出てきた。
前文明には、いったいどれだけの種類のエネルギーが存在していたというのだろうか。
ネオンは、立体映像に先ほどの帽子型の兵器を投影した。
「外側の黒いカバー部分は超断熱耐圧シールド素材の爆縮機構、つまり、内部で爆風を反射し圧縮させる構造になっています。内側に、IDADの本体である小型のAGNIエネルギー反応炉心を内蔵。シールド・カバーの反対側を壁に密着させ、専用の速乾パテで隙間を無くしてから臨界起爆することで、炸裂したAGNIの爆圧が壁面に一点集中。サテライト・ベースの外壁さえも破壊できます」
うむ。ちんぷんかんぷんだ。
しかし、ファフリーヤは違った。
「水路の幅を狭めて流水圧力を強めることの、高度な応用みたいなものでしょうか?」
「え?」
「はい?」
「ネオン様のお話を聞いて、きっと、シールド素材というものが圧力を高める仕組みなのではないかと……風を当てると一箇所に跳ね返るよう角度が調整されていて、そこに生じる強い圧力で、堅固な壁を壊したのだと、そう考えたのですが……」
難解だったネオンの説明を、具体的な例えを挙げられるほどに噛み砕いて理解できていたのである。
これには、さしものネオンもしばし呆然と固まった。
「どうしましょう司令官。この子、生まれる時代を間違えています」
これが凄まじいまでの褒め言葉だっていうことだけは、俺にもすんなり理解できた。
が、当のファフリーヤは、何を言われているのかよくわからないと、きょとんとした顔を浮かべるばかりだった。




